理論計算によるホイスラー合金の包括的データベースを創出

〜 格子振動安定性や磁性を含む多面的な物性情報を公開 〜

NIMS(国立研究開発法人物質・材料研究機構)

NIMSは、スーパーコンピュータ「富岳」などを用いた理論計算で、さまざまな機能性を発現することで注目されているホイスラー合金約28,000種を解析し、磁性・電子構造・格子振動安定性(フォノン安定性)を含む10万件超の物性情報を収録した包括的データベースを構築しました。従来見落とされていたフォノン安定性を含む多面的な指標で総合評価を行い、室温以上で安定な磁性合金およそ600種を新たに特定し、そのうち47種は高密度記録やスピントロニクス素子として注目される「補償フェリ磁性体」候補であることを明らかにしました。本研究で得られた計算データはウェブ上で一般公開しており、機械学習による新材料探索の加速につながると期待されます。本成果はActa Materialia誌に2025年9月15日に掲載されました。

概要

従来の課題

ホイスラー合金は、3種類以上の元素で構成される規則構造や不規則構造を持ち、その組み合わせによって半導体や磁性体など多彩な特性を示すため、スピントロニクスや熱電変換デバイスといった幅広い分野への応用が期待されています。近年では、計算機シミュレーションや機械学習を使って優れた特性を持つ組成を探す研究が活発に進められています。ところが、これまでの理論研究は探索の範囲が限られていたうえに、結晶の安定性の評価が不十分でした。その結果、計算で有望とされた組成が、実際の合成では必ずしも安定せず実用化に至らない例も報告されています。こうした背景から、結晶安定性をより正確に予測できる、大規模かつ多面的なデータベースの構築が求められていました。

成果のポイント

今回、NIMSの研究チームは、スーパーコンピュータ「富岳」などを活用し、3元系規則ホイスラー合金約28,000組成(図1左参照)を対象に網羅的な第一原理計算を行いました。特に、原子一つ一つの動きを扱う必要があり、計算コストの高さから従来は十分に扱えなかったフォノン(格子振動)安定性を加えて評価することで、結晶の安定性をこれまで以上に正確に予測できるようになりました。さらに、複数の代表的なスピン配列(スピンの向き)を考慮して磁気的性質や電子状態を計算し、キュリー温度(物質が磁性を失う温度)も含めて解析した結果、室温以上で安定と予測される磁性合金を約600種類特定しました。その中には全体の磁化が打ち消し合う「補償フェリ磁性体」候補47種類も含まれており、一部は大きな異常ホール効果や異常ネルンスト効果といったユニークな物性を示す可能性があることも明らかになりました。本研究で得られた10万件超の計算データは専用のウェブページで公開しており、誰でもアクセス・ダウンロードが可能です。

図: 理論計算によってフォノン安定性・電子状態・磁性・輸送特性を含む 大規模データベースを創出。

将来展望

今後は、本研究で構築した大規模データベースを活用し、安定性や物性を高精度に予測できる機械学習モデルの開発を進めていきます。これにより、従来手法では探索が困難であった4元系ホイスラー合金や不規則合金といった広大な材料空間に対しても効率的な予測が可能となります。そして、高性能かつ安定なスピントロニクス材料や熱電変換材料の発見が大きく加速すると期待されます。

その他

  • 本研究は、NIMS磁性・スピントロニクス材料研究センター 磁性理論グループの只野 央将 グループリーダー、XIAO Enda(シャオ・エンダ)ポスドク研究員からなる研究チームによって、⽂部科学省 データ創出・活⽤型マテリアル研究開発プロジェクト事業「データ創出・活⽤型磁性材料研究拠点」(JPMXP1122715503)および⽂部科学省 スーパーコンピュータ「富岳」成果創出加速プログラム「計算材料科学が主導するデータ駆動型研究手法の開発とマテリアル革新」(JPMXP1020230327)の一環として行われました。
  • 本研究成果は、2025年9月15日にActa Materialia誌にて掲載されました。

掲載論文

題目 : High-throughput computational screening of Heusler compounds with phonon considerations for enhanced material discovery
著者 : Enda Xiao, Terumasa Tadano
雑誌 : Acta Materialia
DOI : 10.1016/j.actamat.2025.121312
掲載日時 : 2025年9月15日

関連ファイル・リンク

お問い合わせ先

研究内容について

NIMS 磁性・スピントロニクス材料研究センター
磁性理論グループ
グループリーダー
只野 央将 (ただの てるまさ)
E-Mail: TADANO.Terumasa=nims.go.jp ([ = ] を [ @ ] にしてください)
TEL: 029-859-2332
URL: https://www.nims.go.jp/group/spintheory/ja-jp/ (磁性理論グループ | NIMS)

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