「疲労」が材料を強くする

〜 き裂“発生”の抑制がカギ 高強度鋼の疲労限度を2倍化する新手法を開発 〜

NIMS(国立研究開発法人物質・材料研究機構)
国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)

NIMSは、材料にあらかじめ疲労変形を与えると、かえって疲労限度が向上する現象を見出しました。さらに、この発見に基づいた新手法「予疲労トレーニング」を開発し、高強度鋼のき裂の発生を抑えることで、疲労限度を2倍化することに成功しました。予疲労トレーニングは、焼き戻し熱処理とは異なり引張強度をほとんど低下させずに疲労限度を向上させられるため、従来より優れた強化手法としての応用が期待されます。本成果は、6月30日にAdvanced Science誌に掲載されました。

概要

従来の課題

何回負荷を繰り返し与えても材料が破断しない応力の上限値(疲労限度)は引張強度に比例して上昇します。しかし、引張強度が約1.4GPa(ギガパスカル)を超えると疲労限度がそれ以上向上しない、もしくは低下する“頭打ち”状態となります。たとえば、代表的な高強度鋼であるマルテンサイト鋼は、最も高強度な“焼き入れまま”状態では疲労限度が低いため、一般的に“焼き戻し熱処理”により強度を低下させた状態で用いられています。疲労限度が頭打ちになる詳しい仕組みはわかっておらず、この頭打ちを打破するための材料設計指針が求められてきました。

成果のポイント

当研究グループは、引張強度1.6GPaの“焼き入れまま”マルテンサイト鋼に対して、あらかじめ試料に疲労変形を加える「予疲労トレーニング」を適用することで、引張強度をほとんど低下させず疲労限度を2倍化し、“頭打ち”を打破することに成功しました。この現象を詳細に分析した結果、高強度鋼の疲労き裂発生の支配要因は、結晶粒界での弾性ミスフィット(荷重方向に生じるひずみの大きさの不整合)であることを明らかにし、従来材料を壊れやすくするとされてきた疲労変形が実は疲労き裂発生を抑制することを世界で初めて示しました。

図: 鉄鋼材料の引張強度と疲労限度の相関

将来展望

予疲労トレーニングは、焼き戻し熱処理とは異なり引張強度をほとんど低下させることなく疲労限度を向上させられるため、一般的な鋼材への応用が期待できます。さらに今回、高強度鋼の疲労限度向上において、これまで注目されてきたき裂の「停留」ではなく、き裂を「発生」させないことが重要であることを示しました。今後、この「き裂を発生させない組織学」を発展させ、鉄鋼材料を含めた様々な材料の破壊現象に展開することで、超高強度材料の社会実装への貢献が期待されます。

その他

  • 本研究は、NIMS構造材料研究センター鉄鋼材料グループの岡田 和歩 主任研究員、津﨑 兼彰 元フェロー、仲川 枝里 氏、柴田 曉伸 上席グループリーダーからなる研究チームによって、JST 戦略的創造研究推進事業ACT-X「トランススケールな理解で切り拓く革新的マテリアル」領域(課題番号:JPMJAX23D5)の一環として行われました。
  • 本研究成果は、2025年6月30日にAdvanced Science誌のオンライン版に掲載されました。

掲載論文

題目 : Fatigue limit doubling in high-strength martensitic steel through crack embryo engineering–cyclic-training-driven self-optimization
著者 : Kazuho Okada, Kaneaki Tsuzaki, Eri Nakagawa, Akinobu Shibata
雑誌 : Advanced Science
DOI : 10.1002/advs.202504165
掲載日時 : 2025年6月30日

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