理化学研究所 (理研) ライフサイエンス技術基盤研究センターNMR施設の柳澤吉紀基礎科学特別研究員、前田秀明施設長と、ジャパンスーパーコンダクタテクノロジー株式会社、物質・材料研究機構、株式会社JEOL RESONANCE (日本電子株式会社の連結子会社) 、千葉大学の共同研究グループは、レアアース系高温超伝導ワイヤを用いた核磁気共鳴 (NMR) 装置を開発し、タンパク質試料のNMR測定に成功しました。これにより、極めてコンパクトな超高磁場NMR装置の実現が期待できます。
NMRは、磁場を利用して物質の構造を調べる分析装置で、タンパク質などの生体高分子の立体構造解析や材料研究など幅広い分野で使用されています。NMRは磁場が高くなるほど感度と分解能が向上するため、高磁場を発生させるために超伝導ワイヤをコイルに巻いて電磁石を作製し、低温で超伝導電流を流します。高温超伝導ワイヤは、液体ヘリウム (-269℃) よりも高温の液体窒素 (-196℃) で超伝導状態になり、さらに液体ヘリウム温度まで冷却すると、従来の超伝導ワイヤよりも高い磁場で大きな超伝導電流を流すことができます。なかでも、レアアース系高温超伝導ワイヤは強靭な機械的強度を持つため、コンパクトな磁石で超高磁場を発生できます。共同研究グループはこれまで、レアアース系高温超伝導ワイヤをNMRに応用するために、軟らかいパラフィンワックスをコイル全体に浸透させて冷却による劣化を防ぐ製作法を確立するなど、新技術の開発を進めてきました。しかし、レアアース系高温超伝導ワイヤには、ワイヤの持つ大きな磁性により磁場が乱れ、NMRに必要なレベルの均一な磁場 (不均一成分が中心磁場の1億分の1以下) が得られないという根本的な問題が残されていました。
共同研究グループは、小さな鉄片を試料の周りに置くことで、均一な磁場空間を作る超精密磁場発生手法を開発しました。これを用いてレアアース系高温超伝導ワイヤのコイルを用いた400メガヘルツ (MHz、メガ=100万、ヘルツは周波数) のNMR装置を製作し、タンパク質試料の高分解能NMR測定に成功しました。
今回確立した超精密磁場発生手法は、今後のコンパクト超高磁場NMR開発に不可欠な要素技術となるものです。レアアース系高温超伝導コイルを中心にした磁石の実証が成功したことで、現在の世界最高記録である1,020MHzを上回る超高磁場でありながら極めてコンパクトなNMR装置の実現が期待できます。このような超高磁場NMRが実現すれば、主要な創薬ターゲットである膜タンパク質の理解が進み創薬に大きく貢献するとともに、二次電池の素材や量子ドットなどの先端材料開発の加速が期待できます。
この研究は科学技術振興機構 (JST) の研究成果展開事業戦略的イノベーション創出推進プログラム (S-イノベ) における研究課題「高温超伝導材料を利用した次世代NMR技術の開発」により行われたものです。本研究成果は米国の科学雑誌『Journal of Magnetic Resonance』に掲載されるのに先立ち、オンライン版 (1月7日付け、日本時間1月8日) に掲載されます。