理事長挨拶(2023年4月)

NIMS理事長 宝野 和博
4月1日の新年度よりNIMSの第5期中長期計画が始まります。時代の変化にあわせて求められる材料も大きく変わる中、引き続き材料研究で世界トップレベルの研究成果を挙げることを目標として、この2年をかけて役職員一同、新中長期計画を入念に練ってまいりました。今期においては、カーボンニュートラルに直結する研究として蓄電池材料、水素関連材料、超耐熱材料の研究を重点課題として設定しました。SDGsの実現に向けて産業構造が大きく変革していくなか、NIMSにおいても資源循環につながる材料研究を開始いたします。また、高齢化社会における健康増進に貢献するバイオ・医療材料の研究を組織的に進めます。さらに、時代の革新につながる基礎研究として、新たな機能発現が期待される量子材料の研究も進めます。
これらの課題を効率的に進めるために、これまでの6拠点体制を再編し、エネルギー・環境材料、磁性・スピントロニクス材料、構造材料、電子・光機能材料、ナノアーキテクトニクス材料、高分子・バイオ材料、マテリアル基盤を冠する7つの研究センターを設置しました。第4期中長期期間中に研究拠点と称してきた研究組織の呼称は研究センターに変更いたします。これは、今後外部の研究機関の研究者を含めオールジャパンで取り組む<拠点形成型>プロジェクトをホストするための「拠点」がいくつか発足することを視野に入れた変更です。すでにNIMSでは「データ創出・活用型マテリアル開発プロジェクト」の課題を推進する「データ創出・活用型磁性材料研究拠点」が発足しており、今後さらに、我が国の材料開発の中核拠点的機能を整備して行くことを想定しています。
上記7つの研究センターでは、社会課題解決のための研究開発と技術革新を生み出すための基盤研究を進めていきます。それと平行して、量子材料、カーボンニュートラル、バイオマテリアルなど重点課題は組織横断的に柔軟な体制で進めてまいります。これら運営費交付金による研究は国の戦略に基づくミッション研究と位置づけていますが、ミッションを声高に叫ぶだけでは優秀な人材を集めることは困難です。NIMSの研究力は優秀な人材を集めることにより強化されると考え、独創的で自立した研究者にNIMSを選択してもらえるよう、優れた研究環境のもとで個人の自由な発想による基礎研究を実施できる支援をNIMSの自己収入により行います。現在、国際卓越研究大学の選定が進んでいますが、これにより大学の研究環境が大きく変わっていく中で、如何に優秀な人材を確保するかということに真剣に向き合う必要があります。そのためには、NIMSのブランド力を強化し、さまざまな研究キャリアを有する人材を迅速かつ柔軟に採用できる制度を整えて行くと同時に、中途採用者に不利にならないような処遇を提示できるシステムの整備にも取り組んでまいります。
NIMSは2015年に始まった「情報統合型物質・材料開発イニシアティブ (MI2I) 」以来、AIや機械学習を活用したデータ駆動型材料開発手法の開発に取り組んで来ました。その結果、現在ではスマートラボやデータ駆動型手法を活用した材料開発の成果が次々に出始めています。この手法をNIMSの研究者だけでなく、我が国全体に広げていくためのデータプラットフォームとしてマテリアルデータ中核拠点を整備しています。ここには、文科省のマテリアル先端リサーチインフラ事業ならびにデータ創出・活用型マテリアル開発プロジェクトで創出されるデータや、NIMSが長年取り組んで来た構造材料データ、さらに経産省グリーンイノベーションプロジェクト「液化水素関連機器の研究開発を支える材料評価基盤の整備」事業により収集する水素環境下での材料信頼性試験データ等も蓄積し、材料開発ならびに材料信頼性向上に活用できるデータプラットフォームへの発展を期待しています。
NIMSは2007年に「世界トップレベル研究拠点形成促進事業 (WPIプログラム) 」に採択され発足したMANAと、長年にわたる若手国際研究センター(ICYS)の運営を通し、国際化が研究業績の向上に大きく貢献することを体験してきました。一方で、長年の経済の停滞やコロナ禍により日本人が内向き志向になった結果、近年国際舞台での日本人研究者の存在感が低下し、改めて国際化の重要性が指摘されています。NIMSで世界最高水準のマテリアル研究を行って行くためには、海外の研究機関や大学に所属するマテリアル研究者とグローバルに連携できる体制を再構築する必要があり、そのための予算措置を行ってまいります。NIMSが材料研究において世界的な存在であり続けるためには、グローバルな研究環境の変化に柔軟に対応し新たな挑戦を続けていくことが必要であると確信しています。
NIMSはマテリアルに関する基礎・基盤研究だけでなく、特定国立研究開発法人としてイノベーションの創出も期待されています。NIMSはこれまでも企業とのCOEセンターやマテリアルオープンプラットフォーム (MOP) を通して産業界とさまざまな形で共同研究を実施してきました。これに加えて、研究者自らが新材料を社会実装させるためのスタートアップの重要性が指摘されており、そのための支援を行ってまいります。NIMSの成果を活用するスタートアップに対しては、NIMSが直接投資することができる法整備もなされており、昨年度その第一号となる投資を実施いたしました。さらに第3期戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)においては「マテリアル事業化イノベーション・育成エコシステムの構築」においてマテリアル・ユニコーン創出を目指したスタートアップ支援事業が始まりますが、NIMSは研究推進法人としてこれを支援してまいります。また国立研究開発法人としては経済安全保障に関する研究にも取り組んでまいります。
我が国の科学技術の国際競争力が低下していると言われる情況において、国立研究開発法人にはこれまでになく多岐にわたる対応が必要とされてきております。引き続き理事長として、NIMSの研究力の向上を通して我が国のマテリアルの基盤研究の推進に尽力していく所存ですので、本年度から始まる中長期計画期間での発展に、ご支援、ご指導を賜りますようお願い申し上げます。
