[更新日'99/7/1]

平成11年7月号(通巻第23号)

目  次

  1. 使いこなしの技術と材料設計

    東京工業大学 教授 小林 英男

  2. 第3回研究推進委員会の開催報告

  3. 第4回スパイラル研究作業分科会報告

  4. センター便り

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 1使いこなしの技術と材料設計

 東京工業大学 教授 小林 英男

 金属材料は、鬼に金棒の材料である。鬼は強度、金棒は延性であり、両者を兼ね備えた材料は他にない。強度の重要性は言うまでもないが、延性は加工性と安全性(破壊するまでの裕度)という機能をもたらす。加えて、大量生産に適しているが、使命を果たした後は腐食して土に還るから、地球環境保全も申し分ない。
 金属材料の代表選手が、鉄鋼材料である。我々は歴史的に、鉄鋼材料を使いこなしてきた。鉄鋼材料の使いこなしの技術を端的に言えば、耐久性と靭性の確保である。強くしたはずの鉄鋼材料が、長期間の使用に耐えず、疲労、腐食、応力腐食割れ、クリープなどによって破壊事故を起こした。延性が十分にあるはずの鉄鋼材料が、ある日突然、脆性破壊し、タイタニック号などの事故を起こした。鬼にも、泣き所があったのである。歴史的に破壊事故を教訓として、鉄鋼材料に耐久性と靭性という機能を後追いで付与し、今日の鉄鋼材料の時代を築いてきた。
 先進材料は当然、使いこなしの経験がない。代表選手のセラミックスについて言えば、高温強度は鉄鋼材料を凌駕する。誰しもセラミックス時代の到来を夢見た。所がどっこい、使ってみたら、考えもしなかった疲労、腐食、応力腐食割れ、クリープなどがあり、やはり長期間の使用に耐えないのである。さらに、靭性の欠如が、信頼性という機能を著しく損ねている。セラミックスも今後、鉄鋼材料と同様に、使いこなしの経験という試練を経て、本物になっていくのである。
 このような先進材料との競合の時代に、金材技研のSTX-21プロジェクトの開発の意義は極めて高い。超鉄鋼の目標は、強度2倍、寿命2倍である。従来の材料設計では、強度2倍が寿命2倍にならないことを、我々は使いこなしの経験から知っている。逆に言えば、使いこなしの技術を積極的に取入れた材料設計が、本プロジェクトの狙いと言える。適切なキャチフレーズであり、成功すれば鉄鋼材料の歴史にエポックを画することになる。
 最後に、2つの注文をしたい。1つは、強度2倍、寿命2倍に加えて、靭性2倍の実現もお願いする。もう1つは、腐食である。実際に起きている鉄鋼材料の損傷事故の大半は、腐食が原因である。寿命2倍は疲労だと思うが、もし腐食が入るならば、耐久性の確保、設計上の腐れ代の削減などによって、その経済的、環境的な波及効果は計り知れない。



 2第3回研究推進委員会の開催報告

 (平成11年5月21日:つくば・本所)


   

 希望委員に施設見学をいただいた後、午後2時から、平成10年度のフロンティアセンターの運営と研究進捗状況、ならびに平成11年度予算、同12年度概算要求(案)などの報告と審議が行われました。
 平成10年度の総括として、施設、設備の整備、構造材料特別研究員の増員など研究環境が整ってきたこと、、国内40件(平成9年度23件)、外国29件(同ゼロ)の特許出願に代表されるように順調に研究が進捗し、5年後の成果の姿が見えるところまできたこと、ワークショップ、大阪大学接合研究所との研究集会など、外部との交流・連携も質・量ともに充実してきたことなどがセンター長より報告されました。また、タスクフォースリーダーからは以下のように各課題の進捗概要が報告されました。
 80キロ鋼では、微小サンプル実験で組織微細化によって強度2倍が達成できること、結晶粒径1μmの11.8mm角材でシャルピー試験の破面遷移温度が液体窒素温度まで低下することを確認したこと、接合、評価、解析などの基礎技術が確立できたこと、大型化が今後の目標であることが報告されました。
 150キロ鋼では、オースフォームにより旧γ粒界を凹凸にし、粒界炭化物を小・少化した新マルテンサイト組織鋼の創製に成功し、この鋼がきわめて優れた遅れ破壊特性を持っていることを確認したこと、疲労特性の抜本的な向上のためには、新マルテンサイト組織の創製が不可欠であることを実験的に確認したことなどが報告されました。
 耐熱鋼では、クリープ強度向上の新シーズとして、Fe-Pdを主体とするL10型規則構造を持つ金属間化合物の利用がきわめて有効であるという発見、クリープ変形速度と粒界近傍組織の安定性を指標にとるクリープの加速評価法の目途付け、水蒸気酸化の抑制、高温疲労特性の向上に関する有用な知見の取得などが報告されました。
 耐食鋼では、窒素ガス浸透処理で低Mn・高N鋼を創製し、ステンレス鋼の耐孔食性が大きく向上することを実験的に確認したこと、高純度・高窒素鋼の創製を目的とする加圧ESR設備が立ち上がってきたこと、低合金鋼大気腐食の促進試験法として純水洗浄過程を入れたCCT試験が有効であることを明らかにしつつあることなどが報告されました。
 外部委員からは、2年を経過して研究の姿が具体的に見えるようになってきたと評価いただくとともに、早い段階で実用化可能な技術も出てきており、めりはりを付けた推進を考えるようにとの要望も寄せられました。さらに、「超鉄鋼材料」の研究をたとえば「超建築」などの新しいコンセプトの提案にまで発展させるような展開を意識すべきであるという、超鉄鋼材料研究の今後の進め方の基本に関わる意見も出されました。以下に外部委員の意見を2、3紹介させていただきます。
・ 2年目に入っていろいろ成果が出てきており、これからが楽しみだ。このプロジェクトは世界中から注目されている。ぜひ使える成果としてまとめてほしい。
・ 学問的にも刺激的な成果が出てきている。ブレークスルーは基礎的なところに現れるのでメカニズムを究明するという姿勢も大切にして欲しい。
・ とてもすぐに使える技術は出てこないと思っていたが、プロジェクト全体を通してみると、一部でいいから早く使いたい思う部分が随所にある。
・ 研究成果が出てくると、これを見えるようにアッピールすることも重要。例えば耐食鋼は腐食速度のようなものでアッピールしてはどうか。
・ 特許については海外への出願が重要である。お金がかかるがきちんと出してほしい。
 元気づけられるご意見を多くいただきましたが、私たちは、使える技術を提案するためにはこれからが正念場だと考え、さらに気持ちを引き締めて研究を推進する所存です。
 最後に、ご多忙中のところ参加いただき熱心に討議いただきました委員の皆様に感謝申し上げるとともに、これからも一層のご指導とご鞭撻をお願いして研究推進委員会の報告といたします。

(高橋 稔彦)


3.第4回スパイラル研究作業分科会報告

80キロ鋼(平成11年5月11日/東京・目黒)
 中間評価を前にし、ここ2年間の到達段階と今後の展開・課題に関する議論が中心となりました。まず、比較的大きな超微細粒鋼サンプルを作り、フルサイズのシャルピー試験片で超微細粒鋼の極めて優れた靭性を実証したことが高く評価されました。今後、多軸加工の概念を鋼板製造に具現化すること、さらに800MPaは未達成だが途中強度でのニーズへの対応を考慮するべきとの意見が出されました。超狭開先アーク溶接ではプロセス−材料の相互関係をより明確にすること、レーザー溶接についてはYAGレーザーの動向も視野に入れて慎重に展開することなどの貴重な助言がありました。計測、解析技術等についても着実に進んでいると評価を受け、今後、超微細粒鋼への具体的適用を図るように期待されました。注目すべきシーズを活かすために、今後、分科会としてもより密接に具体的ニーズとの関連を検討していくことが申し合わされました。

(長井 寿)

150キロ鋼(平成11年5月12日/東京・目黒)
 6月2日の中間評価が間近であったことから、遅れ破壊と疲労に関する材料創製、構造部品化、評価のまとめをそれぞれ報告するとともに、遅れ破壊、疲労、ナノ計測に関するトピックスを2件づつ紹介しました。外部委員の多くからは、2年間で研究の方向は見えてきたが、今後は研究と実用の隔たりを小さくするように努力すべきであるとの意見をいただきました。また、分科会の中に遅れ破壊評価法を検討するワーキンググループを設けることを認めていただき、オールジャパン的な取り組みの第一歩が踏み出せました。一方、プレゼンテーションを工夫し、時間を短くし、議論の時間を長くするようにとの厳しい指摘もありました。この点については我々は率直に反省し、今後あらゆる発表で心掛けようと誓い合いました。

(松岡 三郎)


耐熱鋼(平成11年5月10日/東京・目黒)
 今回は、6月に中間評価を控えているので、これまでの2年間の進捗を説明し研究の進め方の妥当性を議論してもらうとともに、第1期後半の研究計画について議論していただきました。これまでの2年間の進捗に関しては、大方の委員から予想以上の成果が得られているとの好評を頂きましたが、要素研究ばかりでなく合金成分の絞り込みを行い、金材技研提案合金の各種特性試験に早く取りかかるべきとの意見も出されました。これは本研究をもっと加速させてほしいという熱い期待の現れと受け止めていますが、第1期の間は長時間組織安定化の指導原理を確立するために基礎的な観点からいろいろな可能性を追求するのに全力を傾けたいと思っています。もう一つ、長時間のクリープ破断試験をしなくても短時間で加速評価できる方法論の確立にも強い期待が感じられましたが、本研究で進めているクリープ変形挙動解析がブレークスルーをもたらすものと思っています。

(阿部 冨士雄)

耐食鋼(平成11年5月14日/東京・目黒)
 はじめに6件の耐食鋼関係サブテーマに関してサブテーマリーダーから進捗報告を行いました。引き続き「耐海水ステンレス鋼開発研究の現状」および「低合金鋼の大気腐食特性」をトピックスとして取り上げ詳細な討論を行いました。前者については「耐海水性ステンレス鋼の開発」と共に、「ステンレス鋼表面への微生物の付着と腐食電位上昇とAFM 観察」、「SPMによるステンレス鋼皮膜の耐食性評価の試み」等ステンレス鋼の耐食性に関するナノスコピック評価技術報告が金材技研側委員からあり、関心を集めました。外部委員からのコメントとして、低合金鋼開発グループでは、スーパー海浜耐候性鋼を対象とすべきである;個々の研究の中身はおもしろいが、全体的な位置づけ、将来的な目標が判りづらいとの指摘がありました。さらに耐候性鋼の研究では、学問としてさびの安定化が物理化学的に見てどういう現象かを学問的に組み上げてもらいたいとの要望がありました。

(小玉 俊明)


4.センター便り

構造体化ステーション第2ユニット紹介


 構造体化ステーション第2ユニットは、総勢13名の大所帯であり、物を作る溶接から破壊、さらに材料の表面性能制御までをサポートする広範な分野をテリトリーとしている。当ユニットは2つの大きなテーマに分かれて研究に邁進している。一方は、構造体化に不可欠なアーク溶接に関する研究であり、他方は材料の性能を飛躍的に向上させる表面処理を溶射により行う研究である。これらのテーマは次世代の超鉄鋼材料の開発を目指すフロンティア構造材料研究における主要なテーマとして位置付けられている。 
 アーク溶接の研究では、独自の新しいプロセスの開発を目指すグループと、溶接継手の冶金的、力学的性能の向上を目指すグループに分かれている。アーク溶接全体をグローバルな立場で指揮するアーク物理屋の平岡和雄ユニットリーダーのもとで超鉄鋼材料の溶接技術の確立に励んでいる。中村照美(主任研究官)は超鉄鋼材料に適した高性能で高効率な超狭開先アーク溶接の開発に取組んでいる。川口喜昭(特別流動研究員)は破壊屋(デストロイヤー)と自称し、超鉄鋼材料の溶接継手の破壊靱性特性の解明を試みている。4月からは邱 海(チュウハイ:外来研究員)が加わり、苦労して溶接した継手を次々と破壊する予定である。彼らの仲を取り持つため(?)伊藤礼輔(構造材料特別研究員)は、超鉄鋼材料の溶接継手のミクロ組織解析から問題点克服のために精力的に活動している。6月からは小川真(構造材料特別研究員)が加り、耐食性の向上が期待される高窒素ステンレス鋼の溶接継手の耐食性評価を行う予定である。これらの研究を、溶接施工と試験にプロの腕前を発揮する菅野勉(技術補助員)と、当ユニットのホームページ作成を担当する紅一点の光原美和子(外来研究員)がサポートしている。
 溶射の研究では耐食コーティングの開発を主題とし、大気中施工でクラッド鋼に近い耐食性能を発揮するような金属皮膜の形成を目標として、高速フレーム溶射法(HVOF)という運動エネルギーを主体にしたプロセスをベースに研究に邁進している。黒田聖治((評価ステーション第6ユニットリーダー:併任)はスリムな体型で実験装置の間を動きまわりつつ、研究の方策を練っている。福島孟(主任研究官)は長年の経験を活かし、実験のプロとして皮膜形成からプロセスの改良に渡って腕を振るっている。英国出身のPhilip Blazdell(STAフェロー)は、セラミックスが専門でインクジェットプリンタを応用したミクロコーティングの開発を行っている。東京理科大4年の山田英登(外来研究員)は溶射皮膜の防食機構の研究を行っており、親子二代の冶金工学者で連携大学院に進学の予定である。また筑波大出身で理科教員を目指す泉水宏臣(技術補助員)は、溶射実験とその関連事務をサポートしている。溶射プロセスには解決すべき課題が多く、今後の発展が待望されている。

(平岡、黒田)


受 賞 報 告
 佐藤 彰(センター長)は、「永年にわたる学会の発展に尽力するとともに鋳造工業の発展に多大な貢献」により、平成11年5月29日、日本鋳造工学会から功労賞を戴きました。


前号からの主な出来事

H11.6. 2

11.6.10

11.6.22

11.6.25

超鉄鋼中間評価委員会開催

(社)日本自動車工業会 材料部会ご来所

原子力安全委員会松原委員ご来所

(株)日鐵テクノリサーチ島社長ご来所

今後の予定

H11. 8. -

11.11. -

12. 1.12/13

第9回企画調整委員会開催

第5回スパイラル研究作業分科会開催

第4回超鉄鋼ワークショップ開催(公開)


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