[更新日 '98/4/2]

平成10年4月号(通巻第8号)

目  次

  1. 2年目に入った超鉄鋼材料(STX-21)プロジェクト   所長 岡田 雅年
  2. TOPICS 遅れ破壊に強い新マルテンサイト組織の創製
                       材料創製ステーション 津崎 兼彰
  3. TOPICS ケルビンプローブを利用した電極電位測定
                           
    特別研究官付 田原 晃
  4. センター便り

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1.2年目に入った超鉄鋼材料(STX-21)プロジェクト
      
− 初心を忘れず新たな気持ちで −
                           所長 岡田 雅年

 本研究所の新世紀構造材料(超鉄鋼材料)プロジェクトは、4月から平成10年度、すなわち5年計画の第2年目に入りました。その始めに当たって一言ご挨拶を申し上げたく思います。
 先ずこの一年、企業、大学、学協会ほか、関係各位から有形無形の御支援、ご助言を頂いたことに厚くお礼を申し上げます。特にプロジェクト開始後ではありましたが、事前評価において社会のニーズに対応すべき研究の目標及び産学官の力を結集して国研で遂行することに関しては”適切”との評価を頂きました。しかし、同時にブレークスルーのための独創的な手法、装置群が不十分であること、研究支援の不足などバランスのとれた人材の確保等が指摘されたことは重要でありました。評価委員会のこのご指摘は、プロジェクト研究が陥りやすい傾向を事前に忠告されたものと真摯に受けとめております。
 最近、外国も含めてこのプロジェクトが大きく注目されていることを痛切に感じます。一つは21世紀にも鉄という素材が社会の基盤材料であり、一国の経済、世界の資源、環境に与える影響が非常に大きいことであります。持続可能な社会を支える産業界への寄与が期待されているからです。もう一つの側面は、技術革新の基礎となる鉄の研究者、教育者、学生などの人材と研究施設を備えた学術的なインフラストラクチャーが衰退している中で、異色のプロジェクトであることが理由でありましょう。
 私たちは、このような周囲の環境にあって1年前にこのプロジェクトを発足しました。ともすれば霞みがちであった国立の研究機関であることを前面に出して、その特徴を最大限に生かしていくことも大きな目標でありました。この1年、関係各位の絶大なご支援と研究者の努力でプロジェクトの基盤は着々と進んできました。目標を評価される段階は過ぎ、成果を評価される段階になったことを2年目に入った今あらためて確認し、プロジェクトの成功のために一層の努力をする所存です。関係各位の変わらぬご指導ご支援をお願いする次第であります。


2.TOPICS

遅れ破壊に強い新マルテンサイト組織の創製
−加工熱処理による粒界組織・構造の制御−
             材料創製ステーション 津崎 兼彰

高遅れ破壊強度鋼の組織イメージ
 焼き戻しマルテンサイト組織を有する高強度調質鋼のさらなる高強度化には遅れ破壊強度の向上が不可欠である。遅れ破壊の起点は旧オーステナイト(γ)粒界であり、この最弱部である旧γ粒界の組織・構造を制御した粒界強化が第一に求められる。
 旧γ粒界が遅れ破壊の起点となるのは、粒界に粗大なフィルム状の炭化物が生成しているためである。このため我々は、「粒界炭化物フリーのマルテンサイト組織」を強化組織の理想像として、粒界炭化物の微細化を検討している。

微細粒界炭化物組織創製のアイデアと試み
 粒界炭化物の微細化策の一つとして、まず旧γ粒界面を微細に湾曲させることに着目した。粗大粒界炭化物は、同一粒界面上に生成する炭化物が同じ結晶方位(同一バリアント選択性)をもって生成し成長合体することによって形成される。従って、微小領域で粒界面を変化させれば、同一バリアント選択性が回避されて、フィルム状炭化物形成が抑制されると期待される。
 γ粒界を微細湾曲させる手法として加工硬化γ域での変形・焼き入れ(いわゆる改良オースフォーム)を試みた。また、炭化物を出来るだけ微細化するために急速加熱焼き戻し処理を行った。試行的研究として、0.36C-2.0Mn鋼に上記の処理を施したところ、旧γ粒界が1ミクロン・オーダーで微細に湾曲していることがTEM観察において確かめられた。
図1は、その炭化物組織を示すSEM写真である。オースフォーム無しの焼き入れ・焼きもどし処理材では、炭化物が旧γ粒界に連結して生成して粗大な板状の形態をとっている。一方、オースフォームを加えたものでは、同一の焼き入れ・焼きもどし処理において、粗大な粒界炭化物が認められなくなり、かつ粒内炭化物も板状のものが顕著に減少することが明らかとなった。
 今後は、試料化学組成および加工熱処理条件の最適化、試験片の大型化と遅れ破壊特性の評価を行っていく予定である。


3.TOPICS

ケルビンプローブを利用した電極電位測定
―溶液中の金属電極の電位を非接触で測定するー
                  
特別研究官付 田原 晃

ケルビン法を利用する意義と原理
 大型の構造部材が使用される環境における金属材料の腐食は、主に表面に生成する薄い水膜下で起こる湿食反応である。この薄い水膜は降雨あるいは空気中の水分の結露によって生じ、100ミクロン以下の非常に薄い場合もある。このような環境では、通常使用される電気化学測定は困難である。例えば、簡単な電極電位測定も測定用プローブを水溶液中に浸漬するだけで系の擾乱を招く。そこで、私達はケルビン法と呼ばれる、非接触で金属の電極電位を測定する方法を利用し、大気腐食環境を模擬した環境での金属電極の電位測定を行った。本方法は、真空中の金属・半導体の仕事関数測定に利用されてきた方法を腐食測定の分野に応用したものである。原理的には、試料電極−プローブ電極間に形成させたコンデンサー容量を交流変調させることにより回路に流れる微小交流電流の応答から電極間の接触電位差を求める方法である。
 
図1は、溶融亜鉛めっき鋼板の亜鉛を一部除去した試料に水溶液膜を載せた時のZn/Fe境界近傍の電位分布をケルビン法により測定した例である。亜鉛による防食範囲が塩濃度によって異なることがわかる。

モデル計算による腐食抵抗の見積もり
 
こうして測定した電位分布を、電送線モデルによって数値解析した例を図2に示す。図中の直線は腐食反応の反応抵抗の値を種々変化させた計算結果である。この値が大きいほど腐食反応が起こりにくいことを示す。境界近傍ではZnのカソード防食効果により反応抵抗が大きく、Feの腐食反応が起こりにくいことを示している。今後は、本方法により、大気腐食環境下における腐食メカニズムの解明をめざす。


4.センター便り

人物紹介(5)
 センター発足後、フロンティア構造材料研究に参画するため大学・産業界等から当研究所に入所された方の感想と抱負を紹介いたします。

伊藤 礼輔
 昨年10月に当研究所に赴任しましたが、まず各研究員の方々の専門領域に対して奥深くまで研究されていることに驚きを感じました。また、STX−21のプロジェクトは産学官共同でかつ鉄鋼材料の製造から評価に至るまで幅広く研究が遂行されており、多方面の技術を集約することによって生まれる無限の可能性を秘めていると思っております。ここでの在籍期間中に、研究所の方々の研究姿勢及び専門領域を把握して今後の自らに生かしていきたいと考えています。
(構造体化ステーション 第2ユニット、構造材料特別研究員、川崎重工業鰍ゥら)


 黒田聖治
(構造体化ステーション 第2ユニット 主任研究官)、田代安彦(当所外来研究員:東京理科大学大学院生)、湯本久美(東京理科大学)、平良進深沼博隆(プラズマ技研工業)は、「高速ガス炎溶射皮膜の残留応力発生機構」の解明により平成9年11月17日、溶接学会からシンポジウム優秀論文賞を授与されました。
 小熊光晴(当所外来研究員:構造体化ステーション第3ユニット:茨城大学大学院生)は、「高出力レーザーにより誘起されるプラズマの計測と評価」により平成10年2月10日、溶接学会から奨学賞を授与されました。
 横山尚永(当所外来研究員:材料創製ステーション第3ユニット:工学院大学大学院生)は、「Distribution of Internal Crack Initiation Sites in High-cycle Fatigue for Titanium Alloys」により平成10年3月20日、工学院大学大学院から優秀論文賞を授与されました。

テレビ放送のお知らせ
 
平成10年4月4日(土)23:00〜23:45にNHK教育テレビで放映される「サイエンスアイ」において、当センターの高強度鋼の研究紹介がありますので、お知らせ致します


前号からの主な出来事

H10.3.6

10.3.12

10.3.31

金属材料技術研究所運営委員会開催

ケンブリッジ大Bhadeshia教授当所で講演

社会基盤材料技術懇談会開催

今後の予定

H10.4._

10.4._

10.5._

企画調整委員会開催

研究作業委員会開催

研究推進委員会開催


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