[更新日'98/10/1]

平成１０年１０月号（通巻第１４号）

目　　次

1. 技術の発展は材料が支える　　　　　　　千葉工業大学　教授　　増子　�f
2. TOPICS 高サイクル疲労変形に伴う歪み分布の観察
   　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　材料創製ステーション　梅澤　修
3. TOPICS 高精度大気腐食試験場における大気腐食機構の解明
   　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　構造体化ステーション　山本　正弘
4. センター便り

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1. 技術の発展は材料が支える

千葉工業大学教授　　増子　�f

　技術は構造物や機械という人工物によって実体化され、人工物は作動原理と材料から成り立つ。木と布とで作られたライト兄弟の飛行機は新しい作動原理「浮力というものが存在する」を実証した。一旦既存の材料を使って新しい技術が実現し、その基本原理が確立すると、そのあとの進歩は材料が支える。設計からの要求に耐えられる材料の誕生が、より大きく、より高く、より遠く、という技術の発展を実現してきた。技術は発明であり、科学は発見である。状況に適合するのが技術であり、状況依存を認めては成り立たないのが科学である。魔術の正当な申し子である技術から、新しい科学が生み出されたという例は、飛行機の場合に限らず数多く存在する。
　古代ギリシャの科学者が「私に支点を与えてくれれば、地球ですら動かしてみせる」という形で「てこの原理」を説明したように、作動原理の応用には限度はない。作動原理は現在、バーチャル・リアリティという世界の中で研ぎ澄まされるが、その中では既存の原理はもはや汲み尽された感がある。ここで生れるのは、「もしこのような材料があれば、このような事が可能になる」と言う夢だけであり、夢の実体化の鍵は材料が握っている。仮想現実をどう操っても、恐らく新しい作動原理は生れない。
　ところで材料はそれぞれの性能について越えられない限界を持っている。特に近年における材料科学の発展(?)は、なぜ材料がこのような限界を持つのかを説明する事に対しては極めて有用で、おかげで材料から多くの魔術的な夢が奪い去られた。
　超鉄鋼材料プロジェクト（ＳＴＸ−２１）で掲げる目標は、性能限度学から見ればまだ余裕があるということで、科学の忠告を無視してはいない点は強みであるが、状況依存から抜けられない材料屋から見れば夢に近い所を狙っているようでもある。恐らく現実の選択としては最良の課題であろう。しかしその実現を保証するのは、材料技術分野での伝統的な「やってみてだめならまたやってみる」という魔術に近い方法になりそうである。この度のプロジェクトが材料開発という領域に、新しい何かを生み出してくれる事を期待したい。

　2．TOPICS　高サイクル疲労変形に伴う歪み分布の観察

―歪み勾配観察にEBSD法を適用し、き裂形成抵抗の高い金属組織を探る―

材料創製ステーション　　梅澤　修

局所的歪み勾配を考える
　材料特性には、組成や組織の平均的性能で決まるものと、材料内の不均一性に敏感なものとがある。脆性的（結晶組織を反映した）き裂発生による破壊現象は、“最弱ﾘﾝｸﾓﾃﾞﾙ”で表されるように、後者の典型例の一つである。高強度鋼における実用強度を規定しているのは、遅れ破壊や疲労破壊強度であり、その強度ﾚﾍﾞﾙは静的引張強度よりかなり低い。部材の軽量化等の要求に対応するには、高強度（耐力）化が不可欠であるが、それは多くの場合、脆性的き裂発生による破壊を顕在化させることに他ならない。この脆性的き裂発生は、微視的組織構造や変形挙動に関係する。すなわち、塑性変形が局所的に生じ、変形の障害を与える部位には未変形領域との間で歪み勾配が形成される。その結果、応力集中を生じた最弱ﾘﾝｸである破壊組織単位に微視割れが生じると理解される。したがって、�@最大歪み勾配を小さくすること、�A最弱ﾘﾝｸ組織の破壊強度を高めることが求められる。そこで、まず走査型電子顕微鏡内反射電子菊池線回折（SEM-EBSD）法を用い、疲労変形により蓄積された多結晶粒内の歪み分布を数百μm領域にわたって視覚的・定性的に評価することから試みた。
高窒素ｵｰｽﾃﾅｲﾄ鋼の解析
　SEM-EBSD結晶方位解析では、分析領域 200 nm以下、測定深度 50 nm以下、角度範囲 約±45°で菊池線像が取得でき、方位決定精度は約0.5度である。各分析点における結晶方位、IQ値（ﾊﾟﾀｰﾝの明瞭さを示すﾊﾟﾗﾒｰﾀ）、CI値（0〜１，方位決定確度を示すﾊﾟﾗﾒｰﾀ）を求め、任意のｽﾃｯﾌﾟでﾋﾞｰﾑを走査することにより方位ﾏｯﾌﾟ図を描くことができる。歪みの大きいところはIQ値のﾏｯﾌﾟ図中で濃く表される。
　分析試料は、内部き裂発生（粒界割れ）を呈した高窒素ｵｰｽﾃﾅｲﾄ鋼疲労破断試験片の破面直下から採取した。図１に示すように、疲労変形状態は各結晶粒において歪み分布の不均一が観察される。粒C内には、IQが相対的に低い領域が大角粒界（方位差15度以上を有する）に隣接して検出される。これは大角粒界近傍での歪み集中を表していると判断される。また、ﾐｽｵﾘｴﾝﾃｰｼｮﾝを有する境界が、ｼｬｰﾌﾟな場合（AB双晶界面）とﾌﾞﾛｰﾄﾞな場合（結晶粒C, Dまわりの粒界）が観察される。ﾌﾞﾛｰﾄﾞさは、境界近傍に転位が堆積（TEM観察による）し、歪み勾配の形成を示す。

図１　EBSD解析ﾏｯﾌﾟ図．(a)IQﾏｯﾌﾟで、矢尻は双晶境界を示す。ﾌﾞﾛｰﾄﾞな境界（粒界）と歪み集中部が認められる。(b)結晶方位ﾏｯﾌﾟ図（CI値0.2以下は黒点）は、同一方位系を同色で示す。

３．TOPICS　高精度大気腐食試験場における大気腐食機構の解明

―溶接構造物模擬試験体を用いた構造材料の大気腐食現象の詳細な解析―

構造体化ステーション　　山本　正弘

研究の目的
　これまで大気腐食の評価は暴露試験で行われることが多かったが，試験期間が長期に渡ることやその期間内での腐食現象の変化などがとらえられていないなどの問題があった。そこで昨年，金材研内に鋼材の大気腐食現象や環境因子の変化をその場測定するための設備を持った高精度大気腐食試験場を開設し，大気腐食現象をより詳細に解析することを進めている。
　この試験場の特徴は，従来の暴露試験と異なり，雨の影響を考慮した試験が行えること，環境因子や腐食現象をリアルタイムに計測しネットワークを通じてデータ処理を行えること，そして構造物を模擬した試験体により形状や部位による腐食現象の違いをとらえられることである。図1に試験場の外観と構造物模擬試験体の写真を示す。
構造物の腐食現象の解析
　図2は，構造物試験体に埋め込んだ熱電対により測定した温度変化である。図では，晴れたある1日の午前0時から翌日の0時までの結果を示す。また，各時間の気温並びに気温と湿度より計算した露点（相対湿度が100%になり表面に露を結ぶ温度）を併せて示す。
　日の出と共に構造物の各部の温度が上昇し始め12時近くで最も高い温度を示す。特に天井では気温に比べ約20℃以上も高くなっている。日の当たる南壁は北壁に比較し午前中には温度が高いが午後には逆になっている。日照が無くなる夜間には温度が下がり天井では露点を下回るが南壁，北壁では露点を下回ることはない。
　露点を下回らない南壁や北壁でも腐食は進行しており，またその量も天井に比べて小さくはない。このことは露点，すなわち大気の熱力学的な濡れと鋼材表面で実際に起こる腐食現象に違いがあることを示している。
　この測定は今後数年間続けていき，構造物の長期に渡る大気腐食現象の詳細を明らかにする。

４．センター便り

第３回超鉄鋼ワ−クショップ「超鉄鋼材料実現への期待と課題」開催のご案内
　１２月３日と４日の両日にわたって、２１世紀の鉄鋼材料の実現にむけた研究の現状、期待と課題を討論することを目的に、第３回超鉄鋼ワ−クショップ「超鉄鋼材料実現への期待と課題」を金属材料技術研究所(つくば)で開催いたします。多数の皆様のご参加をお待ちしております。
　第１日（平成１０年１２月３日（木））
（１）１０：００〜１２：００ 基調講演
　　　�@２１世紀の建築・土木構造物と超鉄鋼材料（大阪大学　豊田 政男 教授）
　　　�A２１世紀の環境問題と超鉄鋼材料（住友金属工業株式会社　大谷 泰夫 技監）
　　　�B超鉄鋼材料研究の現在（金属材料技術研究所　福澤 章 総合研究官）
　（２）１２：３０〜１４：１５ ポスター発表（約７０件(内、所外からの参加約２５件)）
　（３）１４：１５〜１６：００ 技術討論会
　　技術討論会を、�@８０キロ鋼、�A１５０キロ超級鋼、�B耐熱鋼、�C耐食鋼の４分野に分かれて行います。
　（４）１６：１５〜１７：１５　総括討論
　（５）１７：３０〜　　　　　　懇談会
　第２日（平成１０年１２月４日（金））
（１）９：００〜１５：００ 課題別討論会及び見学
　 超鉄鋼材料の産学官における研究成果の紹介と討論を４分野に分かれて行います。
　参加費：無料（但し、懇談会は会費制）
なお、詳細につきましては次号のSTX-21ニュース等でお知らせいたします。

第５回耐食鋼フォーラム開催のご案内
　耐食鋼タスクフォースでは、高清浄化・高窒素添加による耐海水性ステンレス鋼の開発研究を進めておりますが、将来の実用化を視野に入れて、溶接性の確保や溶接部の耐食性評価等、接合の問題を今後積極的に検討する必要があります。そこで高窒素ステンレス鋼を対象に溶接性と耐食性に関する標記フォーラムを下記の要領で開催します。講演後、当研究所の溶接グループと耐食グループ合同の総合討論を行う予定です。一般のご参加を歓迎します。（参加費不要）
日時・会場：平成１０年１１月５日午後１時、金属材料技術研究所第２会議室（つくば市）
講　演　者：菊地靖志教授（阪大）、粉川博之教授（東北大）、Dr.U.KAMACHI MUDALI (IGCAR)、宇野秀樹（金材技研）
問い合わせ先：金材技研　片田康行　TEL0298-59-2128（直） E-mail katada@nrim.go.jp　

受賞報告
　小野寺秀博（計算材料研究部 第３研究室長）は、「化学組成から組織と特性を予測する合金設計手法の研究」により、高橋順次（材料創製ステーション 主任研究官）は「プラズマ電子ビーム溶解法によるチタン系材料溶製技術の開発」により平成１０年５月１９日、科学技術庁長官から業績表彰されました。

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