[更新日 '98/5/6]

平成10年5月号(通巻第9号)

目  次

  1. 予感を現実へ         新日本製鐵梶@鉄鋼研究所長  加藤 忠一
  2. TOPICS 粒径1μm以下のフェライト粒組織の創製
                       材料創製ステーション  林 透
  3. TOPICS 耐酸化性に優れた高強度フェライト系耐熱鋼の開発
                       
    評価ステーション  藤綱 宣之
  4. センター便り

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1.予感を実現へ
                新日本製鐵 鉄鋼研究所長  加藤 忠一

 どのセンサーが働くのか、ああ何か大きく変わりそうだなと感じることがある。社会、経済、人、もちろん、技術に対してもだ。
 昨年から始まったSTX−21研究プロジェクトの活動を見ていると、鉄鋼材料の世界にまた一つ革新が起きるのかなという予感を感じる。ことに800MPa級、1500MPa超級材料開発タスクフォースで取り上げられている超微細結晶粒制御の技術思想が、その感を強くさせる。
 鉄鋼材料は長い開発の歴史の中で、幾たびかの技術革新を遂げてきた。今や単純な合金成分調整だけでなく、造り込み技術との複雑な融合で高い性能が発揮されている。さらに他材料に比べて、コストパフォーマンスの良さ、信頼性の高さから、来る次世紀においても構造材料の中枢材料として期待されている。換言すれば、革新される性能は、必ず高い実用性を有していることが要求されるということである。
 本研究プロジェクトが、その期待に応えてくれる予感を抱かせるが、基礎研究ではあるものの、目標達成型としてスムーズに実用化へ移行できる基礎研究を目指す以上、留意すべき点がある。それは、実用性の高い材料にするためには、材料として製造がし易いことはもちろんのこと、材料を使う立場の技術とも一体化が必要である点である。つまり、鋼構造物としての設計、成形、接合、破壊防止、防食といった利用加工技術によく適合する材料でないと、実用化はできない。
 この点に対応して、我々鉄鋼企業研究者は、単に鉄鋼製造の立場からだけではなく、使用する立場での課題を自ら積極的に研究すると共に、鉄鋼ユーザーとの共同研究によって、利用加工上の諸課題への対策を織り込んだ鉄鋼材料を開発して来た。研究体制として既に構造体化及び評価の両ステーションを置いており、その認識は十分であると思うが、鉄鋼企業、鋼構造加工企業、建築研、土木研等の研究者の参加を今以上に呼びかけ、材料屋の独りよがりの研究開発にならないように進めることが肝要である。
 盛り上がった木肌から出た芽が勢いよく伸びる。これが春の木々である。萌芽したSTX−21を陽光の中に勢いよく伸ばして頂きたい。


2.TOPICS

粒径1μm以下のフェライト粒組織の創製
−マルテンサイトに変形方向を変化させた多パス温間加工を適用−
             材料創製ステーション  林 透

組織微細化による高強度化
 ホール-ペッチ則(1式)で良く知られているように結晶粒径と強度の間には強い相関関係がある。
 σy = σ0 + kd-1/2 ・・・(1)
y:降伏応力、d:粒径、σ0,k:定数)
結晶粒を微細化することで強度を上昇させることができる
 
従来の高強度化の手法は合金元素の増量によるところが大きかった。合金元素を増量すると溶接性が劣化するだけでなく、リサイクルが困難となりやすい。組織の微細化はこれら諸問題を解決しかつ高強度化する唯一の手段である。
微小サンプルによる組織創製
 今回、工業的に実施可能な製造プロセスを用いて微小サンプル(厚さ0.8mm,幅5mm,長さ20mm)で粒径0.77μmのフェライト粒組織創製に成功した(図1。これにより、引張強さ405MPa相当(Hv131)の鋼(0.05C-2.0Mn)をほぼ2倍の引張強さ760MPa相当(Hv245)に高強度化することができた(図2)。
このような微細フェライト組織を創製するためのアイデアは以下の通りである。
1. 加工前組織のマルテンサイト化
 マルテンサイトは無加工でも、ブロックやパケットと呼ばれる微細組織に分割されることおよびマルテンサイト変態により導入された転位と加工転位の相互作用による局所的格子回転が期待できるため、最終組織の微細化に有効である。また、炭化物がラス境界から均一微細析出するため、最終フェライト組織の粒成長の抑制に有効である。
2. 加工方向の変化
 試料をそのまま同じ方向に圧延すれば、フェライト粒が伸長するとともに、加工されにくい粗大粒も現れる。パス間で加工方向を90度回転させることで
図1に示すような等軸微細なフェライト粒が得られる。
 今後は微細化メカニズムの解明を進めるとともに板厚10mm、強度800MPaの目標を達成することに挑戦してゆく。


3.TOPICS

耐酸化性に優れた高強度フェライト系耐熱鋼の開発
―耐酸化性改善のための材料設計指針を構築するー
               
評価ステーション 藤綱 宣之
 

基本的考え方
 耐熱鋼の研究は、650℃級発電ボイラ用フェライト鋼の開発を目的としている。フェライト鋼の使用上限温度は耐酸化性で決定され、現状の耐酸化限界は630℃と考えられている。そのため、650℃級の材料開発では、耐酸化性の改善が重要となる。一般に、フェライト鋼の耐酸化性はCrやSiに大きく影響され、特にSiによる改善効果が強い。一方、過剰のSi添加は炭化物の粗大化を促進し、長時間クリープ強度を劣化させる。そこで、私達は耐酸化性とクリープ強度を両立させるために、高Si鋼の組織安定性改善を図るとともに、Siによる耐酸化性改善メカニズムを明らかにし、耐酸化性改善のための材料設計指針の確立を目指している。
大気酸化特性に及ぼすSi、微量添加元素の効果
 0.15C-8.5Cr-2W-0.2V-0.05Nbを基本とし、Siを1%まで添加したモデル合金について大気酸化試験を行った。図1は650℃における酸化時間と酸化増量の関係を示したもので、0.5%以上のSi添加により大幅に酸化量が少なくなっている。これは、基準鋼では部分的に針状でポーラスな形態の皮膜が生成するが、Si添加により針状形態の皮膜生成が抑えられ、全面緻密な皮膜となるためである。
 皮膜中に微細な酸化物を分散させると、金属イオンの拡散を抑えると同時に、くさび効果により皮膜の密着性が高まり、耐酸化性を改善できると考えられる。図2は、酸素との親和性の高いTi,YをSiと複合添加した鋼についての大気酸化試験結果であり、酸素との親和性が高いTi、Yを0.5%Siに複合添加することにより、1%Siと同等の耐酸化性を付与することが可能となり、Si量を低減できると判断される。
 今後、Si添加およびSi-Ti,Y複合添加の耐酸化性改善メカニズムを明らかにすると同時に、新たに導入した水蒸気酸化試験装置を用いて水蒸気中での酸化挙動を解析し、耐酸化性改善のための材料設計指針の構築を目指していく。
 合わせて、クリープ強度との両立を目指し、高Si鋼やSi-Ti複合添加鋼における組織安定性の改善に取り組んでいく予定である。


4.センター便り

 人物往来 ―英国ケンブリッジ大学H.Bhadeshia先生―

 平成10年3月10日から一週間、相変態・組織制御を中心とした鉄鋼材料研究の第一人者である英国ケンブリッジ大学のHarry Bhadeshia先生を金材技研にお招きして研究討論を行いました。短い滞在期間ではありましたが、(1) Design of Heat-Resistant Steel、 (2) Design of Welding Alloys、 (3) Heterogeneous Nucleation on Oxides in Steelsの3件のご講演を頂くとともに、所内の研究者および客員研究官の先生方を交えて8件の自由討論会を行っていただきました。講演は「質問があるときは何時でもどうぞ」のスタイルで行っていただき活発な意見交換がなされました。自由討論会には多くの希望者があったために土曜日までスケジューリングに入れる必要がありましたが、先生は快く応じて下さいました。「観光よりは研究討論がお好き」というのは今でも真実です。
 鉄鋼材料研究を心から愛しておられる先生は、「超鉄鋼材料プロジェクト」によって鉄鋼材料研究の大きなサイトが出来たことを本当に喜んでおられました。今回学期末のお忙しい時期に来日下さいました先生に心から御礼申し上げるとともに、頂いたご意見は必ず「超鉄鋼材料研究」推進に生かしたいと考えております。最後に、先生から届いた礼状の一部をご紹介します。
Tsukuba is a wonderful place, full of science and now full of steel. What more can one ask for? I really feel that the Ultra Steels project is visionary and will achieve more than just the four themes set out currently. With the ambitious experiments planned and in progress, I am certain that there is a good chance of a breakthrough. (津崎 兼彰)

 


 
宝野和博
(物性解析研究部 第3研究室長)は、「アトムプローブによる実用金属材料の超微細組織形成機構の解明」により平成10年2月17日茨城県科学技術振興財団からつくば奨励賞を、「アトムプローブによる実用金属材料の微細組織形成メカニズムの研究」により3月26日、日本金属学会から功績賞を授与されました。

升田博之(構造体化ステーション 第6ユニットリーダー)は、「走査プローブ顕微鏡(SPM)を用いて水溶液腐食、大気腐食研究分野に新しい領域を開いた」ことにより平成10年3月26日、日本金属学会から功績賞を授与されました。

長井寿(材料創製ステーション 第3ユニットリーダー)は、「低温用構造材料の組織と機械的性質の関係に関する研究」により平成10年4月1日、日本鉄鋼協会から西山記念賞を授与されました。

阿部冨士雄(評価ステーション 第3ユニットリーダー)は、「耐熱鋼および耐熱合金の微細組織変化とクリープ強度特性に関する研究」により平成10年4月1日、日本鉄鋼協会から西山記念賞を授与されました。


前号からの主な出来事

H10.4.3

10.4.23

「軟鋼の強度を2倍に高める」がNHK、日経新聞他で報道される

第3回企画調整小委員会開催

今後の予定

H10.5._

 10.6._

 10.6._

第2回研究作業委員会開催

第5回企画調整委員会開催

第2回研究推進委員会開催


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