- NVセンタ形成:
化学気相成長(CVD)法と高温高圧合成(HPHT)法を用いて様々な濃度の窒素ドープダイヤモンドを成長したり、各環境で熱処理を行ったりする。 - スピン特性評価:
パルス型光磁気共鳴分光(ODMR)法を用いてダイヤモンド結晶のスピン特性を評価する。共焦点型PL、ESR、FTIRなどの複数の分光評価を用い、さらに様々な結晶を評価することで、結晶の量子特性を正確に把握する。 - NVセンタ形成学理構築:
ステップ①と②からダイヤモンド結晶中に形成されている点欠陥の種類や濃度を類推し、これらがNVセンタのスピン特性に与える影響を定量的に調べる。ステップ③の結果から、ダイヤモンド結晶成長条件を見直し、新たな条件でのダイヤモンド成長を実施する。
目的
- 半導体における欠陥制御は、高品質な材料の創出だけでなく、欠陥を利用した新しい機能の創出にもつながります。例えば、ダイヤモンド中に欠陥を導入することで、量子ビットや量子センシングに応用できる新しい素子を形成できます。
- 半導体欠陥制御グループでは、ワイドバンドギャップ半導体材料を中心にしてこの研究に取り組んでいます。我々は、室温動作する量子技術応用、エネルギー効率の向上や環境負荷の低減など、社会的に価値が高い技術創出を目指しています。
アプローチ
- 成長プロセス:
欠陥制御には、成長プロセスや材料の組成など、多くの要素が関わってきます。成長プロセスの最適化や不純物の緻密制御を行うことで、より高品質な半導体材料の創製に取り組んでいます。 - 欠陥特性:
光学的・電気的評価技術を用いて欠陥を評価することで、欠陥の形成制御のための知見を得ています。また、使いやすい量子物性を目指し、物性理論や量子光学の手法を取り入れ、現象の本質に焦点を当てた効果的な枠組みを構築します。
寺地 徳之(てらじ とくゆき) / グループリーダー
ダイヤモンド結晶成長と量子デバイス応用
概要
ダイヤモンドNVセンタを用いた量子磁気センサを実用化するためには、センサ感度の更なる向上が不可欠と言われている。私たちは、ダイヤモンド結晶成長技術を高めることで結晶中に形成されるNVセンタの量子特性を向上させ、磁気センサを高感度化する研究を行っている。
特に、結晶中のNVセンタや窒素の濃度を精密に制御すること、NVセンタのスピンコヒーレンス時間T2(スピン状態を保持する時間であり、高感度化にはT2を長くする必要がある)を短くする不純物や欠陥を低減すること、NVセンタの空間配置をナノスケールで制御すること、結晶サイズを大型化することに焦点を置いて、現在研究を進めている。
特徴
- 量子応用に適した高度なダイヤモンド結晶成長技術
- 結晶成長、量子・光特性評価、点欠陥構造特定をシームレスに実施できる研究環境
- 量子センサ感度を向上するための窒素濃度の精密制御
- CVD法によるダイヤモンド結晶の大型化
- 12Cダイヤモンド結晶などの同位体制御
主な研究
量子センシング用ダイヤモンド結晶を創製するために私たちが実施している研究方法を図に示している。
このように結晶成長、量子・光特性評価、点欠陥構造特定をシームレスに実施することで、NVセンタのスピン特性を確実に向上させることができる。
まとめ
量子センサ感度を高めるために、現在世界の多くの機関がしのぎを削っている。その多くが測定方法に対する工夫であり、一方で感度向上に最もインパクトがある「ダイヤモンド結晶へNVセンタの高度な作りこみ」は、難易度が高いために実施機関は世界的にも限られている。NIMSではCVD成長、HPHT成長、量子・光物性評価、計算・理論のメンバーでチームを構成し、この困難な課題に対して多角的・包括的に検討している。
この研究体制により、ダイヤモンドNVセンタの特性が確実に向上している。今後はダイヤモンドNVセンタ以外のスピン欠陥にも着目して、研究を実施する予定である。
渡邊 賢司(わたなべ けんじ)
六方晶窒化ホウ素の気相合成
概要
六方晶窒化ホウ素(hBN)は窒素とホウ素からなる黒鉛類似の結晶構造を持つ化合物(図1)であり、化学的・熱的安定性に優れ断熱材や絶縁体、あるいはその機械的性質から摺動材料として実用に供されている。しかし、私たちの研究以前には高純度単結晶の合成例はなく電子材料としての応用はまったく未知数であった。私たちは高圧法による高純度窒化物単結晶の合成技術開発と生成物質の光物性研究を進め、高純度の単結晶合成に成功し新紫外発光材料への展開や2次元原子層科学への貢献など多くの成果を上げている。
この研究をさらに発展させ、汎用性の高い気相成長法により次世代デバイス応用材料として重要な高純度単結晶を合成しようと取り組んでいる。
特徴
- 六方晶窒化ホウ素は化学的・熱的安定性に優れたロバストなワイドバンドギャップ材料
- 深紫外領域(215 nm)に高効率なエキシトン発光を持ち水銀ランプ代替の発光デバイスの材料として期待される
- 黒鉛類似の層状化合物であり、原子層平面を形成および保護する目的で2次元原子層科学の研究には不可欠の基盤材料
- 次世代デバイス応用への基礎技術開発として、より汎用性の高い気相成長法による高純度低欠陥結晶成長技術の確立を目指す
主な研究
高温高圧法によるhBNは高純度単結晶の室温における最大発光強度は、波長215 nm(内部量子効率約5%以上)が得られている。励起源として加速電子線を使った試作デバイスでは最大放射光強度約8µW/cm2/nmを得ている(図2)。
発光波長領域はFar UV-C領域と呼ばれ、細菌やウィルスへの殺菌効果がありながら人体の皮膚角質層を透過することができないので紫外光源でも安全な波長領域として知られている。また、一方でhBN単結晶をグラフェンなどの2次元原子層材料の基板に用いることにより、表面ポテンシャルのゆらぎを最低限に抑えることができる。
図3の模式図は下段がhBNを基板に用いた時の表面ポテンシャルの揺らぎおよび表面荒さである。グラフェン研究初期に用いられていたSiO2基板上のグラフェン(上段)にくらべ、表面の均一性は非常に高いことがわかる。
この特性から2次元原子層材料におけるデバイスには不可欠な材料として知られるようになった。
本研究ではこれらの六方晶窒化ホウ素の特性をより応用範囲の広い気相成長法によって実現するための基礎技術開発に取り組んでいる。図4に示すようにジボランとアンモニアガスをそれぞれIII族およびV族の原子ソースとして用い、レーザ加熱した基板上で結晶成長を行う。使用する基板や温度、成長雰囲気制御などの最適化を行うことにより、より高純度低欠陥の薄膜hBN成長を目指している。
まとめ
hBNは、層状化合物でありグラフェンなどの2次元材料との組み合わせにより多彩なデバイス応用への道が期待されている。hBN自身でも、非常に異方性の強い材料であり新しい特性(発光・光学非線形性・結晶対称性制御)が報告されている。
より汎用性の高い気相成長法への展開は、今後の2次元材料応用への新しいブレークスルーのために必要不可欠の技術である。
陳 君(ちぇん じゅん)
カソードルミネッセンスによるMg注入GaNの評価
概要
窒化ガリウム(GaN)半導体は、省エネ化の切り札となるパワーデバイス用半導体として注目され、半導体産業の将来を左右するとも言える重要な研究課題です。その製造技術でキーとなるのがMgイオン注入によるp型GaN層の製造技術です。これまで、様々な分析手法でウェハー表面近傍における欠陥の評価が行われてきたものの、活性化したMg原子の空間分布を可視化する手法が無かったことから、GaN素子量産時の生産性向上の大きな壁となっておりました。
走査電子顕微鏡(SEM)に分光器を組み合わせたカソードルミネッセンス(CL)法によって、この問題に取り組みました。
特徴
- イオン注入層の厚さは1㎛以下であり、空間分解能が100 nm程度で従来のCL法では、深さ方向に何が起きているかを明確に捉えるのは困難でした
- 斜め研磨による深さ分解法を提案し、深さ分解能は約10 nmまで上げる
- 試料作製技術の進歩で多層膜の深さ分析やナノ構造の断面解析で面白い結果が出ている
主な研究 1
図1に示すように、数度の傾斜で研磨することにより、厚さ方向の空間分解能を20倍程度(傾斜3°の場合)に拡大することができる。
こうして得た試料に、CLスペクトルのラインプロファイルを測定することにより、Mg イオン注入層近傍での特性変化、特にその深さ方向分布を調べました。電圧素子製造プロセスの改良のうち、斜め研磨試料を用い、低加速電圧の電子線をつかったCL観察手法を開発した。
この手法を用いて、Mgイオン注入GaN層中Mg電気的な活性化及び深さ方向への分布、Mgの拡散と貫通転位の関連を明らかにすることが出来ました。種々のデバイスに対してこの手法を適用し、他の半導体のウェハーや基板について評価を展開する希望を持っています。
主な研究 2
図2 に、Mgイオン注入試料(Mg注入層/n-GaN/GaN基板)を斜め研磨した試料におけるDAP(Mgアクセプタに関連したドナーアクセプタペア)発光(3.28 eV)のCL像を示す。
(a)は転位がない領域、(b)は転位が多く集積している領域である。Mg注入層からのDAP 発光が弱く、その真下に明るい発光領域がある一方で、転位が多い場合には、n-GaNエピ層中にまで発光が広がり、Mgが転位に沿って拡散していることがわかった。
まとめ
素子製造プロセスの改良のうち、斜め研磨試料を用い、低加速電圧の電子線をつかったCL観察手法を開発した。この手法を用いて、Mgイオン注入GaN層中Mg電気的な活性化及び深さ方向への分布、Mgの拡散と貫通転位の関連を明らかにすることが出来ました。種々のデバイスに対してこの手法を適用し、他の半導体のウェハーや基板について評価を展開する希望を持っています。
井上 純一(いのうえ じゅんいち)
材料数理物性理論
概要
量子論や電磁気、統計物理、固体物理などの総体である凝縮系物性理論は、材料科学における実験結果の解釈や予言に留まらず、トランジスタに代表される実デバイスの動作原理構築で成功を収めてきた。理論構築は、実験の状況に応じた前提/近似条件を元に設計されている。従って、材料それ自体が高品質化されたり全く新しい物質が合成される、或いは測定の精度が向上したり全く新しい測定が可能になったりするなどの進展により、理論の前提/近似条件を見直す必要が生まれる。
このような状況に対応し、得られた新たな知見を実験に還元することで、材料・測定・理論が三位一体となり材料科学が新たな局面に向かって発展することを目指す。
特徴
- 特定の対象や現象に限定されない分野横断的な波及効果を促しうる直感的な描像、解釈の提示。
- 本質的自由度に基づく抽象的記述を採用することにより、前提/近似条件を満足した多様な対象/分野/領域での横断的議論が可能。
- 実験が要請する基礎理論の前提条件の再検討に基づいた新たな理論構築から、理論側への新たな問題意識の提案。
主な研究
図は【概要】の一例として、後にトポロジカル絶縁体として認知された物質群を簡易に判定する方法の提案である。トポロジカル絶縁体は、理論から提案された新たな概念を用いた分類である。その判定にあたっては、大規模装置を用いることが通常であるが、ハイスループットな合成・評価のサイクルを確立するには、各々実験室で実施可能なリトマス試験紙的簡易判定法が必須であると考え、これに応えうるスキームを、理論的に提案したものである。
光学的手法を採ることにより可能になった非接触型の方法であること、および、判定には解析が不要であること、を特徴とする。
まとめ
抽象的な記述方法を採用することで、特定分野での現象/結果を異分野・他分野へ移植/発展できる可能性が期待できる。異なると考えられていたものの同一性、同一と考えられていたものの異質性に着目することで、新たな問題意識それ自身の開拓。
劉 江偉(りゅう じゃんうぇい)
ダイヤモンドMOSFET論理回路
概要
ダイヤモンドは、高いキャリア移動度、大きな破壊電界と大きな熱伝導率を持つことから、高温、高出力、および高周波で安定に動作する電流スイッチおよび集積回路への応用が期待されている。
我々は、極限環境下に強いダイヤモンド集積回路を開発するための第一歩として、ノーマリオン/オフ型動作モードの金属—酸化物—半導体電界効果トランジスタ(MOSFET)を組み合わせたダイヤモンド論理回路の開発に成功した。
特徴
- 極めて低い漏れ電流密度を持つダイヤモンドMOSキャパシタの開発
- ダイヤモンドMOSFETのノーマリオン/オフ型の制御プロセシングの開発
- ダイヤモンドMOSFET論理回路の開発
- 高熱安定性かつ低電力損失のダイヤモンド電力変換システムの開発
- 大電流出力マルチゲートダイヤモンドMOSFETの開発
主な研究
2012年に光電子分光技術により、種々酸化物と水素終端ダイヤモンド界面のバンド構造を明らかにし、酸化アルミニウム/水素終端ダイヤモンド界面の大きな価電子帯エネルギーオフセットが高性能MOS電子デバイス動作に有利であることを見出した。
2013年には極めて低い漏れ電流密度を持つダイヤモンドMOSキャパシタの開発に成功するとともに、困難であったノーマリオフ型の水素終端ダイヤモンドMOSFETの開発に成功した。
続いて2014年にダイヤモンドMOSFETと抵抗器の組合せでインバータ論理回路チップを試作し、2015年にはダイヤモンドMOSFETのノーマリオン/オフ型の制御プロセシングを開発するとともにそのメカニズムを明らかにした。更に2017年、2018年にはノーマリオン/オフ型動作モードのMOSFETを組み合わせたダイヤモンド論理回路の開発に成功した。
高温、高出力ダイヤモンドデジタル回路と高熱安定性かつ低電力損失のダイヤモンド電力変換システムの応用を期待される。
まとめ
ダイヤモンド論理回路は、高温・放射線・宇宙環境・高出力・高周波などの極限環境条件においても安定に動作する電子デバイスへの応用が期待される。
今後は、応用に必要な大電流化と高耐圧化を図るために、MOS界面のさらなる高品質化による移動度の向上、ドレイン領域に耐圧層の導入が必要ですが、近い将来、ダイヤモンドパワーエレクトロニクス産業の創出にも貢献します。