物質・材料研究機構 (NIMS) の理事長からみなさまへ

2024.01.01 更新

NIMS理事長 宝野 和博


2024年の年頭にあたりご挨拶を申し上げます。

2023年4月1日より第5期中長期計画が始まりました。この機会に、NIMSの将来に向けたビジョンを職員と共に議論し、2023年10月新たにNIMS Visionを制定しました。私たちは「材料で、世界を変える」という目標を掲げ、「物質・材料の進化と革新を先導し、未来社会を豊かにします」と宣言しました。これまでNIMSは「使われてこそ材料」をスローガンとして掲げてきましたが、学術研究の対象となる物質の多くは実際の材料として使われるところまで至らないのが現実です。それでも、それらの物質研究からは多くの新しい現象や学理が発見され、約10数年に一度のペースで世界を変える材料の発見に繋がります。日本発の材料が世界を変えた例として青色発光ダイオード、リチウムイオン電池、ネオジム磁石などがよく知られていますが、NIMS発の例としては世界の照明を変えたサイアロン蛍光体、世界の量子材料研究で決定的な役割を果たしたh-BN結晶などがあります。国民の税金によって運営される国立研究開発法人では、社会課題の解決を目指す研究開発が期待されるのは自然なことです。しかし、革新的な材料を開発することは一朝一夕で成し得るものではありません。このため、NIMSでは将来の技術革新を生み出す基盤研究も重視しています。この方針を明確にするため、2023年4月に組織の改編を行いました。

エネルギー・環境材料、磁性・スピントロニクス材料、構造材料、電子・光機能材料の各研究センターは、カーボンニュートラルやデジタルイノベーションといった社会課題解決に向けた材料革新を目指します。また、ナノアーキテクトニクス材料、高分子・バイオ材料、マテリアル基盤の各研究センターは、次世代技術の革新を生み出す基盤研究を推進します。ただし、これらの組織に縛られることなく、さまざまな専門分野を持つ研究者たちが組織を超えて協力し、時代が求める重点課題に取り組むプロジェクトも並行して進めています。重点課題としては、量子材料、カーボンニュートラル、バイオ材料、資源循環を選定しています。

カーボンニュートラル分野では、来るべき水素社会の実現に必要な材料課題に取り組んでいきます。例えば、磁気冷凍による高効率水素液化システム開発は、世界的にもユニークな研究であり、この分野でのNIMSの存在感が際立っています。また、水素環境でも安心してつかえる構造材料の開発や水素製造のための触媒の開発にも取り組んでいます。NEDOのグリーンイノベーション基金により整備中の水素環境材料実験施設は2024年9月に運用開始予定で、今後NIMSでの水素関連材料の研究を支える新たな施設として活用されていくでしょう。また、2023年6月に半導体・デジタル産業戦略が定められたことを受け、NIMSは技術組合最先端半導体技術センター(LSTC)に参画し、次世代半導体開発に必要な材料基盤研究に積極的に取り組んでいきます。また、2024年度中には、軟X線マルチモーダルオペランド顕微分光装置を仙台のナノテラスに設置し、量子・スピントロニクス材料のスピン情報を含めた解析機能を強化する計画も進んでいます。

NIMSには、最先端装置が共用装置として整備されており、研究者は教育に時間を割かずに研究に専念できるという優れた研究環境があります。一方で、国立研究開発法人であるNIMSでは大学院生で代表される若手研究者が少ないという弱点もあります。これを補うために、NIMSは2004年に筑波大学との連携大学院協定の締結を皮切りとして、その後、北海道大学、早稲田大学、横浜国立大学、大阪大学、九州大学の合計6校と同様の協定を結びました。現在、68名のNIMS研究職員がこれら協定校の連携教員を兼任し、約160名の大学院博士課程学生がNIMSジュニア研究員としてNIMSで研究に従事しています。さらに、海外の34大学と国際連携大学院協定を結んでおり、年間約30名の博士課程学生を最長1年間、NIMSで受け入れています。また、ポスドクやICYSフェローが約250名在籍し、定年制研究職369名とほぼ同数の若手研究者がNIMSで研究を行い、研究力の強化に大きく貢献しています。近年、日本人のNIMS研究職の応募者数が減少傾向にありますが、これは日本人の博士課程修了者数の減少と密接に関係しています。今後、日本の人口減少の中で、材料分野における大学院博士課程学生数の増加がなければ、日本の材料研究の国際競争力は低下し続けると危惧しています。この傾向に歯止めをかけるために、NIMSでは引き続き連携大学院博士課程の学生をNIMSジュニア研究員として直接雇用するとともに、ポスドクやICYSフェローの処遇改善、JSPSフェローの直接雇用と処遇の改善、国際的な若手研究人材の流動化、若手研究者のキャリアパスの構築に努めていきます。

研究は人によって創出されるものです。そのため、特定研究開発法人としてのNIMSが持続的にその役割を果たすためには、優秀な人材を引き寄せる環境を整備することが重要です。また、時代の変化に柔軟に対応し、リスクを恐れずに自ら変わっていける組織であることも必要です。理事長として、NIMSの研究力をさらに高めるために尽力していきます。本年も引き続きご支援とご指導を賜りたく、心よりお願い申し上げます。