研究テーマ
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モット転移 モット物理 フラストレート磁性体 量子スピン鎖 金属強磁性 磁気相転移 理論手法

 フラストレート磁性体の準粒子

 通常の磁気秩序をもつ磁性体では、磁気秩序からの揺らぎとして定義される準粒子(マグノン)によって磁気励起がよく説明されることが知られているが、磁気的相互作用が競合する(フラストレーションのある)磁性体では、スピン液体と呼ばれる磁気秩序のない状態が実現する可能性がある。そのような系では磁気秩序がないのでマグノンが現れる必然性はなくなる。マグノンは磁気秩序から1つのスピンを反転させた状態と見なすことができるので磁化 Sz = +1/2 - (-1/2) = 1を運ぶが、1次元スピン1/2反強磁性鎖では磁化Sz = 1/2を運ぶ準粒子(スピノン)によって磁気励起が説明されることが知られており、マグノンが2つに分離した磁壁と見なすことができる。2次元でもフラストレーションの強い系ではスピン液体状態や分数磁化を運ぶ準粒子が実現する可能性が示唆されてきた。特に、異方的な三角格子とみなせる反強磁性体Cs2CuCl4に注目が集まった。この物質では1次元系で見られる冪乗則に従う振る舞いが観測されると同時に2次元的な分散関係も観測されたため、2次元スピノン描像に基づく様々な理論が提案された。しかしながら、すべての性質を統一的に説明するには至らず、どのような準粒子によって説明できるのかについては謎のままであった。

 ゼロ磁場での準粒子(トリプロン) [1]
 この問題に対して、我々は1次元からのアプローチによる研究を行った。1次元系の厳密な動的構造因子S(k, ω)を用いて、鎖間結合を摂動的に取り入れることによって、異方的2次元系の動的構造因子S(k, ω)を計算した。その結果、ギャップレス点における冪乗則に従う振る舞いや、波数に強く依存したピーク構造、2次元的な分散関係などの異常な特徴を、1次元のスピノンとその結合状態(トリプロン)によって定量的かつ統一的に説明することに成功した。トリプロンは、鎖間スピン交換によって2つのスピノンが同時に隣の鎖に飛び移る動的プロセスによって生じる準粒子であり、磁気秩序を必要とせず、通常のマグノンとは形成メカニズムが異なる。

 磁場中での準粒子(磁場中1次元準粒子の結合状態) [2]
 トリプロンは、形成メカニズムはマグノンとは異なるが、ギャップレス点や分散関係、磁化Sz = 1をもつことなどはマグノンと似ている。ところが磁場中では、鎖間の動的プロセスによって生じた準粒子(磁場中1次元準粒子の結合状態)は古典的磁気秩序から生じたマグノンとは見た目にも明らかに異なる振る舞いを示す。詳細は文献[2]を参照していただきたい。主な違いは以下の通りである [2]。
(1) 多粒子クロスオーバー 通常のマグノンは磁場とともに分散関係が連続的に変形して飽和磁場以上のマグノンになるのに対し、1次元準粒子の結合状態を準粒子とする描像では、低磁場で支配的であった準粒子は磁場中で消失し、磁場中で誘起された別の準粒子が飽和磁場以上のマグノンになる。つまり、通常のマグノン描像とは異なり、支配的な準粒子が磁場中で入れ替わる。
(2) スピン密度波型非整合秩序 スピン波理論では、磁場中での磁気秩序は通常磁場に対して垂直な面内の揺らぎ(XY型)によるものであり、その波数は磁場によってほとんど変化しない。これに対し、1次元準粒子の結合状態の準粒子描像では、スピン密度波(SDW)型の非整合秩序が生じ、その波数はゼロ磁場のものから磁化の大きさに比例して大きく変化する。
(3) 高エネルギーモード 1次元準粒子の結合状態の準粒子の1つは、磁場中でエネルギーギャップをもつ。この準粒子は1次元系の2-ストリング解に起因するものであり、対応するモードは線形スピン波理論では現れない。
 1次元準粒子の結合状態の準粒子は、1次元系のスピン液体からの集団励起と見なすことができ、形成メカニズムはフェルミ液体のプラズモンやゼロ音波などに類似している。ただし、この準粒子は、電子の集団励起ではなく、1次元スピン液体の準粒子(スピノン、プサイノン、反プサイノン、2-ストリングの準粒子)の結合状態であるので、異方的2次元スピン液体の準粒子と呼ぶことができる。このような異方的2次元系の準粒子の妥当性は、Cs2CuCl4の磁場中の実験結果(磁化曲線、飽和磁場以上の分散関係、磁化の大きさに比例した波数シフトを示す非整合秩序、磁場中の動的構造因子のピーク位置と形状など)を定量的かつ統一的に説明することによって確認された [2]。


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