研究テーマ
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モット転移 モット物理 フラストレート磁性体 量子スピン鎖 金属強磁性 磁気相転移 理論手法

 モットギャップと高エネルギー状態

 通常のバンド絶縁体ではユニットセル内に複数のサイト(または軌道)があるためにバンドギャップが生じている(結合バンドと反結合バンド)。一方、モット絶縁体では電子間のクーロン相互作用によってモットギャップが生じるので、ユニットセルに1つしかサイト(または軌道)がなくてもギャップが開く。つまり、磁気秩序(それに伴う副格子構造)はモットギャッップの形成には必要ではない。このことは、1次元ハバードモデルのモット絶縁体では反強磁性秩序がなくてもモットギャップが開いていることからも、また、上部ハバードバンドは次元に依らずに大量にドープしても残ることからも理解できる。このように、モットギャップと通常のバンドギャップとは起源が異なる。

 上部ハバードバンドを特徴づける準粒子(ダブロン) [1]
 モット絶縁体の電荷励起にギャップが生じることは、1つのサイトに同時に2つ電子が入るとクーロンエネルギーが増大するためであると直感的には理解することができる。ところが、斥力が有限である限り下部ハバードバンドにも二重占有は存在しているので、単純に二重占有の有る無しでモットギャップの上下のバンドを区別することはできない。また、二重占有はダブロンと呼ばれることがあるが、二重占有は上部ハバードバンドを特徴づける準粒子としては振る舞わない。実際、モット絶縁体の基底状態においても二重占有は存在し、固有状態で二重占有の数は整数値ではない。さらに、相互作用がない極限では二重占有は単なる電子のすれ違いによるものであることからも容易に理解することができる。では、上部ハバードバンドを特徴づける準粒子はあるのか、またあるとするとそれはどのように定義されるものなのかという疑問が生じる。その答えは1次元系の厳密解を用いて得ることができた [1]。DDMRG法によって計算した1粒子スペクトル関数の強度分布と厳密解で計算した分散関係とを比較すると、下部ハバードバンドはスピノン、ホロン、反ホロンの組み合わせによって説明することができるが、上部ハバードバンドはそれらに1つk-Λストリングを加えた状態によって説明できることがわかった [1]。つまり、下部ハバードバンドではk-Λストリングがゼロ個、上部ハバードバンドはk-Λストリングが1個ある状態として分類することができる。そして、k-Λストリングは電子のペアを表すので、k-Λストリングによって上部ハバードバンドを特徴づける準粒子(ダブロン)を定義することができる [1]。なお、k-Λストリングを複数個含む解も存在するが、それらは斥力 U が強くなると E ≈ 2U, 3U, … のようにずっと高いエネルギーをもち、そのスペクトル強度は非常に小さいことがわかっている (k-Λストリングを1個まで考えた状態でスペクトル強度の総和則がほぼ満たされる) [1,2]。

 量子スピン系の高エネルギー状態を特徴づける準粒子 [3]
 同様な準粒子は、ハイゼンベルグ反強磁性鎖の磁場中でも現れる [3]。磁場ゼロでは2-スピノンのギャップレス励起によってスピン1/2ハイゼンベルグ鎖の磁気励起がよく説明されることが知られているが、磁場中では2-spinonの連続帯が分裂し、高エネルギー領域に連続帯が現れる [3]。この連続帯は2-ストリング解によるものであり、この2-ストリングは反プサイノンのペアとみなせる準粒子として振る舞う [3]。一見、ハバードモデルの励起の特徴と何の関連もないように見えるが、解の性質からハイゼンベルグ反強磁性鎖の磁場中の高エネルギー状態とハバードモデルの上部ハバードバンドとは同種のものであると言える [1,2,3]。より直感的には、スピン1/2ハイゼンベルグ鎖は近接サイト間で斥力相互作用するハードコアボゾンと等価であり、ハードコアボゾン間の近接斥力がハバードモデルのオンサイト斥力と同様な働きをするために、上部ハバードバンドに対応する高エネルギー励起が現れたと理解することができる[2]。この高エネルギ−状態がモットの物理の観点から理解できることは、基底状態に副格子構造がなくても現れていることとも矛盾しない。実際、副格子構造に近いスピン相関をもつゼロ磁場ではギャップレス励起なのに対し、磁場をかけることによってエネルギーギャップをもつ高エネルギー状態が現れる。

 高次元系への拡張 [4,5]
 上述のダブロンとモット絶縁体の特徴は高次元系にも拡張することができる。1次元ハイゼンベルグ鎖をフラストレートした鎖間結合で2次元的に結合した系の性質を鎖間弱結合理論によって調べた結果、2-ストリング解の高エネルギー状態は、鎖間結合によって結合状態(2-ストリングの準粒子とプサイノンの結合状態)を形成し、それが異方的2次元系の準粒子として振る舞うことが明らかになった [4]。つまり、2次元系においても、1次元系の2-ストリングで定義される準粒子の子孫が高エネルギー状態を特徴づける準粒子として振る舞うことを意味している。したがって、一般に、長さ2のストリングで定義される1次元鎖の準粒子(2-ストリングやk-Λストリングで定義された1粒子のペア)の子孫が高次元系の高エネルギー状態や上部ハバードバンドを特徴づける準粒子になると考えられる。これらは、通常考えられている二重占有で定義されるダブロンとは異なり、低エネルギー状態(下部ハバードバンド)には存在しない準粒子である。


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