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アウトリーチASKING THE RESEARCHER

森 孝雄  ナノパワー分野 MANA主任研究者(PI) 熱エネルギー変換材料グループ グループリーダー

ナノの力でエネルギー問題の解決へ — フォノンの制御を目指して —


地球が近い将来に深刻なエネルギー危機を迎えることが予想される中、廃熱を有益な電気に変換する熱電材料に大きな期待が寄せられています。ナノアーキテクトニクスを駆使して熱電材料の高性能化に取り組む森孝雄博士に、科学がこのエネルギー問題をどうやって乗り越えられるかを聞きました。


エネルギー問題と熱電材料

 エネルギー供給の流れの中で、原油・石炭・天然ガス等の一次エネルギーの使用におけるエネルギーロスは非常に大きく、有効活用されるエネルギーは元となるエネルギーの約三分の一に過ぎません。残りのほとんどが廃熱として捨てられているのです。
 そこで近年、大きな期待を寄せられているのが「熱電材料」、すなわち熱エネルギーおよび電気エネルギーを相互に変換する特性を持つ固体材料です。物体の温度差が電圧に直接変換される現象は「ゼーベック効果」とよばれ、1821年に物理学者トーマス・ゼーベックによって発見されました。しかし、21世紀の今に至っても、ゼーベック効果を利用して廃熱を電気に直接変換する技術は実用化をみておらず、その主な理由は十分な性能をもつ熱電材料が得られていないことにあります。この課題について、「ナノアーキテクトニクス」の立場から、熱電材料の高性能化の研究を進めているのが、MANAの森孝雄博士です。「エネルギー問題という地球規模課題の解決に、ナノという極めて小さな観点から材料を検討することで、挑戦しているのです」。
 そもそも、熱電材料の高性能化については大きな困難が二つある、と森博士は説明します。まず、熱電材料の性能を表す指標はZ=S2σ/κ(Z:性能指数、S:ゼーベック係数、σ:電気伝導度、κ:熱伝導度)で表され、性能指数を向上するためにはゼーベック係数Sと電気伝導度σとを同時に高めることが要求されます。しかしながら、一般に両者はトレードオフの関係にあるため、それは容易ではありません。「半導体ならキャリア濃度を増やしていくとσは増しますが、S は小さくなってしまいます。また、絶縁体ではS は非常に大きいけれども、σが小さく電気が流れません」。
 もう一つは、「電気は通すが熱は流さない」という性質が要求されることです。熱電材料には温度差に応じた電圧が発生するため、材料中の熱の伝播をなるべく止め、温度差を保ったままの状態を保つことが高い電圧を発生させる要件となります。しかし、「電気を通す」と「熱を流さない」は一般には相反する性質であり、これを達成することも簡単ではありません。
 また、従来有望視されてきた熱電材料には、ビスマス(Bi)、テルル(Te)、 鉛(Pb)など、稀少で高価だったり毒性があったりする元素が使用されてきました。しかし森博士は、将来的に熱電材料が社会で広く実用化されるためには、なるべく天然に豊富にあって安価に手に入る原料で材料開発を行うことが重要だと考えています。「特に日本のような資源に乏しい国では、海外情勢の影響を考えると、レアメタルに頼らざるを得ないような状況は避けるべきだと思うのです」。


ナノアーキテクトニクスの手法で新規熱電材料を創生

 森博士はナノアーキテクトニクスを駆使して、熱電材料内部のナノ構造を緻密に制御する方法の研究を進めています。「熱エネルギーの運び手であるフォノンと電子とでは、平均自由行程の長さが一般的に違うのです。この異なる平均自由行程を利用して、フォノンをより選択的に散乱することができるナノ構造を材料内部につくり込むやり方が世界的に流行しています。つまり、熱は効果的に材料内部で散乱し、電子は自由行程距離が短いのであまり影響なく通り抜けていくと。ではどのようなナノ構造がよいか、そこが肝心なわけです」。
 従来はナノ構造を材料に入れ込む方法として、ボールミルなどによる機械的な方法が多く採用されてきましたが、森博士は新しく熱電材料のナノシートを作成することに成功しました(図1)。「三段階の化学反応によって、ウェットなボトムアップ・プロセスで銅テルル化合物(CuTe)のナノシートを剥離させたのです。これを使った試作材料では、電気を比較的損なわずに熱を散乱させることができ、熱電効果が従来のものよりも30パーセント向上しました。これだけでも大幅な性能向上ですが、実はこの材料は、まだまだナノアーキテクトニクスの観点からすると理想的な構造になっていません。ですから、さらにうまく配向させ、積層させた高次構造のバルクを作ると性能は飛躍的に上がるのではないかと期待しています」。


図1a
熱電材料のナノシートの可能性:森博士らが創製したウェットなポトムアップ・プロセスによる熱電材料のナノシートは、最適化を全く施してない放電プラズマ焼結(SPS)による試料でも、性能を30%向上させることができる。今後シートをナノアーキテクトニクスによって設計された高次構造に積み上げることができれば、性能が飛躍的に向上するものと期待される。



図1b
剥離した銅テルル化合物(CuTe)のナノシートの電子顕微鏡写真。



中高温域のチャンピオン熱電材料を希土類フリーで実現

 森博士は籠状結晶構造の熱電材料開発にも取り組んでいます。この材料は世界の多くの研究者が研究対象とする中高温域のチャンピオン熱電材料として知られ、籠状の構造の中に入れた原子が籠の中でガタガタと振動する「ラトリング」という現象を利用することで、フォノンだけを効果的に散乱させ、高性能化することができます。しかしながら、中の原子に希土類元素などを使うことが多く、材料的に供給リスクがあり、耐酸化性も低いため、実際の応用が困難でした。
 そこで、森博士は希土類原子のラトリングに頼らずに、高い性能を得る方法を発見しました。材料に新規なナノ構造として適度な空孔を形成させることで、希土類を使ってかつ通常のナノ構造を施した材料に匹敵する、世界最高性能の材料を開発したのです(図2)。「希土類フリーなのに変換効率が15%以上に相当し、念願の応用へ向かって大きく前進したと思います」。この成果は、nano tech 大賞2016:プロジェクト賞(グリーンナノテクノロジー部門)を受賞しました。

図2a
(左)従来籠状結晶構造の熱竜材料は希土類原子によるラトリングを利用して高性能化が図られてきた。
(右)森博士が発見した新規な籠状結晶構造の熱雷材料は希士類フリーである。



図2b
新規な高性能熱電材料の合成。籠の壁面の原子を置換し、材料の相図(物質の相と熱力学的な状態量との関係を表した図)を活用して意図的に発生させた不純物相を蒸発させることにより、材料に新規なナノ構造として空孔を形成する。適度な空孔が存在することで、電気は通すが熱を遮蔽しやすい材料となる。



図2c
籠状結晶構造を用いた新規な熱電高性能材料の電子顕微鏡写真。空孔の存在が確認できる。



図2d
籠状結晶構造を用いた新規な熱電高性能材料の性能を示すグラフ。従来の希士類フリー材料に比べて飛躍的な高性能化を実現した。



産業界からも熱い視線

 平成27年には、森博士が率いる研究課題「新規な磁性半導体熱電材料を用いた熱電発電デバイスの研究開発」が科学技術振興機構(JST)CREST事業に採択され、つくば地区の研究機関である筑波大学とNIMSとが協力するチーム型研究も発足しました。高度なナノ構造制御の活用も含めて、学理として磁性による熱電の高性能化メカニズムを解明し発展させることで、最終的には実用化に資する発電デバイスを作ることを目標としています。
 さらに、熱電材料には産業界からも注目が集まっています。森博士は自らも関わるNIMSオープンイノベーションセンターが非常にうまく機能していると言います。「企業からも積極的に参画していただき、今考えうる最高の研究開発の環境となっています。熱電に関してはまだ大きなマーケットがあるわけではないのですが、企業も一緒に、基礎に近いところで課題に向き合ってくれているのです。そうした企業から寄せられる、応用面での課題やニーズから得るものがたくさんあります」。
 また、コストなどの課題をどう乗り越えるかも問題だといいます。「たとえば太陽光発電も、当初は採算に合わず、普及には政府からの補助金を要しました。けれど今や非常に大きな産業に育った。ハードルが高いからやめようというのではなく、どのように乗り越えられるかのチャレンジ精神が必要ですね。研究者側にも、企業にも」。


人類科学の夢であるフォノンの制御

 森博士に、これまでの人生で一番影響を受けた人物について尋ねると「それは、やはり父ですね」と返ってきました。「私の父は素粒子物理学者でした。なので、子どもの頃から科学に対する興味はずっと持っていました。父は素粒子物理学者、私は固体物性の研究と、分野は違いますが、研究者としての姿勢と言いますか—言葉が無くても伝わる何かに、本当に大きな影響を受けたと思います」。
 森博士は熱電材料開発の先に、熱制御を大きなテーマとして見据えています。20世紀には電子、スピン、フォトンなど、科学の力で物理的世界を構成する重要な要素の多くが制御できるようになりましたが、熱やフォノンに関してはまだ精緻な制御が実現していません。
 「21世紀、人類最大の課題が、いかに熱を高いレベルでコントロールできるかである、と考えます。その大きなテーマの中に熱電材料も入っている。決して到達できないわけではなく、今までの熱物性の理解やフォノン制御などの積み重ねがあるので、実現可能だと思います。難しいのは確かですが、ぜひやり遂げたいですね」「フォノンは電子とはずいぶん違う性質を持っている。今の若い人は今までの蓄積の上でこの大きな課題に取り組めるわけですから、とてもいいチャンスだと思いますよ」。
 いつも柔和な笑顔の森博士ですが、家庭では小学生の男の子一人の父親でもあります。「知らず知らずのうちに、子どもは親を見て学んでいますよね、僕がそうだったように。なので父として、学者として頑張っているところを見せないと…」。




森 孝雄    ナノパワー分野 MANA主任研究者(PI) 熱エネルギー変換材料グループ グループリーダー
1996年、東京大学理学系研究科物理学専攻博士課程修了。1996年、東京大学工学系研究科物理工学科PD特別研究員。1998年、科学技術庁無機材質研究所入所。 2001年、独立行政法人物質・材料研究機構入所。外部連携部門NIMSオープンイノ ーションセンター 熱エネルギー変換材料オープンラボ ラボ長、広島大学客員教授、NIMS情報統合型物質・材料研究拠点 情報統合型材料設計分野 伝熱制御・熱電材料グループ 主席研究員も務める。

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