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アウトリーチASKING THE RESEARCHER

山内 悠輔 Yusuke Yamauchi ナノマテリアル分野主任研究者 メソスケール物質化学グループ グループリーダー


物質に小さな孔が均一に空いている多孔体。結晶物である金属や金属酸化物でこのような多孔体を作製すると、バルクのときとは全く異なった物性が見出されます。山内悠輔博士は言います、これは物質科学の新たなフロンティアなのだと。


金属で多孔体を作る

 多孔体とは、小さな孔が無数に空いている物質のことを言います。天然のものではゼオライト(沸石)がよく知られており、1gあたりの表面積は数百立方メートルにもなるため、吸着剤や触媒などとして使われてきました。このような多孔構造を人工的に様々な物質で作れないかという研究も以前から行われています。代表的なものはシリカ(二酸化ケイ素)で、メソポーラスシリカと言われるこの物質はすでに製品化もなされています。しかし、従来の多孔体は組成が非常に限られたものであり、通常の物質は電気を通すことができません。
 このような多孔体のコンセプトを拡張し、様々な化学的手法を駆使して今までにない組成の新物質を作ろうとしているのが、山内悠輔博士です。「もともと、私の研究のバックボーンには、常にエネルギー問題に対する興味があるのです。それで最初は電気化学の研究がしたかったのですが、学生の時くじ引きで負けてしまったため、無機化学の研究室に入りました。結果的にはこれが良かったのです。エネルギー材料に応用できる画期的な物質として多孔体に着目することになりました」「多孔体に電気を流すにはどうすればいいか。明瞭です。金属、金属酸化物。それしかありません」「例えばグラフェンを多孔体にすると表面積は1gあたりの表面積は500-1000立方メートル以上にまで上がります。なぜグラフェンを多孔化するのか。電気伝導性のあるグラフェンは、表面積を上げることで大容量キャパシタの用途に使えます。まさに、エネルギー材料として応用できるからです」。


多孔体には未知の領域が広がっている

図1 (上)メソポーラス白金の模式図
(中)バルクとは異なる細孔曲面の原子配列
(下)キンクやステップが無数に存在する孔の表面の電子顕微鏡写真

 新しいエネルギー材料に向けて、金属・金属酸化物を多孔体で作る—こうした山内博士の研究は他にない、オリジナルなものです。2013年には、希少金属の白金についてメソポーラス白金ナノロッドの作成に成功。この表面積は、1gあたりの表面積が80立方メートル前後です。「従来の白金触媒は白金ナノ粒子からなるものでしたが、これらは熱的な安定性が低いため、凝集してすぐに大きな粒子になり、触媒活性が低下する。しかし、このメソポーラス白金ですと、熱的な安定性もあります。持続的に高い触媒活性を示す新たな白金ナノ材料を実現したわけです」。
 山内博士は、金属、金属酸化物の多孔体を合成し、骨格の結晶度を向上させることで、新しいサイエンスが出てくると語ります。「金属の中に孔を作る。その孔の表面には通常のバルクで露出している表面とは全く違う物性が出るのです。たとえば触媒活性ですとバルクに対して数倍もの効果があります。なぜか。この孔の表面にはキンクやステップが無数にあるんです。結晶物に孔を開けると、嫌でもそうなります。結晶構造のシミュレーションもできています。これらがバルクの結晶表面とは違う物性を示す原因ではないかと思っています(図1)」「また、ちょっと別の試みも長田MANA主任研究者と共同でやっています。同じ誘電体の結晶構造ですが、細孔を作ることでバルクと比較して多くの結晶歪が形成され、キュリー点が大きく変わることがわかりました」「この“全く違う物性”は本当に面白くて、新物質の発見と同じだと思うのです。ただ、孔を作って材料の表面積を上げるだけでは、面白くないですね。プラスアルファが絶対必要。それが、サイエンスです。既存の物質と全く違う性質になるのですから…。私たちのスローガンは“あらゆる金属、金属酸化物を多孔化する”です」。


どうやって金属多孔体を作るのか

図2 金ナノ多孔体の合成プロセス金イオンの間に入り込んだ青い球状のミセルが鋳型となって、多孔質状の構造を構成している。

 山内博士が2015年に発表して注目を集めた、均一で規則的なナノ空間を持つ金の多孔体を例に、金属の多孔体の作成方法を見てみましょう。はじめに、ポリスチレン(PS)とポリエチレンオキシド(PEO)のブロックコポリマー(PS-b-PEO)を水溶液中でミセル化します。ここに、金を含む化合物である塩化金酸(HAuCl4)を溶解させます。この時点での金イオンは、ミセル表面との相互作用でミセルの表面に存在していると考えられます。ここで電解析出法により金を導電基板上に電着させると、金イオンはミセルと複合化されているため、ともに基板へ移動します。そのためミセルを多孔質構造の鋳型として機能させることができ、さらに溶媒抽出などによりミセルを除去すると、ミセルサイズに応じたナノ細孔の構造が得られるというわけです。(図2)


産業への応用

図3 さまざまな金属多孔体の電子顕微鏡写真。
(上)金(中)銅(下)白金

 今後の展開を含めお話すると。多孔体にする素材(物質組成)、孔の径、形、その他様々なパラメータを検証していくことで、特定の物質だけを吸着させる新しい吸着材料ができれば、応用の範囲は無限に広がります。「今までにない新素材ですから、産業へのインパクトも大きいですね。例えば、面白いところでは、住宅の新築時に出る臭い(ホルムアルデヒド)や発がん性物質を含む芳香族化合物のみを選択的に吸着するメソポーラス物質などもあります。例えば、黒鉛化度の高いメソポーラスカーボンは、芳香族化合物に対して、従来の活性炭やシリカゲルでは実現できない吸着能力を発揮します。このように、電極触媒への応用のみならず、いろいろな産業応用が考えられます」。
 山内博士は、材料の具体的な応用展開は必ずパートナーとなる企業と組んでから行うといいます。なぜなら、多孔体の応用は無限に考えられるため、手を広げ過ぎると、サイエンスとして追求すべき一番重要な「金属・金属酸化物の多孔体化による新物質の創成」という研究テーマの軸がぶれてしまうと考えるからです。


若い研究者として、若手の育成に携わる

 大学院卒業の直後から物質・材料研究機構に奉職してきた山内博士ですが、9年目となるこの4月に最年少でMANA主任研究者に昇進しました。学生時代には苦手意識のあった英会話も、MANAの国際的な環境に鍛えられて、重箱の隅をつつくような議論も英語でできるまでに向上した、と言います。また、テクニカルサポートチームを始めとする研究者支援の体制も充実しているMANAは、自身が才能を伸ばすのに適した場所であったと感謝の言葉も漏らします。責任の重みも実感するようになったこの頃は、若手研究者とベテランとの橋渡しも意識しながら研究生活を送っているそうです。また、早稲田大学- NIMS連係大学院の教授として10名の大学院生を指導する立場にもあります。「材料化学を研究する上で失敗や偶然を絶対無駄にしないことが重要です。新しいことをすると失敗がかなりの割合を占めるものです。条件を間違えたり、組成を変えたりすると予想だにしていない結果がまれに生まれる。得てして学生は右往左往しながら研究に携わっていますから、そうしたことが起きやすい。それを上手く汲み取って、研究結果としてまとめあげる助けをしています。予想が外れた方が理解も深まりますしね」。
 さらに山内博士は2016年5月からオーストラリアのウーロンゴン大学で、教鞭をとっています。これはNIMSが新たに発足させた、複数の研究機関で正式なポジションを持つことができる制度を適用した一例にあたります。「研究内容は、もちろん今までの金属・金属酸化物の多孔体が中心となります。向こうのラボと、こちらの研究室との交流も活発になるでしょう。楽しみですね」。


将来の夢

 私生活での「趣味」について尋ねると、「特定できるものは無い」と答える山内博士。スノーボード、スキューバダイビング(ライセンスあり)もたしなむ博士ですが、好奇心が旺盛で多方面への興味があり過ぎて、本当に追求したいのは何かと考えると、結局研究になってしまうのだとか。「やっぱり電子顕微鏡で美しい材料を見た瞬間は感動。近頃、友人から顔つきが野心的になっているなんて言われることもあるんですよ」と苦笑いします。
 人一倍エネルギッシュな研究意欲で新たなフロンティアの開拓を目指す山内博士は、「そもそも有機化学と無機化学なんていうふうに分けているからおかしくなる。材料化学・物質化学はすべてを取り扱うもの」と言います。「ゆくゆくは、無機組成にこだわらず、有機合成反応を巧みに取り入れ、エレガントに有機-無機ハイブリッド材料の合成をしたいですね」「他人が難しいと思う組成の合成ほど、やってみたいです」と山内博士は夢を語ります。「簡単にできたらつまらない。苦労して苦労して合成に成功して、はじめて世界で評価されるんです」。




山内 悠輔  Yusuke Yamauchi  ナノマテリアル分野主任研究者 メソスケール物質化学グループ グループリーダー
博士(工学)。2007年早稲田大学大学院理工学研究科博士課程修了後、NIMSに入所、ICYS研究員。2007年よりMANA独立研究者、2016年よりMANA主任研究者、ウーロンゴン大学(オーストラリア)教授。その他、天津大学、キングサウド大学、早稲田大学などで客員教授を兼任。

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