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アウトリーチASKING THE RESEARCHER

陳国平 Guoping Chen コーディネーターPI(主任研究者) 生体組織再生材料ユニット, 生体機能材料ユニット ユニット長
ナノライフ分野


再生医療は、近い将来に実現が見込まれる最先端の医療です。しかしながら、組織・臓器を再生する仕組みには、まだ未解明のところが多く残されています。細胞が適切に分化して組織の再生へと至る道筋は何か。そこにナノ材料というアプローチで挑むのが、陳国平博士です。


再生医療の必要性

 病気や事故などにより身体の組織や臓器の一部が失われたり、機能しなくなったりした場合、どのような治療が考えられるでしょうか。従来は、臓器移植や人工臓器などによる治療が行われてきました。しかし、臓器移植では、ドナー臓器は慢性的に不足していて、臓器を確保できたとしても免疫拒絶反応や免疫抑制剤の使用による合併症などの医学リスクを少なからず伴います。また、人工関節などの人工臓器も、失われた機能を部分的には代替してくれますが、長期間の使用にあたって必要となるメンテナンスの問題などが残されています。
 近年注目されている再生医療は、これらの問題を克服しようとして提唱されました。臓器や組織を、細胞からもう一度作り出せないか、というものです。最初は荒唐無稽な考え方だとされましたが、1970年代以降徐々に研究が盛んになり、今や一部では臨床試験が行われるほどになりました。
 陳国平博士が再生医療研究を行うようになったきっかけも、重篤な患者を救いたいという気持ちからだそうです。「1993年の来日当時、日本では臓器移植法はまだ成立していませんでした。心臓病や腎臓病などの患者さんに対して、どのように治療を行うか。当時アメリカで再生医療や組織工学といった概念が登場し、ドナーに依存しない治療法が開発され始めました。とても興味が湧きましたね」。



ナノサイズの環境は、細胞の分化に深く関わる

「再生医療には、細胞、細胞成長因子、足場材料という3つの要素があります。まず、再生医療に用いられる細胞には、胚性幹細胞(ES細胞)・人工多能性幹細胞(iPS細胞)・体性幹細胞などの幹細胞や、幹細胞から分化した組織の細胞があげられます。細胞成長因子は、こうした細胞の増殖と分化を制御・促進し、わずかな数の細胞から大きな組織の再生を誘導します。足場材料は細胞が付着する足場になり、また再生のための空間を確保する役割を担います。これら3つの要素を、単独で、またはうまく組み合わせて利用することが重要です」と説明する陳博士。
 陳博士が主に扱っている細胞の種類は間葉系幹細胞で、骨髄などから取り出して培養し、臨床でも使用されています。幹細胞を用いる上でで最も難しいのはやはり分化のコントロールだといいます。「一番難しいのは幹細胞の分化誘導ですね。いかに幹細胞を目的の組織細胞の方向に向かわせるか。そのファクターがわかれば一番いいのですが、そこが一番難しい。それを世界中の研究者が研究しています」。
 陳博士の研究の特色は、分化に作用する化学的・物理的なファクターを重視し、ナノサイズの構造に注目していることだそうです。「一般に、医学、生物学の研究者は体内にもともと存在しているファクター、たとえばサイトカインなどの生理活性因子が分化にどのような影響を与えるかに興味を持っています。一方、私たちは、生物的なファクターというより、材料科学という観点から化学的・物理的なファクターを見つけたいと考えているのです。組織や臓器の細胞は、ナノサイズの細胞外微小環境に取り囲まれていて、細胞はこの細胞外微小環境を介して周囲の細胞と情報をやりとりしながら恒常性を維持しています。生体組織が損傷を受けると、細胞とともにこの細胞外微小環境も失われてしまいますが、そこに適切なナノ構造材料を供給することで、同じような環境を再現しようと試みています」。
 軟骨や骨などはマクロサイズの組織で、それらを構成する細胞はマイクロスケールといえますが、さらに小さいナノサイズの環境が細胞の分化の鍵を握っているのです。


ナノ構造多孔質足場材料とは

 再生組織を作るさまざまな段階において、陳博士はこうした材料科学に基づくアプローチで細胞の分化機能を研究してきました。その代表的な一つが、骨の再生を促進する、ナノ構造を有する多孔質足場材料です。幹細胞から骨芽細胞へ分化させ、骨を再生するための足場材料として、陳博士は、天然由来であるコラーゲンをスポンジ状にしたものと、合成高分子である乳酸とグリコール酸の共重合体(PLGA)をメッシュにしたものの複合材料を開発しました。これは、生体になじみやすいけれども柔らかく強度の低い天然高分子と、強度は高いけれども生体へのなじみやすさの点では天然高分子には及ばない合成高分子の欠点を補い合い、長所を活かす組み合わせです。

複合多孔質足場材料における細胞増殖の様子。(電顕写真)
複合多孔質足場材料(左上)、培養1時間の間葉系幹細胞の足場材料への接着(右上)、培養24時間の足場材料における細胞増殖(左下)とメッシュ状の複合多孔質足場材とそこで増殖した細胞のサンプル(右下の)。



 さらに陳博士は、骨への分化を促進することがわかっているBMP4という生理活性因子をコラーゲン線維に結合し、骨形成の誘導能力を高めることに成功しました。この構造は生体内のナノ構造の細胞微小環境を模倣したもので、マウスに移植した状態でも骨形成を誘導する効果が持続することを確認できました。これは合成高分子と天然高分子にさらに生理活性因子を複合化した新しいナノ構造多孔質足場材料です。
 

      コラーゲン/PLGA/BMP4複合多孔質足場材料のイメージ。



金ナノ粒子を使った細胞分化研究

 陳博士は、金ナノ粒子を使って、足場材料のナノ構造そのものが細胞分化にどのような影響を与えるかについても研究を進めています。実際に生体へ応用する際には天然由来のコラーゲンなどに置き換えられるのですが、細胞の分化に有効な構造、形状、表面に修飾すべき官能基などを調べるために、金ナノ粒子でサンプル構造を作り、検討を行っているのです。
 「なぜ金ナノ粒子を利用するのか、その理由の一つは表面修飾が行いやすいからです。表面に官能基、分子を導入しやすいからですね。金ナノ粒子は生体適合性に比較的優れているからとも言えます」。昨年2015年4月に発表した論文では、金ナノ粒子を異なる官能基で修飾することにより、間葉系幹細胞が骨細胞に分化する際にどのような影響があるかを示しました。
 「最終的にこの官能基は天然コラーゲンの中に含まれている場合もありますし、人為的に導入することもできます。どの官能基を使えば、どのような分化が起こるかが、こうしたことでわかるのです」。


表面修飾金ナノ粒子による、ヒト間葉系幹細胞(hMSCs)の骨分化への影響。上段の写真で紫色の部分は骨分化の指標アルカリフォスファターゼ(ALP)の存在を示し、下段の写真の赤い部分は、アリザリンレッド(ARS)で染色されたリン酸カルシウムを示す。両方の写真から、表面官能基の種類によって骨分化への影響が異なることがわかる。



 
 さらに興味深いのは、ナノサイズでの大きさ、形状までもが細胞の分化に影響を持っている点です。金ナノ粒子の大きさが40nmなのか70nmなのか110nmなのか、その形状は丸いのか棒状なのか、星形なのか、そうしたナノレベルの環境が細胞分化に深く関わっていることも明らかにしました。このような精密に制御したナノ微小環境が幹細胞の分化にどのように影響するか調べたのは世界で初めての試みです。
 このような陳博士の一連の研究は、ナノ材料科学の手法によって幹細胞の機能制御にアプローチしたものですが、こうした材料の実用化を目指し、企業との連携にも取り組みながら研究を続けています。




英国王立化学会フェローに選出

 陳博士は昨年、英国王立化学会のフェローに選出されました。「今までの論文の成果もあるでしょうが、私は今「Journal of Materials Chemistry B」という雑誌のアソシエイト・エディターも務めており、そちらでの貢献も認めていただけたのかなと思います。年に300論文ほど、全て一人で読んでいます。だいたい1日1論文ですね」。
 さらに陳博士は筑波大学連係大学院で物質・材料工学専攻の教授も兼任しており、学生の指導も大変熱心に行っています。「普段私はいつも、学生を自分の子どものように思って接しています。研究の面では指導者として愛情を持って厳しくもしますし、研究以外の面では友達同士というスタンスで、コミュニケーションするように心がけています」。
 こうした真摯で温和な陳博士のバイタリティは、体を鍛えることからやってくるようです。「私生活ではスポーツが好きでよくやっていますね。卓球やバドミントン、たまにはバスケットボールもやりますが、やはり忙しいので、いかに短い時間で効率よく体を鍛えるかを考えています。今はそのために毎日のランニングが欠かせませんね。毎日夜10時ごろ走っていますよ」と陳博士は笑います。
 最後に、研究者としての夢を聞いてみました。「短期的な夢と長期的な夢があります。短期的にはやはり今の成果を実用化し、臨床に持っていきたいですね。例えば皮膚移植や変形性関節症の軟骨再生といった分野です。しかし、もっと長期的な夢、目標はやはりがんの治療です。特に末期がんの患者さんが希望を持てるようにしたい。末期がんは、初期のがんと違って今のところ有効な治療法が確立していません。新しい材料を応用することで、治癒や予後のQOLの向上に少しでも役に立てることができればと思っています。それが一生をかけての夢ですね」。

陳国平  Guoping Chen  コーディネーターPI(主任研究者) 生体組織再生材料ユニット, 生体機能材料ユニット ユニット長
ナノライフ分野
博士(工学)。1993年に来日し、1997年京都大学大学院工学研究科材料化学専攻博士課程修了。同年奈良先端科学技術大学院大学物質創成科学研究科。1998年工業技術院産業技術融合領域研究所研究員、2001年産業技術総合研究所研究員。その後、主任研究員を経て、2004年NIMS主幹研究員、2007年 グループリーダー、2011年からPIとユニット長、2015年から現職。

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