1. ホーム
  2. > アウトリーチ
  3. > 刊行物
  4. > CONVERGENCE
  5. > ASKING THE RESEARCHER

アウトリーチASKING THE RESEARCHER

高田和典 Kazunori Takada MANA主任研究者、ナノパワー分野 /ソフトイオニクスユニットユニット長
ナノパワー分野 /ソフトイオニクス

全固体型リチウムイオン電池は酸化物電解質の夢を見るか


リチウムイオン電池と一口に言っても、その構成材料は日々進化しています。より高出力に、より多くのエネルギーを貯え、そしてより安全に。電解質も初期の有機溶媒から全固体型へと展望が広がり、新たな材料が検討されています。未来の電池に求められるものを見据えて全固体電池の実用化研究に長年携わる、高田和典博士に聞きました。


リチウムイオン電池の出現

ノートパソコンや携帯電話の普及に伴い、現代では二次電池、それもリチウムイオン電池は生活になくてはならないものとなっています。その応用範囲もハイブリッド車の車載用、太陽光発電などを効
率的に利用するためのスマートグリッドにおける大型蓄電用など、拡大の一途をたどっています。
 しかし、高田博士が大学院を卒業して民間企業に就職し、固体電解質の研究開発を始めた頃は、まだ二次電池実現を見とおせるような状況ではありませんでした。「松下電器産業中央研究所に1986年に入所し、固体電解質の研究を始めました。その時は固体の中でも比較的イオン伝導度の高い銅イオンや銀イオンが伝導するものが対象でした。でも、これらはイオン化エネルギーが小さく,十分な電圧が取れませんから、二次電池というよりはイオンデバイスのようなものができないかといった研究でした」。
 その後1991年にソニーがリチウムイオン電池を発売、電池開発に世間の注目が集まります。リチウムイオン電池は、正極と負極の間を電気的につなぐ電解質をリチウムイオンが行き来することで動作するものです。他の二次電池、例えばニッケル水素電池は、電解質に水溶液を使うため1.2Vの電圧しか出せません。高エネルギー密度を狙ったリチウムイオン電池は、電解質に有機溶媒を使うことで市販のもので3.5 〜3.7V、研究レベルでは約5Vまで電圧が出るものがあります。




全固体型電池実現へのブレークスルー

しかしながら、リチウムイオン電池の有機溶媒は可燃性物質であるため、安全性の観点から、電解質に固体を用いた全固体型電池の実現が望まれるようになります。また、近年は固体でも高イオン伝
導率をもつ物質が見つかり、今や固体電解質のほうが信頼性の高い材料とみなされるようになりましたが、電池全体としては、電解質と電極、電解質の界面や粒界など材料間のイオン伝導速度が伴わなければ高出力にはなりません。
「電池の正極には強酸化力の物質、負極には強還元力の物質が求められます。性格の全く違うものを繋ぐのですから、電解質と電極の界面ではイオン伝導の障害が生じます。その障害を取り除くために、界面に挟むナノサイズの緩衝層を開発しました」。こうして高田博士は、硫化物固体電解質と酸化物電極の間に新しい緩衝層を
挟むことで高出力化に成功し、全固体型リチウムイオン電池実用化に向けたブレークスルーを成し遂げたのです。
 「そもそも全固体型電池で酸化物正極にコバルト酸リチウム(LiCoO₂)を使うというのは、会社にいるときに上司から言われたのですが、すぐにはとりかかりませんでした。硫化物固体の電解質で4Vもの電位を示す正極が機能するとは思えなかったので。でも、同僚が電池を組んでみると、ちゃんと動いたんです。もちろん、出力は
あまり高くありませんでしたが、もともと固体電池は出力性能が低いものといわれていたので、それほど気にも留めませんでした。」
 当時の高田博士の勤務先では商品化を模索したとのことですが、出力性能がネックとなったまま、NIMSに転職することになります。「つくばに移っていろいろな材料を使って電池を作っていると出力性能の高いものも見つかり、逆にLiCoO₂正極の抵抗が高いのが異常だと思うようになってきたんです。やはり高電位正極と硫化物
 固体電解質の界面では異常が起こると考えたほうが自然だということに気づきました。結局、それに気づくまでに10年かかってしまいましたけど、そのあと出力を上げるのは比較的短期間でした」。
 この界面におけるイオン伝導の障害を解消する5nmほどの緩衝層の開発により、全固体型リチウムイオン電池の出力特性は、市販のリチウムイオン電池を上回るものとなりました。現在、MANAのナノシステム計算科学グループがそのメカニズムを解明しようと研究を続けています。


緩衝層を形成したLiCoO₂ 粒子の電子顕微鏡像。 緩衝層部分の拡大図(左上)と粒子像(右上)。 下は、エネルギー分散X線分光法で調べたCoとTiの分布。


緩衝層を設けた全固体リチウム電池の出力特性。



酸化物電解質の検討とナノアーキテクトニクス自己組織化ネットワークの構築

硫化物はこのような固体電解質の中では現在唯一好適な物質であると考えられていますが、克服すべき課題もまだ多く残っています。それは、硫化物は空気中で扱えず、非常に雰囲気に敏感なのでプロセス上の制約がある点、さらに電池が破損し内部硫化物が流れ出た時の問題などです。
 そこで高田博士は一歩進めて、酸化物を固体電解質に利用するための研究に、今一番力を入れています。固体電解質に適した酸化物はその結晶構造から3つ知られており、すでに1990年台にわかっていたNASICON型とペロブスカイト型、さらに最近発見されたガーネット型が検討されてきました。「これらの酸化物はすべて結晶構造内のイオン伝導率は10-³S/cmで、イオンの移動という観点からは問題がないのですが、その粒界、あるいは電極物質と接触する箇所の界面、その抵抗が非常に高くてうまく動かない。そこを何とかしないといけないのです」。
「この界面が、私にとって、また、電池にとってのナノアーキテクトニクスです。厚みが10nm程度と言われる界面の空間電荷層、これが電池内のイオン輸送を左右するのです。そこの問題に着目しなければいけない」。高田博士は強調します。電極粒子に蓄えることのできる電気量は粒子の体積に比例しますから、大きな粒子を使った方がエネルギーをためるのに有利です。体積は粒子の直径の3乗に比例しますが、イオンが粒子に出入りする表面積は粒子の直径の2乗でしか大きくなりません。したがって、粒子を大きくすればするほど、イオンが高速で出入りできる界面を作ることが重要となってきます。「電池材料は通常マイクロメートルの大きさですが、結晶構造に出入りする輸送現象を決めているのがこのナノサイズの領域です。この空間電荷層をコントロールするために、酸化物用の新しい緩衝材などのアイデアをいろいろ考えているところです。こうした問題を克服し、酸化物での電解質を実現させたいですね」。





材料開発の新しい手法が、電池を向き始めた

電池の開発には電極や電解質の材料、その構造など、様々な要素が複雑に絡み合います。その中で常に固体電解質にフォーカスしてきた高田博士は、その研究で最も重視しているのは出力だといいます。「それも本質的な材料物性として出力を上げることです。粒子をナノサイズにしても見かけ上は上がりますが、それらは出口を考える時点で初めて調整すればよいと思うのです。デバイスによって求められるものは多様で、それこそICカードの薄膜電池から、スマートグリッドの大型蓄電池まで様々です。電池材料の界面コントロールで性能を上げておけば、あとは粒径や構造、また電極材料などで出口にあわせた設計をとることが可能になります。ですので、本質的に性能の高い電池材料開発を一番に目指したいですね」。
 現在は、MANAはもちろん、NIMSの環境・エネルギー材料部門の電池材料ユニット、NIMS-トヨタ次世代自動車材料研究センター、NIMSオープンイノベーションセンター他、数多くの組織に籍を置いている高田博士。近年は様々な基盤研究の専門家が電池に向いてくれていると実感しています。「次世代の電池の実現に向けた材料開発の新しい手法が出てきているのだと思います。例えば分析技術の開発や、計算科学が以前より深く関わってくれるなど。エネルギー問題はいまや全ての研究分野に影響を及ぼしますので、電池に関係する研究も飛躍的に増えてきています」。
 忙しい毎日ですが、中学時代からやっているというサッカーでストレスを解消しています、と高田博士は笑いました。


高田和典  Kazunori Takada  MANA主任研究者、ナノパワー分野 /ソフトイオニクスユニットユニット長
ナノパワー分野 /ソフトイオニクス
1986年大阪大学大学院理学研究科物理学専攻博士前期課程修了、同年松下電器産業中央研究所。1991年大阪市立大学より博士(工学)。1991年松下電池工業技術研究所を経て、1999年無機材質研究所特別研究員。2002年物質・材料研究機構主幹研究員。現在は環境・エネルギー材料部門 電池材料ユニット ユニット長など所属多数。 MANAには
2007年の発足当時より参加、2008年より主任研究者。

アウトリーチ