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アウトリーチASKING THE RESEARCHER

ジェームズ K. ジムゼウスキー James K. Gimzewski MANAサテライトディレクター / 主任研究者 / UCLA化学部門ディスティングイッシュトプロフェッサー
ナノシステム分野 / サテライト主任研究者

生物学的発想による脳型コンピュータ実現へのアプローチ


原子スイッチネットワーク/(ASN)は、生物学からヒントを得た自己組織化のデバイスであり、大量に結合されたネットワークから構成されています。MANAのUCLAサテライトディレクターであるジムゼウスキー教授が、MANAとUCLAとの連携の下、どのようにしてASNのシナプス的な挙動を発見し、人工頭脳を実現するまでに至ったのかを語りました。


脳にヒントを得て

「これまでのコンピューターができることには多くの限界があるが、人間の脳はノイズが多くミスが起こりやすい環境においても非常に複雑な状況に対処できる」、とジムゼウスキー教授は言います。実際、従来のコンピュータの能力を人間の脳をシミュレートできるレベルにまで向上させることは決して容易ではありません。現在のコンピュータにはすでに10nmもの極細な配線がなされており、その技術は限界に到達しつつあります。

それゆえ、教授は人間の脳に発想を得て、シナプスと神経をシミュレートした素子の開発を試みました。「第一ステップは、実際に原子スイッチと呼ばれるものを使って人工のシナプス結合を実現することでした。」ちなみに、原子スイッチはMANAの青野拠点長が発見したもので、電圧をかけた時に生じる還元プロセスによって、金属原子/イオンが移動することで作動する革新的なスイッチング素子です。


シナプス的挙動の発見

ジムゼウスキー教授はMANAを訪問した際に、オンあるいはオフに正確に切り替えられる原子スイッチを研究している若い学生に出会い、「オン状態とオフ状態のちょうど境界付近になるようなエネルギーをスイッチに与えたらどうなるのか」と質問しました。そこで学生たちはそのような実験を始め、スイッチが「それまでのスイッチの状態を記憶するようになる」ことを観察したのです。教授はUCLAでナノテクノロジーを用いた生物学的な課題に取り組んでおり、この原子スイッチの挙動とシナプスの挙動との間に不思議な関連性があることに気づきました。これがきっかけとなって彼は原子スイッチでシナプス挙動をシミュレートする実験を行い、素晴らしい結果を得たのです。



(a) 神経回路におけるシナプス動作
活動電位がシナプス前細胞に到達すると神経伝達物質が放出され、それがシナプス後細胞に到達することでシナプス電位が発生する。シナプスの活動状況によってシナプス電位の発生の仕方は変化する。活動電位による刺激が頻繁に行われると、シナプス結合が持続的に増加する。
(b) シナプス動作を伴う硫化銅のギャップ型原子スイッチ
硫化銅(Cu2S)のギャップ型原子スイッチは、電極間にナノギャップを設けたCu2S固体電極とそれに相対するPt電極から構成される。Cu2Sが正のバイアスを持つような電圧を電極間に印加すると、初期状態では均一に分布していた硫化銅中のCu+イオンが原子として析出しナノギャップ中に銅原子架橋を形成する。入力電圧パルスによる刺激の時間間隔(T)が小さくなれば、析出するCu原子が厚くなり電極間に安定したブリッジを形成する。



自己組織化ネットワークの構築

その翌夏、ジムゼウスキー教授はこれらの合成シナプスを用いた人工頭脳の作成を試みることにしました。そこで教授は脳と神経の図、特にラモン・イ・カハル*がスケッチした、スパゲッティが絡み合っているようなフラクタル状の図を見て考えました。そして銀のナノワイヤを用いてフラクタル状の構造を作製し、それを硫黄に曝露することにより、ナノワイヤ同士の接点に原子スイッチが自律的に構築されることを見出したのです。その後これらの素子に電気エネルギーを与える一連の実験を行い、その挙動も観察しました。

※ Santiago Ramón y Cajal (1852-1934)

スペインの神経解剖学者。1906年にノーベル生理学・医学賞を受賞。


銀ナノワイヤの自己組織化ネットワーク
硫化銀(Ag2S)でコーティングされた銀ナノワイヤの自己組織化ネットワーク(黄色の箇所は下部に配置したプラチナの計測用電極)。ナノワイヤの交差部に原子スイッチが形成されている。













人工頭脳実現への道

電気的な作動という点で、ASNは人間の脳に酷似したいくつかの特性を示します。ジムゼウスキー教授はこのASNシステムで脳のシナプス固有の挙動である自己組織化を観察できましたが、次のステップとしては、「人工脳に経験を与え、どのように反応するのかを観察し、まるで子供にものを教えるように人工脳に教える」ことを目指しています。

教授が作製したASNは単純な事柄をたくみに学習できます。その挙動は単純ですが毎回同じ反応を示すわけではなく、与えられた入力に対し常に同じ反応を返す通常のコンピュータとは異なります。ASNはまた、動物の学習能力測定に用いられるT型迷路を使って機械学習を行うことも可能です。ASNデバイスはネズミのように経路を記憶し、ほとんどの場合に所期する方向へと曲がります。こうした原子スイッチ間の相互作用を集大成することで、脳型コンピューティングへの大きな可能性を示す新たな特性が得られるのです。



優れた人材の育成

ジムゼウスキー教授は、彼の学部学生向け講義「ナノテクノロジーの基礎」についても語りました。どんな専攻分野の学生でもこの講義を受講できますが、受講には高い資質が要求されます。この教授のお気に入りの講義は対話式で進められ、美学から芸術、将来展望に至るまで、ナノテクノロジーに関する全ての分野をカバーします。「講義では今から10年後の世界や不可能なことについても思いを巡らせます。そして学生たちに過去の技術についても考えさせ、それらが今の我々の社会の中でいかに持続不可能であるかを気づかせます」。最終的に学生たちは全員で一冊の本を書き、それを期末試験とします。

自身の趣味については、教授はドローンとヨーガの2つを挙げます。ドローンは3次元空間を移動することから、教授の脳の研究にも密接に関係しており、新たな発想をもたらしてくれるのです。「いつかはドローンに人工頭脳を組み込みたいですね」。

教授はまたクンダリニーヨーガを好み、「それは心と感情を修正してくれる」と語ります。さらに博士は禅も学び始め、それは単に科学者であるためだけではなく、「我々はすべての物事につながっている、ということに気付かせてくれるという意味で重要なものであり、それはコンピュータとは対極にあります」と言います。教授は、人間の心は常に進化していて一点に停止してはいないと感じており、実際、「人の体全体がその人の脳の一部であり、周りにいる人と環境は真にその人の一部である」と考えています。


科学は変わる必要がある

科学の将来に思いを巡らすとき、教授は科学の本質は「国際化」にあると感じています。これは、UCLAのカリフォルニア・ナノシステム研究所(CNSI)が、持続可能な発展に向けてナノテクノロジー研究を進めるという意味において、MANAと同じ目標を共有する理由でもあります。過去に日米両国はマイクロエレクトロニクス分野で成功をおさめましたが、今日は経済のグローバル化の中で競争力ある新しい技術が求められる時代です。この文脈の中、MANAとUCLAは互いに貢献し合いながら成長を遂げているのです。

一方でジムゼウスキー教授は、「科学は変わる必要がある」とも考えています。教授によれば、科学には重要な3つの進展がありました。その最初は、ニュートンの運動の三法則で、これは科学に決定論をもたらしました。次が量子力学で、そこから導き出されるものは確率論的で、一意的に決まるものではありません。最後の1つは「複雑性」で、これこそ最も重要であると教授は考えます。「我々は将来を決めることはできません。今、我々はそれを知っています。すべての事柄が、仏教的な意味合いとしてだけではなく、真の意味において、相互に絡み合っています」。「世界は一意的には決定できない法則に従っており、そして科学はそれに対応するための新しい言語を開発する必要があります。それができれば、科学は将来においても不可欠なものとなります。もしできなければ、科学は衰退してしまうでしょう。」


ジェームズ K. ジムゼウスキー  James K. Gimzewski  MANAサテライトディレクター / 主任研究者 / UCLA化学部門ディスティングイッシュトプロフェッサー
ナノシステム分野 / サテライト主任研究者
1977年ストラスクライド大学にて物理化学博士号取得。IBMチューリッヒ研究所にてナノスケールサイエンス部門グループリーダーを務めた後、2001年よりUCLA化学部門ディスティングイッシュトプロフェッサーに着任し現在に至る。
2008年からはMANA(NIMS)主任研究者、サテライトディレクターも兼務。2009年、英国王立協会フェローに選定される。

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