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アウトリーチASKING THE RESEARCHER

胡 暁 Xiao Hu MANA主任研究者
ナノシステム分野/ナノ物性理論ユニット ユニット長

新量子機能実現への挑戦


ミクロンを特徴的なスケールとする「半導体デバイス」に替わる新たな「ナノ量子デバイス」の実現が求められています。「トポロジカル・ナノアーキテクトニクス」を掲げて研究を進めるMANAの胡暁主任研究者は、理論と実験の連携を図りながら、新規量子機能実現への挑戦を続けています。


新量子機能を探索

これまでコンピューターは、内部の半導体デバイスを微細化することで高性能化を図ってきました。微細化に伴い、ビット演算で使われる電子の通り道である配線の幅が狭くなり、電気抵抗が増して発熱量が増加し、より大がかりな冷却装置が必要となります。これが消費電力量の大幅な増大につながるため、全く新たな動作原理の開発が、将来に向けた急務となっています。


こうした中で、次世代の科学技術として注目されているのが量子状態を情報伝達の媒介として情報処理を行おうという量子情報技術です。量子力学に支配されるナノスケールでの固有の特性を効果的に利用した量子コンピューターは、大量の情報を超高速で処理できる未来の計算機として期待されています。例えば、最先端の暗号技術や物質設計用の量子シミュレーションなどへの応用が見込まれていますし、夢の技術「量子テレポテーション」の実現も期待されています。

このような背景の下、胡博士は新たな量子力学的性質を見つけ出して応用する研究を進めています。「確かに世界中の物理学者にとって、量子コンピューターの実現は究極の目標です。しかし、その前にクリアすべき難問がいくつもあります。現在、我々は、そのための基礎研究を進めているところです。基礎研究を通して見つかる発見も数多くあり、それらを応用することで、これまでにない量子デバイスを開発できる可能性も見えてきています」。


トポロジカル・ナノアーキテクトニクス

「トポロジー」とは、元々は、物体の形が連続的に変化する場合に不変に保つ特性を記述する数学の概念です。物理では、物質の状態を量子力学的に記述する波動関数に「トポロジカル不変量」という数学的な概念を適用すると、多くの現象の本質をよりはっきり理解できるし、よい機能の実現も可能になることが分かってきました。*

こうした物質のトポロジーは系の大局な状況で決まるので、胡博士はトポロジーを利用してナノメートルスケールの極微細な量子デバイスを設計しようと様々な研究を行っています。このアプローチを「トポロジカル・ナノアーキテクトニクス」と一般化して、新しいコンセプトを提唱しています。「マヨラナ粒子」を操る量子ナノデバイスの設計は、そのひとつです。

マヨラナ粒子は、粒子がそれ自体の反粒子でもあるという特殊なフェルミ粒子です。素粒子としては未だに存在が確認されていません。ところが、近年、トポロジカル超伝導体の表面で、準粒子と呼ばれる超伝導ギャップ内での励起状態がマヨラナ粒子に似たような振る舞いをすることが明らかになりました。


「量子コンピューターを実現するために乗り越えるべき課題の1つに、電磁場ノイズなどにより、量子状態が壊れやすいことがあります。デコヒーレンスと呼ばれる現象です。安定性の高いマヨラナ粒子を使えば、デコヒーレンスを解決できるのではないかと考えられるようになったのです。これが、我々がトポロジカル超伝導に着目した最大の理由です」と胡博士は説明します。

しかし、粒子が反粒子に等価のため、マヨラナ粒子は電気的に中性であり、電磁場による操作が難しいです。それに対し、胡博士らは理論解析に基づいて、局所的なゲート電圧のオン・オフだけで、数ナノ秒程度の時間でマヨラナ準粒子を効率的に操る量子デバイスの設計に世界に先駆けて成功したのです(図1)。このデバイスによるマヨラナ準粒子の位置交換が非アーベル量子統計に従い、量子計算に利用できることも確認しました。「強靭な量子コンピューターの実現は確実に近づいています」と胡博士は語ります。


図1 
a)マヨラナ準粒子を操る量子ナノデバイスの概念図
サンプルの真ん中には量子渦をピン止めしてある。サンプルの間にはくびれ接合部を設け、そこにゲート電極を設置して、ゲート電圧の調整でサンプル間の連結が制御されている。
単一あるいは連結されたサンプルの中に奇数個の量子渦がある場合にサンプルの縁にマヨラナ準粒子が現れ、偶数個の場合にはマヨラナ準粒子が消えてしまう。この性質を利用すれば、くびれ接合部のゲート電圧を一定の順序に従ってオン・オフするだけで、縁マヨラナ準粒子を移動・位置交換できる。
b)トポロジカル量子ビットアレーの概念図


新奇物理現象から機能へ

胡博士は、複雑な物理現象を一般の人も理解できるように説明し、そして人類に役に立つような機能を創り出したいという強い願いを持って研究を続けています。その一例が、ナノ超伝導によるテラヘルツ電磁波発振のメカニズムの解明です。

ビスマス系高温超伝導体の単結晶がもつナノメートルスケールのジョセフソン接合系(固有ジョセフソン接合系)においてコヒーレントなテラヘルツ電磁波が放射されることが2007年に実験的に観測され、大きなブレークスルーと言われました。しかし、放射パワーを大きくするために必要不可欠にもかかわらず、当初この現象に対する理論的説明が見つかっていませんでした。胡博士は大規模計算機シミュレーションと理論解析を駆使して、超伝導位相の新しい量子状態を発見したのです。胡博士の理論は、固有ジョセフソン接合系が、直流電流を「風」に、システムに発生する超伝導位相キンクを「風車の羽根」に、テラヘルツ電磁波の発振を「風車の回転による交流発電」に例えることができる「ナノ風車」として実効的に機能していることを明らかにしました(図2)。この理論的解明によって、固有ジョセフソン接合系が、実応用に必要とされるパワーをもつテラヘルツ電磁波の新しい量子光源になり得ることが判明しました。ジョセフソン効果発見以来、50年越しの夢の実現が見えてきたのです。テラヘルツ電磁波はDNA病理検査や薬品分析等様々な応用が期待されます。X線に取って代わる人体に悪影響を与えない光として、空港等でのセキュリティーチェックにも利用できます。


図2
高温超電導固有ジョセフソン接合によるナノ風車の模式図
超伝導体の単結晶に直流電流が印加されると、個々のジョセフソン接合に位相キンクが生まれ、それが回転して風車のように働く(図中基盤から約1μmの高さを持つ円柱状のメサ構造に約700個のナノ風車が積み重なっている)。その結果、注入された直流エネルギーがテラヘルツ電磁波に変換され、円柱メサの側面から空間に放射される。


考え続ける力とユーモア、そして仲間

理論物理研究者としての醍醐味は、物理学の原理から出発し、精度の高い計算に基づいて設計した物質が、実験を通して、素晴らしい物性を示したときに感じる感激にある、という胡博士。「この喜びに勝るものはありませんね。私は研究が大すきです。今後も一生、研究に携わっていきたいと思っています」。しかしながら、そんな彼でも、研究に行き詰ることはしばしばだと言います。そのようなときは、妻からもらった言葉「Inspiration comes of working(ひらめきは、常に考え、努力し続ける人にのみ訪れる)」を思い出し、励みにするとのことです。

「とはいえ、苦しみながら考えるのではなく、常に楽しみながら考えるように心がけています。研究は挫折の連続です。それに負けないためには、ユーモアの精神を持つことが重要です。加えて、苦しみも喜びもともに分かち合える仲間を大勢持つことも、とても大切なことだと考えています」。


*トポロジー
取手の付いているコーヒーカップとドーナッツが連続的な変形によってお互いに変われることはトポロジー的に等価という。
1850年ごろにコーシーによって、曲率を物体表面に沿って積分した場合その結果が円周率πの整数倍と飛び飛びな値になり、その整数で物体を分類することができることが発見され、トポロジー=位相幾何学」という数学分野の草分けとなった。個体の中で電子がプラスの電荷を持つイオンが作る周期的なポテンシャルを感じながら量子力学的に運動する場合、その運動量空間での波動関数はドーナッツの表面曲率に近い性質を現すことが近年明らかになった。最近トポロジーをキーワードとする物性物理と物質科学が急速に発展している。


胡 暁  Xiao Hu  MANA主任研究者
ナノシステム分野/ナノ物性理論ユニット ユニット長
1990年東京大学大学院理学系研究科物理学専攻修了、博士(理学)。東北大学金属材料研究所助手、助教授を経て、1996年よりNIMS、2007年MANA発足当時からPIとして着任。専門は物性理論。

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