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アウトリーチASKING THE RESEARCHER

有賀 克彦 Katsuhiko Ariga  MANA主任研究者
ナノマテリアル分野/超分子ユニット ユニット長

超分子で展望する未来の科学


分子と分子が集まって構造を作り、個々の分子では得られない機能を発揮する「超分子」。有賀克彦主任研究者は、ナノ材料・超分子化学分野の最前線で世界的に活躍しつつ、社会へ向けた科学者からの情報発信にも熱心に取り組んでいます。そんな彼が超分子研究、そして未来の科学技術の発展について語りました。


「超分子」化学とは

「究極の材料は、私たちを作っている生体物質かもしれません。生物は自立していて増殖もできます。外界から刺激を与えると、それに対するレスポンスを返すこともできます。そのしくみは個々の分子による直列的なものではなく、さまざまな分子が関わり合い、総合的な生物なりの判断、答えを出せるのです」と語る有賀博士。例えば、細菌のべん毛モーターは非常に多くのタンパク質分子が集まって機械のような仕組みを自然に作り上げる。このように、分子同士が集まって、単独の分子ではできないような機能を発現する集合体のことを「超分子」と言う。「生体を構成する脂質も、タンパク質も糖質も、いくつもの分子が組み合わさって、フィードバックの機能を発揮できる超分子の仕組みを持っているのです」。


有賀博士が「超分子」の研究に本格的に関わるようになったのは、1990年代初頭で、博士は1992年に開始された科学技術振興機構のICORP「超分子プロジェクト」にグループリーダーとして参画していた。1994年には、マインツで開かれた「鍵と鍵穴説の100年記念シンポジウム」に参加したが、その国際シンポジウムの主題は、酵素反応などに対して提案された「鍵と鍵穴」という概念が100年近くの歴史を経て、超分子という概念に成長しノーベル賞をとるほどになった(1987年)ということだった。博士は、この時、100年という節目に超分子の新しい流れが起こるのを感じ取ったと話す。

その後、事実、生命科学や医学の分野での期待も高まり、またナノテクノロジーにおける重要な役割も認識され、超分子化学はさらに脚光を浴びるよう になった。MANAでは有賀博士が中心となって、超分子による世界に類を見ない革新的材料の開発を先導している。


「役に立つ技術」と「夢を追う科学」

研究にあたっては「二つのコンセプトを意識しています」と有賀博士は言う。「ひとつは"役に立つ技術"、そしてもうひとつは"夢を追う科学"です。自分しかやっていないし、自分にしかできないこと、自由な発想でそんな研究を続けることが科学者として生きていくモチベーションになっています」。

有賀博士の"役に立つ技術"の一例としては、放射性セシウムを可視化する技術の開発があげられる。この研究は2012年末の報道発表の後、半年で民間企業から試薬が市販され、異例のスピードで実用化にこぎつけた。放射線検出器などの物理的な手法では、セシウムの存在を目で見ることはできず空間解像度も限られている。それに対して有賀博士は、セシウムだけを見分ける超分子である、蛍光プローブ「セシウムグリーン」を設計して、マイクロメートルレベルの可視化を実現した(図1)。


(図 1)セシウムを検出する蛍光プローブ「セシウムグリーン」の分子構造。 セシウムを内包すると緑色の光を発する。



(図2)シロイヌナズナ子葉の蛍光イメージ(セシウムグリーンメタノール溶液滴下)。
細胞内の液胞と考えられる部位から明るい蛍光が観測された。

2014年春には、セシウムを吸収した植物にセシウムグリーンを作用させて、細胞内部でのセシウム分布の可視化に成功した(図2)。将来的には放射性物質で汚染された食品や、その食品を摂取した動物や人体におけるセシウム分布を確認する、等の応用が期待されている。


(図 3)人間の手で分子を掴む超分子システム。

一方”夢を追う科学”の例としては、「ハンドオペレイティング・ナノテクノロジー(手で操るナノテク)」の創始があげられる。2010年に有賀博士は、人間が手で押すと、分子マシンが曲がったり伸びたりして、水中の小さな別の分子を補捉したり放出したりできる、「人間の手で分子を掴む超分子システム」(図3)を開発した。


これは分子の動きを3次元の世界から2次元の世界に落とし込んで考える、つまり、分子を超分子薄膜として並べて空間の高さ方向の次元を限りなくゼロに近づけると、面内の実体レベルの大きな動きと膜方向の分子レベルの作用がカップリングできるという博士の独創的な発想により実現した。膜を横から手で押して圧縮すると、開いていた分子マシンはなるべく小さな構造になろうとして閉じた構造をとり、水中の分子を掴む(図4)。

同様のことは水中だけでなく自由に伸縮できるフィルムを使っても実現できると考えられ、今は携帯型のシステム開発も進めている。毒物のセンシング・捕捉や、化学物質を介した電気信号の伝達まで、一般の人々が手軽にナノテクを手で操れる日も遠くないかもしれない。


(図 4)人間の手で分子を掴む超分子システムの仕組み。 我々の世界で、手を動かして水面上の超分子薄膜を圧縮/膨張させると、対応してナノの世界では分子マシンがターゲット分子を捕獲/放出する。



今年6月に、有賀博士は一般向けの書籍『材料革命ナノアーキテクトニクス』を出版した(本誌11ページの紹介をご参照ください)。「ナノテクノロジーの考え方はマンネリ化しつつあり、ここでブレークスルーを与えなければなりません」と有賀博士は語る。

「個々のナノスケール構造の機能を個別に考えてきた従来のナノテクノロジーの視点から、それらがナノサイズ独特の不確かで何が起こるかわからない相互作用を積み上げることによって生み出す未知の連携機能に注目しようという、総合的な視点に転じなければなりません。ナノスケールの世界における探求は、単なる技術(テクノロジー)から総体的な建築学(アーキテクトニクス)への転換を目指す時期に来ているのです」。ちなみに、ナノテクノロジーの創始者といわれるリチャード・ファインマン博士と有賀博士は誕生日が同じである。

有賀博士は、科学がいかに大切かを、もっと一般の方々に知ってもらいたいと願っている。それは、すぐ役に立つ科学技術とともに、将来への投資となるような失敗を恐れない科学も社会に認められるようになってほしいという思いからである。社会に科学が認められてこそ、新しいアイデアを持った科学者が思い切り研究をできる環境を育めると博士は考えている。「バカだと言われても夢を追うこと、たまには異端者と思われても自分だけにしかできないことを追求していくこと。これらを容認する社会をつくることが日本の科学技術をより発展させるためには必要です」。


有賀 克彦  Katsuhiko Ariga   MANA主任研究者
ナノマテリアル分野/超分子ユニット ユニット長
1987年東京工業大学大学院理工学研究科修了、博士(工学)。東京工業大学、テキサス大学、科学技術振興機構、奈良先端科学技術大学院大学などを経た後、2004年よりNIMS、2007年より現職。英国王立化学会フェロー。「世界で影響力のある科学者」の日本人101人に選出。

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