アウトリーチLEADER'S VOICE

青柳 克信 先生に聞く  

異分野・異専門融合は新しいアイデアを生み出す


青柳 克信 (あおやぎ よしのぶ)
東京工業大学名誉教授、理化学研究所名誉研究員



次世代の科学技術を生み出すために基礎研究を欠かしてはならない

 私の専門分野である応用物理学の立場から見ても基礎研究が未来の科学技術を支えることは、疑問の余地がないことです。
 ここ数年、日本の科学者が多くのノーベル賞を受賞していますが、これは過去の基礎研究の成果であると考えるべきです。例えば2014年にノーベル物理学賞を受賞した青色LEDの開発は、赤崎勇先生が1979年頃に行われた、青色発光材料である窒化ガリウム(GaN)の有機金属結晶成長法の草の根的基礎研究が先駆けです。この研究においては、GaNは丈夫でよく光るが、結晶を成長させる良い基板がないこと、したがって良質な結晶ができないこと、ダイオードに必要なn型やp型のGaNができないことなど、数々の克服すべき問題点がありました。一方、青色発光素子材料としてセレン化亜鉛(ZnSe)が1990年代に青色発光素子の本命として研究されましたが、次第に寿命が短く実用にはならないことが解ってきました。この様な状況の中で赤崎先生は、長寿命が期待できるGaNを使って青色で発光するLEDができれば「エジソン以来の照明革命が起こるかもしれない」と、根気よく研究を続けられ実を結びました。この様に草の根的な基礎研究は、将来大きな実がなるかもしれないシード研究としてきわめて大切です。芽がなくては新たな実は出来ません。キュリオシティ・ドリブンの草の根的基礎研究では、自分の強い科学的・技術的興味の追求が最も大切で、それを深めて行けば新たな、あるいは予期もしない結果が出てきてそこから新しい分野が出来上がっていく可能性があります。しかし草の根的基礎研究で注意しなければならないことは、始めるときに一旦立ち止まって「それが上手くいった時にどのようなすばらしい世界が開けるか、そのための問題点は何か」というビジョンが明確に認識されていなければいけないと思います。また、研究を進める中で予期せぬ方向の現象が、あるいは結果が見出される場合がしばしばあります。その現象や結果を分析し、深い洞察の中でそれをゴミとみるか本物とみるか、的確に見極める力が必要とされます。的確に見極めるためにビジョンが明らかである必要があるのです。

日本が目指すべき科学技術立国

 日本は資源も少なく、科学技術を通してしか生き延びていけない国です。「科学技術では、もう大きな、新しくやれることはなくなった」という人もいますが、それは間違いです。材料科学も、エレクトロニクスも情報科学もエネルギー科学もバイオ科学も医学も化学も、日本が得意なやるべき大きな課題は山ほどあります。自然はもともと分野に分かれているのではないですから、それぞれの科学分野がある一定程度成熟した現在、分野間の融合で挑戦的で新しい研究が芽生えるのは当たり前と言えるでしょう。

挑戦的な研究でなければ面白くない

リングベルク城(ドイツ)で行われた国際会議後のパーティ
世界から著名な研究者が集まった

 挑戦的研究テーマとしては面白い提案になっているかどうかが大切です。では「挑戦的」とは何を指すのでしょうか。いくつかのフレーズがあると思いますが、私は、新しい研究提案を行うときあるいは審査するとき「何が新しいのか?何の問題に対して何が解決できるのか?この研究がすべてうまくいったときに、世界はどう変わるのか?どのような素晴らしい世界が開けるのか?」と必ず問いかけます。それは自分に対しても学生に対しても同じです。その結果が人類や社会に貢献し、局所的であっても世界的であっても、最終的には必ず誰かの役に立つものであることが最も重要であると考えます。誰かの役に立つという意味は直接生産的な意味ばかりでなく、あらたな自然の法則、現象の認識、すなわち人類の英知への貢献も含まれます。挑戦的研究は失敗も多いですが研究者は頑固な意思と柔軟な思考を持って、世界が変わるほどの研究結果を追い求めていく必要があるのです。
 また、面白い研究を見つけるためには、広い視野といろいろな専門家たちと深く議論することが大切です。私は世界にいろいろな研究者の友人を「戦略的」に持ち、多くの研究者たちと議論を交わし、異専門家の物の見方や世界を学んできました。

異専門融合で魅力的な研究テーマを発見する

M. Stuke教授(マックス・プランク研究所)との夕食会(ドイツにて)

最近話題になっている異分野融合と言うと何か自分の分野と大きく離れた分野を想像しがちですが、自分の専門以外の分野(異専門)と考え直すと、異専門家との共同研究すなわち「異専門融合」となり、研究の幅が飛躍的に大きくなります。いくつかの異専門融合研究をかさね、発展していくのが理想であると思います。そのためには、自分が世界で認識されるような良い仕事をしている事(相手に一緒にやると得だと思わせる事)と、異専門家と出来るだけ多くの親しい人間関係を「戦略的」に構築しておくことが必要です。職場・国内・海外を問わず、良い仕事をしているたくさんの人たちと友人になることです。その結果、良い仕事ができれば、周りから人は自ずと寄ってきます。
異専門融合の研究課題の優位性は、新規性が高く面白い研究課題を設定し易いことだと思います。例えばMANAで成功したAtom SwitchデバイスはSTMの基礎研究の専門家とエレクトロニクスの専門家の異専門融合によって生まれた素晴らしい果実と言えます。この様に自分の研究と異専門分野の人との共同で新しい研究の「異専門融合」研究課題を見つけることが出来れば、挑戦的な面白い研究が生まれます。若い人が研究室を移った時、本人の持つ専門性とその研究室が持つ異なった専門性を融合できれば、本人にとっても移った研究室にとっても魅力的な研究課題が形成できます。新しい研究室の装置、人、研究課題を知り、自分の研究との異専門融合テーマを提案するべきです。

壁に立ち向かうための心構え

異分野・異専門融合は、日本人の最も不得意とするところかも知れません。他者と違うことや、失敗を恐れる人が多いからかもしれません。先日スタンフォード大学を卒業したアメリカ人がメディアで、「もし今失敗してすべてのものを失ってしまっても、全く違う分野で私は必ず今の生活以上のものを手に入れる自信がある」と言っていました。失敗ではなく成功を重要視する、なんて力強い言葉でしょうか!異分野・異専門融合は、この様な力強い自信とそれを支える環境が必要です。成功すれば評価されるのであれば、いくらでもチャレンジできると思いませんか?
また、新しい分野で自分を見つけるには、後押ししてくれる、相談にのってくれる人物も必要です。「立っている者は親でも使え」という話があります。要は「結果」です。知恵と技術でこの科学技術立国日本を作ってきた経験豊富な専門家が、その親の役目を担う事ができるのでは無いかと思っています。

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ナノ国際会議が行われたスイス・ポントレジーナにて
青柳克信(左から2人目)、青野正和 初代MANA拠点長(右から2人目)





青柳 克信 (Yoshinobu Aoyagi)

1965年3月大阪大学卒業、1972年工学博士;
立命館大学総合科学技術研究機構上席研究員、理化学研究所名誉研究員、東京工業大学名誉教授:
ナノテクノロジー、深紫外発光素子の開発研究に従事;

大河内記念技術賞、市村学術賞特別賞、全国発明表彰特別賞弁理士会長賞、応用物理学会賞、科学技術長官賞、マイクロプロセス国際学会Best Paper Award、応用物理学会フェロー表彰、応用物理学会論文賞、マイクロナノプロセス国際会議賞、他受賞多数。


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