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Mission to Mars  ー火星移住は可能なのか?ー

人類が月面に到着して48年。無人ローバーによる火星探査が可能となった現在、「火星移住」という言葉は現実味をもって語られるようになりつつある。最先端の惑星科学、生命科学、材料科学の視点から考えて、火星移住は実現可能なのだろうか。東京工業大学 地球生命研究所(ELSI) の廣瀬敬所長、臼井寛裕准主任研究者にその展望と今後必要となるであろう技術について話をお聞きしました。

火星へ降り立つ日は近い?


— 最近、火星へ行く、移住する、という話がいろんなところで話題になってきました。

廣瀬:NASAとしては本気でどうやったら火星に移住できるかを考えているようです。NASA以外でもSpace X社のイーロン・マスク氏が真剣に取り組んでいます。オランダの非営利団体であるMars Oneという団体は火星移住の目標を掲げて移住希望者を募ったりもしています。SFや映画ではなく、実際にどうしたら可能かということを真剣に考え、行動を起こしている団体が民間レベルで出てきている。世界的な火星への関心は高まっており、それに向けてロードマップが出来つつある段階だと思います。

臼井:ただ火星の知見を蓄積するにも、NASAだけでは人材的にもリソース的にも不足しているので国際的な枠組みで活動しています。火星由来の隕石(※1)を調べることはもちろん、探査機(※2)が火星に行き、様々なことを知ろうとしています。移住や有人飛行にはまだまだナレッジギャップがたくさんあります。

− 今のロードマップですと、いつごろから移住は始まりますか。

廣瀬:NASAの火星有人飛行計画では、早ければ2035年にも実行に移す予定とあります。移住にはあと四半世紀くらいでしょうか。もちろんこの通りに行くとは思わないですが(笑)。

− 廣瀬先生とELSIは、なぜ火星に注目しているのでしょう。

廣瀬:僕らが火星を研究する一つの意味は、地球とどう違うのかという比較対象が可能だからです。基本的には火星も地球も同じようなプロセスでできています。火星も地球と同じ青い星だったのかもしれません。30数億年前には火星表面の20%が海で覆われていたと推測されていて、当時は火星内部にも地球と同じ様な高温の液状コアがあり、熱対流することで磁場があったとも考えられています。

− 今の火星からは考えられません。

廣瀬:42から39億年前に相次いで小天体が火星に衝突し、最終的に液状コアは冷え切り、熱対流がなくなったので磁場は永久磁石として固定したと考えられています。磁気圏がなくなると太陽風(プラズマ粒子のガス)の侵入を防げなくなり、大気が剥がされ、水は蒸発しました。水分子は放射線によりイオン化され、水素ガスは宇宙へ放出され、酸素は火星表面のあらゆるものを酸化させました。ですから火星の土は酸化鉄に覆われ、赤いのです。

− 火星が地球の様になった可能性も、地球が今の火星の様になった可能性もあるのですね。

廣瀬:地球と火星のプロセスの差が、結果的に惑星としての運命を分けたわけです。その頃の火星に生命がいたかどうか、考える材料としては非常に面白い。地球環境において生命が生まれた仮説があったとして、それを同時期の火星に適応すると導かれる結論があり、実際に検証できる可能性があるわけです。地球で作ったモデルを検証実証できるということは火星のすごくおもしろいところです。

− 地球との兄弟星などとも言われています。

臼井:月や金星より火星が面白いと思うのは、火山地形があり、川が流れた流水地形があり、昔の海の堆積物があったり、極冠には
氷河があったり、地質的に多様性に富んでいる点です。四季もあります。2010年代に入ってからハワイ島・マウナケア天文台群の観
測で大気の水蒸気の量とかがわかるようになってきました。それではじめて、高いところや低いところでどういう風に大気が動いてい
るとかがようやくわかり始めてきたのです。


火星に家を建てるなら

− では、そうしたロードマップが達成され、火星に人類がたどり着き、住むということにいよいよなったならば、どの様な生活が待っているのか、仮説としてお話ができればと思います。例えば住むための場所というのは、どのように考えればよいのでしょう。

廣瀬:火星の表面にそのまま住むのは非常に難しいでしょう。表面は酸化が著しいので、とてもじゃないけど普通の生物が生きていける環境ではなく、人間も含めて無理なわけです。

− 放射線や紫外線の問題もあります。

廣瀬:でも、ちょっと面白い話もあります。実は、火星の内部は決して酸化的ではないのです。むしろ地球よりも還元的だと言われているくらいです。だから、ちょっと穴を掘るといいかもしれません。僕が聞いたことがあるのは、溶岩が流れた後にできる溶岩チューブという空洞が火星にもある様です。日本の富士山でも樹海の下にあります。洞穴みたいなものですが、最初のとっかかりとしてはいいかもしれないですね。

− では、そうした溶岩チューブにまず入るとします。そこを人類の住みよい場所にするには、ある程度の建材が必要だと思われます。構造材料と機能性材料に関しては、火星でまかなえますでしょうか。

廣瀬:まず、構造材料の代表として、セメントはおそらく容易に手に入ると思います。原料の石灰岩はおそらく普遍的にありますからね。もちろん酸化されているでしょうが、還元させれば良い。それよりも問題はいわゆる金属です。

− 例えば鉄が手に入りますか。

廣瀬:火星の石は鉄分がものすごく多い。ただ、もちろん製鉄が必要です。地球ではそれを溶鉱炉で溶かして酸素を剥がしているわけです。

臼井:火星にはハワイの石が錆びたようなものがゴロゴロしています。地球と同じような材料が作り出せるか、という問いの答えはYESです。だけどぼくらはハワイの溶岩の上に立ってもそこから鉄鉱石を取ることはできない。やはり地球の場合は水が循環し、生命が介して元素が濃集するプロセスが鉄鉱石をつくりだし、鉱脈ができ、そこから鉱物資源を取り出しているわけです。鉱脈を見つける必要があります。

廣瀬:どこかに水があって流水地形がある以上、地球と同じ様に凝集した鉱脈は必ずあるはずです。まだ見つかっていないだけで。

臼井:火星と比べると地球の方が圧倒的に凝集プロセスの様々な活動量が大きいし、時期も長かった。火星では塩水が流れているというのは今でもあるのですが、量としても非常に少ない。ただ、熱水が循環していた場所というのは今ではいくつか見つかっています。そこにはオパールがあったり、重金属がちょっと濃集している場所もあるようです。

廣瀬:銅という元素が欲しくて火星の鉱物を利用するとなったら、鉱脈があったとしても石の中から抽出しなければいけない。地球であれば溶解させるわけですが、火星では大変でしょう。一つのアイデアとして、菌などの微生物で行うバイオリーチングと呼ばれる手法が考えられています。金属の錯体形成による沈殿と溶解を、微生物の酸化還元プロセスを介して行う方法です。すでに地球でも硫酸還元菌を用いた銅の浸出法があります。これを火星で応用するのです。火星の模擬土から菌を用いて鉄とリンを抽出した例もあります。

− 大気はどうでしょう。

廣瀬:火星の大気は非常に薄く、95%が二酸化炭素です。薄い大気だと考えても二酸化炭素は地球以上にある。ただ人類が住むとなると、水蒸気はほとんどないし、もちろん酸素はほとんどない。

− するとやはり酸素はどっかからか持ってくるか、つくるかです。

廣瀬:火星表面はものすごく酸化されているので、それをうまく分解して酸素を取り出せばいい。電気分解はもちろん、それこそ微生物にやらせるアイデアもあるようです。

− そういう働きを持っている微生物、菌は地球から持ってかなきゃなりませんか。

廣瀬:それはもちろんそうです。まぁ、微生物が全て遺伝子だと言ってしまえば、向こうで全部DNAを合成して、なんていう技術もいつかはできるかもしれません。ですが少なくとも現在の合成生物学でもさすがにそこまでは難しいですよね。

− 一種の微生物に近いようなモジュールがあれば、一番いいのでしょうか。WPI-MANAでも人工光合成というアイデアがあります。

廣瀬:そうですね。そういうものを人間が作れるようになるともっとコントロールしやすくなります。やっぱり微生物がいくら有用だと言ったって、必ずしもこちらがやって欲しいことばかりやってくれるわけではないので。人間がちゃんとコントロールできるようになったモジュール、装置は微生物よりは使い勝手がいいでしょうね。エネルギー効率的にもいいのではないでしょうか。


エネルギー源と水について

− ではバイオの力で住むところはなんとかなったと。大気もある程度は確保できた。次はなんでしょう。

廣瀬:エネルギーですね。太陽からものすごく遠いですから、平均気温もマイナス60度。地球は15度です。つまり極寒の地です。火星探査機は太陽光電池ではなく、原子力電池で動いています。NASAでも火星に小型原子炉を作るプロジェクトがあります。そういうエネルギーはまず地球から持って行くか、火星で見つけなければならない。

− 水は火星にあると言われていますが。

廣瀬:基本的に火星には、ちょっと掘ればいろんなところに凍土層がたくさんあるのだろうと期待されています。

臼井:氷そのものは大した量が見つかっていませんが、何十mという厚さの凍土層が地下に広域にあるというのは電気的な物理探査でのデータがあります。実際掘るとなると相当技術的なジャンプはありますが、浅い凍土層の位置がわかれば氷にはアクセスできるでしょう。表面に染み出しているところは普遍的に見つかっています。暖かい赤道域のクレーターの斜面などに、夏になると黒いシミがでてきて、冬になると消えるという現象が繰り返されています。分光学的にそのシミをみると、どうも塩水がちょろちょろちょろちょろとでて蒸発して、冬になったら消えて、これを繰り返しているらしい。このような季節的な変化があるっていうことが実は生命活動には大事だと思っています。


火星と生命探求研究

− 先ほどのバイオリーチングなどは、人類の環境を作り出すために地球から菌や微生物をたくさん持っていかなくてはなりません。

廣瀬:僕らのような、生命の起源を研究している身からすると、本当は地球から持って行くのは面白くないんです(笑)。もし火星で地球とは独立に何か生命が誕生していたとすると、確率的に地球とは違う生命のはずです。地球の生命って、言い方は悪いけど一種類しかいない。こんなに地球にはいろんな多様性に富んだ生物がいるように見えますが、全てが共通の原理でできているたった一種類の生物でしかないと極論もできる。

− セントラルドグマ(※3)ですね。

廣瀬:そうです。生命の多様性を本当に知りたいのであれば、地球生命じゃない生命のことを僕らは知りたい。

− 火星に地球の生命を送り込むと、外来種として駆逐する可能性があるということですか。

廣瀬:地球には生命が一種類しかいないと言いましたが、もしかしたら元々は100種類ぐらいいたのかもしれない。それを我々の祖先がほかの生命を駆逐し、生存競争に勝って、一つに残ったという可能性が高いと考えています。同じことを火星でやってしまっていいのか。生命の起源に興味のある側からすると非常に気になります。

− 今のDNAやRNAの生物が、地球上で唯一の生物だとすると、他の星にはもしかすると、全く別の形の生物がいる可能性がある。

廣瀬:それは、そういう別の形が当然あっていいはずです。それがどういう形なのかっていうのが、僕ら、一番知りたいわけですね。

− それがELSIの根源的な問いですね。

廣瀬:宇宙に生命がいるかみたいな話をよくするわけですが、宇宙にいる生命と地球の生命が同じなはずがないわけですよ。全く同じセントラルドグマだとはとても思えない。地球には地球の個性というものがあって、その個性に合わせた生命が今の生物であるはずです。ほかとどこが違うのかというところまでは今ではわからない。そこが一番の興味なのです。

− 我々が想像のつかない形の生物がいる可能性もあるわけですよね。

廣瀬:もちろん、そうです。僕らはアミノ酸を20個使っています。これを25個にしたとするとね、一体何ができるか、すごく面白い問いですよね。逆に、15個に絞った時に何ができなくなるかとか。その20というのも決して決まった数字ではないはずです。違う種類の組み合わせの25個になった時に、どうなるのかというのは、非常に興味深い。必ず同じはずがないので。

− 生命研究の観点からも、火星や他の星の研究が重要なのですね。

廣瀬:火星探査をして、もちろん社会的には火星に生命がいるかいないかっていうことも重要ですが、我々としては火星の生命が地球の生命と何が違うか、というところが一番の興味なわけです。

− では最後に、将来もし、限られた人ではあっても火星に行けるようになったとします。先生は行かれたいですか。

廣瀬:いやぁ。そんなに魅力的じゃないですよね(笑)。火星の赤茶けた大地なんか、あんまり行きたいと思わないですね。地球から観測しています(笑)。



※1:火星由来の隕石は、2017年9月時点で198個発見されている。
※2:火星探査機は1997年にはじめて「マーズ・パスファインダー」が着陸に成功してから8台送り込まれている。現在はNASAが送り込んだキュリオシティが稼働し、火星の様子を地球に伝えてくれている。
※3:地球上のすべての生物は同じ原理を持つとする分子生物学の考え方。DNAがRNAを介して、タンパク質を生成し、生物の機能や構造をつくる一連の情報伝達は細菌からヒト、植物にまで当てはめることができる。1958年にフランシス・クリックが提唱した。



廣瀬 敬

1994年、東京大学大学院理学系研究科地質学専攻博士課程修了。1996年、カーネギー地球物理学研究所客員研究員。1999年、東京工業大学大学院理工学研究科地球惑星科学専攻助教授。2006年、同教授。2012年、東京工業大学地球生命研究所(ELSI)所長。地球内部の120万気圧、2500℃の超高圧高温環境を実験室で再現することに成功し、ポストポストペロブスカイト相を発見。井上学術賞、日本学術振興会賞、日本学士院賞、藤原賞など受賞多数。

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