アウトリーチLEADER'S VOICE

福山 秀敏 教授に聞く  

風通しの良い研究環境が交流を生み、交流は新たな研究成果を生む




「良いテーマは永遠」である

— WPI-MANAはナノテクノロジー、材料科学といった基礎基盤研究を行なっています。WPI-MANAのアドバイザーである福山先生から見て、若い人は研究生活の中で何を目指せばよいのでしょうか。基礎基盤研究における研究テーマとはどのようなものなのでしょうか。

  基礎研究だからといって「何をやってもよい」ということはありません。やはり「意味あること」を研究しなくては何のための「研究」であるかわかりませんし、研究者としての人生の意味を考える上でも、研究テーマ設定には本質的な重要性があると思います。問題は、どのようにして「良いテーマ」というものに出会うか、ということです。このことについては、大学院での指導教員、研究室先輩をはじめとした「環境」の果たす役割が大きいでしょう。

— 先生ご自身も、研究室メンバーからスタートし、のちに自身の研究室を主催し、そして物性研究所を率いる、という変遷がありました。やはり研究人生初期のテーマは特別なものですか。

 はい。大学院の頃に指導教官の先生から提起されたテーマをいまだに追求している自分に気がつきます。「良いテーマは永遠」ですね。大学院時代に基礎的知識を徹底的に身につけたあと、本格的な研究のステージに移行するわけですが、私はそこに「基礎」と「応用」という区別はないと認識するようになりました。思い返せば大学院の指導教員だった久保亮五先生は、当時からそれを学生に伝えてくださっていた。お恥ずかしいことですが、そのことに気がついたのはごく最近のことです。「研究に基礎と応用の区別はない。違うのは些末な研究と本質的な研究だ」と。東北大学の礎を築き、東京理科大学の初代学長を務めた本多光太郎先生の言である「産業は学問の道場なり」も同じ意味を持つものだと理解しています。現実の産業界での課題を解決しようとする中で、学問も同時に発展していくのです。それは、応用には基礎が欠かせず、基礎は応用を生み出すということに他なりません。基礎と応用はその区別なく、一体となって進歩していくのです。最近このことを「科技拓深」(科学は技術を拓き、技術は科学を深化させる)と呼ぶことにしています。


若手研究者へ受け継ぐべきは「研究とは何か」という理解

福山秀敏 (ふくやま・ひでとし)
東京理科大学研究推進機構 総合研究 院長、東京理科大学 理事長補佐、学長補佐

— 先生は長く物性物理研究を続けておられますが、今と昔の研究環境を見比べて変わったと思われる部分はありますか。

 はい。昔の方が純粋に学問を追求できる環境があったように思います。その点において、今の若い研究者は大変気の毒な状況に置かれていますね。それは研究を評価するために指標が導入されたことに大きく関係しています。昔に比べて今の若い研究者たちは、研究の正当性の「証拠」を求められている。研究を質ではなく、どの学術誌に掲載されたかで評価されてしまう傾向が強くなってきているということです。この状況は極めて深刻だと思います。研究成果の社会への公開の場であった論文発表の意味が変わってきてしまっており、「事実を正確に伝える」という本来の目的から外れて、しばしば「宣伝」の道具になってしまっているように感じます。

— 機械的指数の導入は、評価という一点においてはやりやすい一方で、評価を高めるための研究が優先されてしまうのではないか、という話をよく聞きます。

 確かに私も、論文が評価されるためには特定の雑誌に掲載されなくてはならない、と言った本末転倒な状況になっていることへの危機感を覚えています。商業誌が研究成果を出版するのは、サイエンスの進歩のためではなく、ビジネスのためです。「商業」誌なのですから当然です。最近は何かにつけて「インパクトファクター」で研究が語られているように見受けますが、それは大きな間違いです。そもそもインパクトファクターは雑誌についての指標であって、個々の研究の内容や質とは本来関係がないはずですから。「インパクトファクターの高いxx誌に出版」というような表現を耳にすることがありますが、これは予備校の謳い文句である「うちからはxx大学にxx人合格」と大差ない表現だと感じます。商業誌の「ビジネス戦略」に翻弄されてしまっている、もしくはそうせざるをえないのであれば今の研究者の置かれている状況は深刻です。

— では、研究を正しく評価するにはどのような態度が必要だと思われますか。

 やはり最も重要なのは、個々の論文の中身の理解に努め、当該分野の状況を理解の上で、被引用数、国際会議基調講演、招待講演などを参考にする、ということでしょうか。また、若い人たちが「研究とは何か」について理解するためにも、研究テーマの選び方、研究の進め方、発表の仕方などを研究指導者がきちんと若手研究者に伝えていくことが大事になります。これができていないと彼らの研究活動の将来的な展開がおぼつかなくなってしまいます。


共同研究、研究者同士の交流で見えてくるものがある

— WPI-MANAではグループ単位で研究が行われています。グループを横断するような研究活動にも力を注いでいますが、共同研究活動についてご意見はありますか。

 共同研究は大いに推奨されるべきです。研究においては、1+1が3にも4にもなりえます。私は31-32歳の頃、ベル研究所に滞在していましたが、当時のベル研究所はまさにそういった環境でした。フィリップ・アンダーソン(1977年ノーベル物理学賞受賞)をはじめとする優秀な究者たちが昼食中だろうと廊下であろうと大声をあげて議論を交わしていたことを今でも覚えています。議論することの重要さ、楽しさを肌で感じることができました。議論に加えて研究者が集うパーティーも頻繁に行われており、研究者同士の交流が重要であることも身をもって体験しました。研究過程において、理論家と実験家が分野にとらわれず、闊達に意見を交わすことで見えてくるものがあります。ベル研究所での滞在以降、「実験あっての理論」という姿勢を人間的な接触を通して保とうと心がけています。理論家として、実験家から不思議な現象を最初に紹介してもらうことは大変な幸せなことです。


論文発表に求められる客観性と研究活動自体が持つ独自性

— 分野融合が重要とのことですが、理論家と実験家だけでなく、他の研究分野との共同研究についてはどうお考えですか。

 物性研究では原子・分子の集合体である物質を対象にしており、そこには無限の可能性があり、新しい驚くべき現象が絶えず出現します。今後は生体関連物質も研究対象に入ってくるのと思います。研究対象が変わろうとも、物性物理学的な研究の重要性は変わりません。むしろ今後は、よりその重要性が増してくるでしょう。多くの研究者と交流していく中で、新しい研究対象に挑戦していく姿勢が大事です。そしてそういった風土を作り出すために重要なのは「環境」です。歴史的にも重大な発見に成功した研究者の周りには、優れた環境が用意されていました。研究者同士の交流を促す仕組み作りは、組織として注力しなくてはならない部分です。

— 最後に、若手研究者に向けたメッセージを頂戴できますか。

 一言でお答えすることは難しいですが、外部資金を獲得していくことは極めて重要です。予算がなければ研究をすることも不可能になってしまいます。しかし、繰り返しになりますが、研究資金を獲得するために、過剰に評判を意識しすぎた活動をすることは、そもそも科学的な態度ではない。理想を言えば、外部が自然と資金を提供したくなるような研究を推進することが大事なのでしょう。ここで研究成果を社会的に報告する際の「客観性」を持つことは当然のことですが、対照的に研究成果を目指して努力する過程での「独自性」や「個性」というものがなければ人を惹きつける魅力的な研究には繋がりません。この「研究活動の個性的な過程」というものこそが、研究の一番の面白さだと私は思うのです。そしてそれは、研究者同士の自由な交流を生み出す「環境」に惹起されるものであり、WPI-MANAという組織に大いに期待する部分ですね。

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フィリップ・W・アンダーソン教授と談笑する福山教授(1985年)





福山 秀敏(Hidetoshi Fukuyama)

1970年、東京大学理学系研究科物理学専攻 博士。
1971年、ハーバード大学 ポストドクトラルフェロー。
1973年、ベル研究所 研究員。1974年、東北大学理学部物理学科 助手/助教授。
1977年、東京大学物性研究所 助教授。1984年、東京大学物性研究所 教授。
1992年、東京大学理学部 教授。1993年、東京大学大学院理学系研究科 教授。
1999年、東京大学物性研究所 所長。2003年、東北大学金属材料研究所 教授。
2006年、東京理科大学理学部第一部 教授。 2010年、東京理科大学 副学長。
2013年より、東京理科大学研究推進機構 総合研究 院長、東京理科大学 理事長補佐、学長補佐を務める。

「福山公式」として知られる、ホール効果・軌道磁性に関するグリーン関数を用いた定式化をはじめ、量子輸送現象の理論的研究において重要な成果を上げた。
アメリカ物理学会フェロー、第1回日本IBM科学賞、IUPAP vice president (2002-2005)、紫綬褒章、瑞宝中綬章、文化功労賞、日本物理学会名誉会員、ロレアル「女性研究者を応援する男性リーダー」、他受賞多数。


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