アウトリーチLEADER'S VOICE

天野浩教授に聞く  

発展途上国にこそ新たな研究シーズがある




LED技術の先にある応用研究

— 先生は青色LEDでノーベル賞を受賞しましたが、その後研究の進展はございますでしょうか。

 はい。LEDが一般社会に普及したということは、その製造技術がある程度確立されたということを意味します。そのおかげで、現在ではLEDの様々な応用が考えられる段階にきているように思います。私たちの研究室では今、パワーデバイスへの応用について考えているところです。特にワイヤレス送電ですね。窒化ガリウムは非常にバンドギャップが大きい、つまり絶縁破壊耐性が大きいのです。それによって、小さなデバイスを作ることが可能になるんですね。小さくできるということは、エネルギー損失も少なくなるはずです。もう少し頑張れば実用化に結びつくというところまで来ていると思います。ワイヤレス送電が実現されれば、世の中が大きく変わるのではないかと考えています。例えば、ドローン。バッテリー容量に限りがあるので最長でも30分程度しか飛べませんが、ワイヤレス給電技術が発達すれば長時間飛行が可能になります。短距離輸送を中心とした物流システムに革命を起こす可能性もあります。

— ワイヤレス送電技術は非常に応用的な技術ですが、先生は基礎的な材料研究からキャリアをスタートしています。基礎研究と応用研究の関係についてはどのようにお考えですか。

 それは大切な質問です。LED技術を例に話しますと、LEDと電源回路の場合には、材料の信頼性に対する必要仕様が全く違ってきます。光源としてのLEDの場合、結晶の欠陥が多少あっても問題なく光ります。極論を言えば、交通信号灯は使われているLEDのひとつが光っていなくても信号灯としての機能を果たすわけです。しかし、電源回路の場合はそうはいかない。もし電気自動車が暴走してしまったら大変なことになります。つまり、絶対あってはいけない結晶欠陥をあらかじめ見極めておかなくてはなりません。必要とされる仕様を満たすような製造技術を確立するには、結晶成長技術、熱力学、統計学、量子力学などといった基礎学問、基礎研究が必要不可欠です。応用技術と基礎はひとつなぎです。


若い研究者はハングリーであれ

— 日本と世界の研究情勢を比較して何かお考えになることはございますか。

 ノーベル賞をいただいてから、いろいろな国に行く機会が増え、その中で多くの発見がありました。例えば、アメリカのシリコンバレーに行き、アメリカの発展はAI、インターネットなどに大きく支えられています。基礎研究よりIT応用技術研究にばかり力が入っていて、次の一手がないようにも見えますね。一方、フランスでは、一人一人の学生に工夫された実験設備を与えて基礎実験ばかりをやらせているのです。学生に手をかける労力のかけかたという点で、日本は全然足元にも及ばないと実感させられました。ただ、自分の経験からすると、あれだけ実験をやらせてしまうと学生が満足してしまうような気もする。私は大学に入ってすぐはあまり実験できなかった反動で、卒業研究では実験にのめり込みました。しかも実験が全くうまくいかなかった。その反動で研究に対するハングリー精神が養われたと思っています。

— 学生たちは積極的に海外経験を積むべきでしょうか。

 そう思います。昔は誰もがアメリカやヨーロッパに留学したがっていたのですが、最近の学生はどこにも行きたくなくなっているように感じます。私はむしろ発展途上と言われている国々に行くことを勧めたい。

— それはどういうことでしょうか。

 最近、オマーンとインドに行ったのですが、素晴らしい文化が存在する一方で、社会に残っている解決するべき課題もたくさん残っている。研究者ならそれを見て、自分たちが取り組んでいる研究が社会の役に立つ可能性に気がつくはずなんです。若い人にはそういう経験をしてもらうっていうのがすごく大切だと思います。つまり、「俺はこれがやりたい、この社会を変えて行きたい」というようなハングリーな気持ちになってほしいのです。本来は、日本にいても社会的課題に気がつくべきなのですが、実際それは難しいでしょう。
 例えば、グアテマラは水の確保に苦労しているんですね。取水が行われている湖に生活排水を排水してしまったために、健康被害が発生しているんです。そこで水を綺麗にする必要があるのですが、技術的に難しいという話を聞き、何か協力できることがないかと動き出したところです。我々の研究室では、紫外線LEDの開発にも取り組んでおり、水の殺菌についても企業と共同研究を進めていましたので、情報を提供することができました。ただ、紫外線の殺菌装置では大規模な水の浄化には適さないので、微生物を使って水を綺麗にする研究をされている名古屋大学の先生にも協力してもらい、水の浄化プロジェクトをスタートすることができたのです。
 最先端研究が行われている先進国ばかりをウォッチするのではなく、発展途上国の現状に注目することによって、研究テーマが見つかることは、たくさんあると思うんです。若いうちにそれに気がつくこと、自分の研究に目的意識を持つことは、とても大事なのだと思います。

— 先生は、社会の役に立つ研究というものを意識されているようにお見受けしますが、日常の中においても研究者の視点を失くさないように常に心がけていらっしゃいますか。

 日常的に研究のことが頭の中にありますが、それが生活の一部となっていますので、仕事だと意識することはないですね。研究のネタを考える作業自体が楽しいんです。特に、海外に行って今まで気づかなかった課題を見つけたときなどは、どうすればそれを解決できるかを考えるのが楽しくてしょうがないですね。


0から1を生み出す研究と1を10に発展させる研究

— ところで、先生はNIMSの小出理事と共同研究に取り組んでいますが、どのような経緯があったのでしょうか。

 小出さんは赤﨑研究室時代に一緒に研究していた先輩ですので気心が知れているというのが一つありますが、やはりNIMSの持つ世界最高の物性評価能力が必要だったというのが共同研究の大きな理由です。例えば、窒化ガリウム結晶のキラー欠陥がどういう構造になっているのか調べたいと思った場合、原子レベルで評価することが可能な研究機関はNIMS以外にありません。共同研究のおかげでいくつかの点に関して急激に理解が深まりました。このような基礎的な分野におけるNIMSの実力は本当に素晴らしいと思います。

— WPI-MANAでは「ナノアーキテクトニクス」という新しいパラダイムを提唱し、ナノテクノロジー研究を推し進めています。「ナノアーキテクトニクス」のこれからの歩みに関してアドバイスはございますでしょうか。

 やはりNIMS、WPI-MANAが社会から期待されていることというのは、基礎的な優れた研究成果を多数生み出す、ということだと思います。今後も社会からの期待に応え続けてほしいというのが私が思うところです。しかし、日本には、0から1を生み出そうとする取り組みをしている研究者がとても多い現状があります。そのために今、1を10に発展させる仕事が大きな意味を持ち始めています。それをどうするか。1の段階である研究成果をうまくコーディネートして、新たなものを作り出す専門家の方が1人2人出てくると、実社会との繋がりも担保できるのではないかと思います。インベンションをイノベーションに繋げる仕事が必要とされているのかもしれません。

— 若い人でもその役割は果たせますでしょうか。

 むしろ若い人こそ適任なのではないかと思います。もう我々くらいの歳になると新しい発想って思いついたとしても、膨大な仕事に埋没してしまい思うように推し進めることが難しい。このような部分にこそ、やる気に満ちた若い人のパワーというものが必要とされているのではないでしょうか。



大学4年生当時の卒業研究発表資料の1ページ

「実験が全くうまくいかなかったので、同級生が当時最先端の研究成果を報告する中、自分だけが中身のない内容を報告しました。この時の悔しさが今の私の原点なんです。このレポートがきっかけで、修士課程・博士課程の間はひたすら実験に没頭しました」



天野 浩

1988年、名古屋大学大学院工学研究科博士課程単位取得退学。1988年、名古屋大学工学部助手。1989年、名古屋大学工学博士。1992年、名城大学理工学部講師。1998年、名城大学理工学部助教授。2002年、名城大学理工学部教授。2010年より、名古屋大学大学院工学研究科教授。2011年より赤﨑記念研究センター センター長を兼任。2015年10月、名古屋大学未来材料・システム研究所附属未来エレクトロニクス集積研究センター長に就任。名城大学終身教授、名古屋大学特別教授である赤﨑勇教授、カリフォルニア大学サンタバーバラ校教授である中村修二教授とともに、世界初の青色LEDに必要な高品質結晶創製技術の発明に成功し、2014年、ノーベル物理学賞を受賞。他、受賞多数。

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