アウトリーチLEADER'S VOICE

岸 輝雄 Makoto Kobayashi 

グローバルな視点で日本に革新を


国際化に正面から立ち向かったMANA

—先生はNIMSの前理事長であり、MANAの生みの親でもあります。MANAが発足して7年余が経過しましたが、当初の期待どおりに成長したと思われますか?

はい、私の予想をはるかに超えて頑張っている部分があるとも思います。私の見たところでは、研究の方向の出し方、たとえば「ナノマテリアル」「ナノシステム」「ナノパワー」「ナノライフ」の4分野をつくるとか、それらを支えるナノアーキテクトニクスのキーツールを5つ設定するとか、非常によく考えられている。これは青野拠点長が本当に頑張りました。研究システムについては、NIMSが2003年に立ち上げた「若手国際研究拠点」を育て、それを継承したICYS(若手国際研究センター)をMANAの若手研究者育成の礎とした板東COOの功績が大きかった。国際化という日本の大きなキーワードに、MANAは正面から立ち向かいました。

こうして、MANAは少なくとも日本の一流大学には十分伍していけるし、世界的にも通用する、NIMSの一番の宝ものになりましたね。客観的にも存在感は示されたと考えています。


—MANAではどの研究を評価されますか?MANAからノーベル賞は出るのでしょうか。

この頃勉強不足もあるので、評価といっても難しいところですが...。佐々木高義さんのナノシートの研究成果を、エネルギーや生体材料の分野につなげられたらよいなと思っています。また、超伝導関係はそれなりにヒットが出ていて面白いですね。高温超伝導、要するに常温で使えるものにどう近づけるかが課題で、いつかは実現してくれることを期待しています。高分子系も有賀克彦さんその他のグループで色々な取り組みがあって、よい線をいっているのではと感じています。原子スイッチの応用も、実用化に向けて動いていますね。

ノーベル賞をとれればパーフェクトと日本では考えられがちですが、そもそもノーベル賞が出やすい分野とそうでない分野があるので、何とも言いにくいですね。まあ、研究はあたるも八卦、あたらぬも八卦、そう簡単にはあたらないものです。しょっちゅう当たっていたら、科学が進歩し過ぎてしまいますよ(笑)。そうした中、MANAでは「ナノアーキテクトニクス」という新しい概念を掲げて善戦し、基礎研究分野でまんべんなく成果を出しているのではないでしょうか。勿論、これら目的をはっきりした基礎研究が次の時代のイノベーションに結がるでしょう。


日本全体を組み直さなければならない時期に

—日本のWPIプログラムについては、どう思われますか?

基礎研究に基盤を置いているので、イノベーションを直接の目的とするプログラムに比べると、しっかり地に足が付いている印象があります。WPI立ち上げの時に、制度をきちんとつくっておいたことで、国の基礎研究を牽引するという意味では成功したのではないかと思います。

ただ、MANAを含む、2007年に発足した最初の5つのWPI拠点については、支援期間の延長の可否が議論になっているそうで、ちょっと気に懸っています。せっかく新しい研究棟を建ててしかるべき研究環境を整えたのですから、皆に相応の支援期間を確保していただきたいところです。こうした状況は、拠点間の競争であるようにも見えてしまいますが、各拠点が全く違う分野の研究に取り組んでいるのですから、ペルシャ猫がよいかブルドッグがよいか、比較できないもの同士の優劣を問うているようで、評価が難しいのではと感じます。


—国の科学技術政策についてのお考えをお聞かせください。

今の政府に申し上げたいと思うことが二つあります。ひとつは、総合科学技術・イノベーション会議の強化。現状では、宇宙、原子力、海洋、大型機器、といった分野は、この会議の担当から外れており、日本の科学技術予算の三分の一にしか関係していません。これらの分野も統括して、本当の意味で「総合」的な会議とするべきではないでしょうか。もうひとつは、大きな学術研究都市をどうするのか、といった問題提起です。これについては、もちろんNIMSのあるつくば、京阪奈、そして沖縄も考慮すべきでしょう。

振り返れば、1980年代までの日本はキャッチアップの時期で、90年前後に共通基盤技術に注力するようアメリカから強固な申し入れがあって、それを受けて95年に科学技術基本法が制定されました。今ではそれから20年近くも経ってしまい、日本は完全に「制度疲労」を起こしていると思います。その原因のひとつは何といっても中国の台頭ですが、やはり20年も経てば制度疲労になるわけで、日本全体を組み直す時期に来ているのです。

「独立行政法人の見直し」などとよく言われますが、全国に研究開発独法以外にも、国立大学附置研究所や全国共同利用型研究施設がある中、独法だけに注目しても大きな改善は望めません。例えば材料分野でいえば、日本にはNIMSの他にも東北大学の金属材料研究所、多元物質科学研究所といった大きな研究所があり、これらを総合して考える必要があります。組織を合併せよという意味ではなくて、国全体としての研究開発戦略を考慮しながら各々の組織の役割を検討すべきということです。そうでなければ、アメリカ、中国といった相手に立ち向かっていくことなど到底できません。


—現在、我が国の科学技術の発展については、研究不正防止の問題も大きくクローズアップされています。先生は理化学研究所の研究不正再発防止のための改革委員長を務められましたが、今日本が置かれている状況についてのご意見をお願いします。

正直なところ、日本全体で、研究不正が増えているのではという印象があります。本来研究は、研究成果が出て発表するというものなのに、論文を出すことが目的になってしまっている風潮がありますね。要領良く、数多くの論文を発表しようという態度が、不正行為を誘発しがちなのではないでしょうか。競争的資金の獲得で皆が焦って、成果主義に陥っている影響が出ているのではという気がします。そういう時代だということでしょうが、大変に難しい問題です。


グローバルな人材育成・人材交流を

—若手研究者の人材育成のためには、何が重要でしょうか。

今の日本の最大の問題が、博士号取得者の質です。優秀な人はマスターからドクターに進学しない傾向にあることもこの状況に拍車をかけています。研究者は、早い段階から独立する方向を目指さないと、いつになっても独り立ちできないものですが、日本では従順であることをよしとする傾向がありますから、難しいところですね。博士課程での教育システムについて、例えば指導教官を2人にする、指導教官は論文審査に加わらない等、海外で行われている制度を取り入れて、しくみを整えるべきだと思います。

若い人の側にアドバイスするなら、他人のやらないことをやろう、新しいことをやろうという原点に立ち返る心構えを持つことが必要です。また、ポスドクの期間が長すぎることも問題で、民間企業に行くことに躊躇しない方がよいと思います。


—今後のMANAの成長について、アドバイスをお願いいたします。

MANAは日本有数の国際環境を実現していますが、世界の超一流といわれる研究者たちがサバティカルで三か月でも一か月でも、もっと頻繁に滞在しにきてくれるとよいと思います。オックスフォードやケンブリッジ等と比べると、グローバルな人材の交流が少し足りない気がしています。材料/ナノの研究者であったらMANAを一度は訪問しなければ、と思われる場所になってほしいですね。

つくばは、国のイノベーション産業競争力強化を考えても重要な地域なのですが、そうした中でMANAは立ち位置をぶれさせず、基礎・基盤研究を頑張るべきと思います。そして、よい成果が上がったらスムーズに実用化に進めるよう積極的な準備をしておくとよいですね。これからもNIMSの基礎を支える部門として活躍し続けてください。


❖聞き手:科学ジャーナリスト 餌取 章男

岸 輝雄  Makoto Kobayashi  

若き日の岸先生

物質・材料研究機構顧問。東京大学名誉教授。専門は高信頼性材料。1969年東京大学大学院工学系博士課程修了(工学博士)、専門は高信頼性材料。東京大学助教授・教授、先端科学技術研究センター長、通商産業省工業技術院 産業技術融合領域研究所 所長を経て、2001年より2009年まで物質・材料研究機構理事長。現在は、日本材料強度学会会長、新構造材料技術研究組合理事長、内閣府SIPプログラムディレクターなど。

アウトリーチ