研究内容
スピントロニクスとは、電子の持つ「電荷」と「スピン」の両方の性質を利用する電子工学・技術分野です。本グループでは、
強磁性体スピンの不揮発性を利用した高集積固体メモリ素子や不揮発ロジック素子等に関する材料開発や新機能開拓の研究を行っています。
加えて、スピンを利用した新しい原理で動作するデバイスの基盤的研究や関連する評価技術の研究開発も行っています。
現在、電子情報技術における省エネと低環境負荷が世界的な喫緊の課題となっており、電子デバイスの低消費電力化に寄与する
これらの新規素子に大きな期待が寄せられています。
スピントロニクスグループでは、巨大なトンネル磁気抵抗比(TMR比)を示すトンネル磁気抵抗素子(MTJ)の開発や、
スピン軌道トルクと呼ばれる新しい現象を用いたナノ磁性体の磁化制御の高効率化を目指しています。
これらは情報不揮発性の新型磁気メモリ(MRAM)や高感度磁気センサーなどへの応用が期待されています。
この実現に向けて多層磁性薄膜作製技術の開発や新材料探索も精力的に行っています。
本ページでは当グループでの研究テーマや論文成果を紹介します。
研究テーマ紹介(近日リニューアル予定)
スピネル型トンネルバリアの開発
論文紹介
導電性酸化物Li-Ti-OとCoFeB磁性層界面で現れる垂直磁気異方性
J. Phys. D: Appl. Phys. 58, 16LT01 (2025).
Co/Pt超格子垂直磁化膜の原子層厚でのスパッタ制御
APL Mater. 12, 101120 (2024).
世界最高631%の室温トンネル磁気抵抗比の達成
Appl. Phys. Lett. 122, 112404 (2023).
本研究では、強磁性金属とリチウム・チタン酸化物(Li-Ti-O)の界面で現れる「垂直磁気異方性」に着目しました。従来は、主に強磁性金属と酸化マグネシウム(MgO)などの絶縁性酸化物バリアとの界面で発現する現象が研究されてきました。
本研究では導電性を有する「Li-Ti-O」という立方晶の酸化物をバリアに用いて強い界面垂直磁気異方性が発現することを実証しました。
左図は今回作製した薄膜構造です。MgO基板上にクロム(Cr)下地、MgO界面挿入層を作製し、その上にスパッタ法でLi
4Ti
5O
12組成のLi-Ti-O膜を形成し、さらにその上に磁性層であるコバルト鉄ホウ素(CoFeB)極薄膜を作製しました。
ポスト熱処理後、強く膜面に対して垂直方向に磁化した垂直磁化膜が得られました(右図)。これはLi-Ti-OとCoFeBとの界面において強い垂直磁気異方性が生じたためです。
導電性と界面垂直磁気異方性の両立ができたことで、今後、磁気メモリ(MRAM)向けのトンネル磁気抵抗 (TMR)素子に求められる低抵抗化に寄与すると期待されます。

図:(左)本研究で作製した薄膜積層構造。(右)磁性層(CoFeB)の磁化曲線。Li-Ti-O界面により垂直磁化膜が得られている。
Reference
Hiroki Koizumi, Zhenchao Wen, Jun Uzuhashi, Tadakatsu Ohkubo, Hiroaki Sukegawa, and Seiji Mitani,
“Interface perpendicular magnetic anisotropy in heterostructures consisting of CoFeB and conductive rock-salt Li-Ti-O”,
J. Phys. D: Appl. Phys. 58, 16LT01 (2025).
垂直磁化を有するCoPt膜は、ハードディスクドライブの記録媒体や磁気抵抗ランダムアクセスメモリー(MRAM)のメモリセルにとって重要な材料です。CoPtを用いて強い垂直磁化を得るには、CoとPtの単原子層が交互に積層したL1
1型結晶構造で、強く(111)配向した結晶成長が必要です。このような規則合金膜の高品質エピタキシャル成長は、制御性の高い分子線エピタキシー(MBE)法によって実証されています。 MBE法では原子層ごとの成長が可能であり、CoとPtの界面がシャープな高品質金属「超格子」膜が得られます。 特に、「非整数原子層」を持つ超格子制御はMBE法のみで実証されています。しかし、産業におけるコスト効率の面ではスパッタリング技術の方がより優れています。
本研究では、スパッタリング法により原子スケール積層を持つCoPt超格子を形成することに成功しました(図)。X線回折では、これまでMBE研究でのみ報告されていた非整数の原子層厚さを持つ超格子が形成による明確なピーク分裂が観察されました(中央図)。高品質の単結晶Ruバッファー層と、CoおよびPtターゲットを用いた精密スパッタ成膜制御によって、超格子内のシャープなCo/Pt界面の形成が促進されたことが要因です(右図)。この手法は高密度MRAMなど、将来のスピントロニクスデバイスへの応用が期待できます。

図:(左)Co/Pt超格子スタックデザインの模式図。(中央) X線回折プロファイル。非整数原子層の繰り返しによりピークの明瞭な分裂が見られる。(右)[Co 0.2 nm/Pt 0.2 nm]超格子膜の断面走査型透過電子顕微鏡像。
Reference
Jieyuan Song, Thomas Scheike, Cong He, Zhenchao Wen, Tadakatsu Ohkubo, Kwangseok Kim, Hiroaki Sukegawa, and Seiji Mitani,
"Incommensurate superlattice modulation surviving down to an atomic scale in sputter-deposited Co/Pt(111) epitaxial multilayered films"
APL Mater. 12, 101120 (2024).
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詳細はこちら(2023年NIMSプレスリリース)
-素子の「界面」を高度に制御することで室温で世界最高値となるトンネル磁気抵抗 (TMR) 比631%を達成し、従来の最高値を15年ぶりに更新
-TMR比が振動して大きく変化する現象も付随して現れ、その振動幅は141%に達した
(解説)TMR効果は高感度な磁気センサーや省エネ磁気抵抗メモリ(MRAM)に利用され、TMR比が大きいほど性能が向上します。しかし、2008年以降、室温でのTMR比の更新はなく、性能向上は限界とされてきました。今回、素子の界面を精密に制御を行うことでこの限界を突破し、最大631%のTMR比を実現しました。全ての層を単結晶化し、界面に薄い金属マグネシウムを導入するなど原子レベルの改善を行いました(図左)。また、絶縁層の厚さによるTMR比の周期的変動幅が141%に増大する現象も発見されました。今後、この振動現象のメカニズムを解明し、TMR比との関連を明らかにすることでさらなる更新が期待されます。
図:(左)本研究で用いたTMR素子界面の制御手法。(右)最大のTMR比である631%を示す素子の磁気抵抗曲線。
Reference
Thomas Scheike, Zhenchao Wen, Hiroaki Sukegawa, and Seiji Mitani,
"631% room temperature tunnel magnetoresistance with large oscillation effect in CoFe/MgO/CoFe(001) junctions"
Appl. Phys. Lett. 122, 112404 (2023).
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