銅酸化物高温超伝導体における面間スピン相関

【研究トピックス】銅酸化物高温超伝導体における面間スピン相関のNMRによる検出とその今日的意味

ー 本稿について ー

 銅酸化物高温超伝導体は、1986年の発見以来、強相関電子系が織りなす美しい物理発現の舞台として多くの物理学者をひきつけました。その特徴は銅と酸素からなる2次元面での反強磁性揺らぎであり、この振る舞いを検出することは機構解明への手掛かりとなります。とりわけ核磁気共鳴法(NMR)はその反強磁性の低エネルギー励起を検出する手法として重要視され、低ドープ・低温域における「擬ギャップ」という銅酸化物高温超伝導体における最大の特徴の一つの発見に貢献しました。
 一方、1990年代、多層銅酸化物超伝導体のNMR測定では、一見すると矛盾した現象が観測されていました。即ち、代表的な銅酸化物であるYBa2Cu3O7-δ(YBCO)では、低エネルギーのスピン揺らぎを反映する銅の縦緩和率「1/T1T」が低温の擬ギャップ域で減少する一方で、同じく反強磁性スピン相関を反映する横緩和率「1/T2G」は同じ温度領域で逆に増大が観測されました。同じ物理量を見ているはずなのに異なる振る舞いが観測される、というミステリーが当時の固体物理学者たちを悩ませていたのです。この問題は、のちにCuO2面どうしの磁気的結び付きである面間スピン帯磁率 「χ12(カイ12)」 を導入することで「多層系特有のNMR異常」として説明され、その後、三層系超伝導体を用いたNMR実験によって確認されました。当時、この測定の目的は擬ギャップ領域におけるNMR異常を理解することでしたが、一方でこの研究は「面間の相関をどうやって観測するのか」という問いに対する一つの実験的な答えを与えていました。
 近年、二層ニッケル酸化物 La3Ni2O7 の発見により、層間交換相互作用 J⊥ や層間ペアリングの役割が再び注目されています。本稿では、多層銅酸化物における面間スピン相関のこれまでの経緯とその物理的背景を、著者自身の研究を交えながら解説します。


1. はじめに

 高温超伝導体の研究において、長年にわたり議論の中心にあり続けたのは、結晶の中に規則正しく並んだ「CuO2(銅・酸素)面」という二次元シートでした。電子が格子間を飛び移る運動や、強い電子相関に由来する反強磁性的な相互作用の大部分は、このシートの内部で生じるためです。そのため、強相関電子系の基礎理論である二次元ハバード模型や t-J 模型の多くは、この一枚の平面を理想的な出発点として構築されてきました。しかし、実際の物質構造は完全な二次元系ではありません。現実の多層系物質では、複数枚のCuO2面がナノの距離を隔てて重なり合い、一つの結晶構造ユニットを形成しています。

•二層系: YBa2Cu3O7(YBCO)、YBa2Cu4O8(Y124)、Bi2212、Tl2212 など
•三層系: HgBa2Ca2Cu3O8(Hg1223)、Bi2223、Tl2223 など

 ここで次のような疑問が生じます。

• 隣接する面と面は、本当に互いに独立して振る舞っているのだろうか。
• もし磁気的な面間結合が存在するとすれば、それは超伝導やスピンの振る舞いにどのような影響を与えるのだろうか。

 かつては主たる議論の陰に隠れがちだったこの問題は、1990年代の多層銅酸化物研究において重要な研究対象となり、現在では二層ニッケル酸化物 La3Ni2O7 の超伝導研究において再び注目を集めています。[14-15]

2. NMRは何を見ているのか:反強磁性揺らぎのプローブ

 面間相関の問題を理解するためには、NMRが何を観測しているのかを説明しておく必要があります。NMRでは原子核スピンを微視的な磁気プローブとして利用し、電子スピンがつくる局所磁場の揺らぎを観測します。[1-3]

• スピン格子緩和時間 T1: スピン格子緩和時間 T1 は、外部から乱された核スピンが熱平衡状態へ戻る時間を表します。その逆数を温度 T で規格化した 1/T1T は、電子スピンの低エネルギー動的揺らぎを反映しています。
• スピンエコー減衰時間 T2G: 一方、T2G はスピンエコー信号のガウス型減衰成分を表します。これは電子スピンを媒介とする核スピン間間接相互作用に由来し、電子スピン相関の静的な特徴に敏感です。

 非常に大雑把に言えば、両物理量はともに電子スピンの反強磁性相関を見ていますが、その中でも 1/T1T はスピンの動的な情報、1/T2G はスピンの静的な部分に関する情報を与えると言うことができます。[1-3]

3. 1990年代の実験の謎:擬ギャップ領域における 1/T1T と 1/T2G の乖離

 1990年代、YBCOやY124などの多層銅酸化物において、NMR測定から奇妙な実験事実が浮かび上がってきました。超伝導転移温度より高温の擬ギャップ温度以下で、以下のような明らかな乖離が観測されたのです。[4-5]

• 1/T1T は減少: つまり、低エネルギーのスピン揺らぎが抑制されている(擬ギャップが開いている)ことを意味します。
• 1/T2G は逆に増大: 即ち、静的なスピン相関はむしろ発達していることを示唆していました。

 動的な揺らぎ成分は減っているのに、静的な相関はむしろ増強されているというこの結果は、同じ反強磁性スピン相関を見ているはずの物理量として一見矛盾しており、従来の単純な二次元面描像の枠組みだけでは理解が困難なミステリーでした。

4. 面間相関という先駆的着想:微弱な結合の増幅

 この謎に対し、結晶内の「面間結合」に着目した先駆的な理論的アプローチが現れました。面と面の間の交換相互作用 J⊥ は、面内相互作用 J に比べれば一般に非常に微弱であると考えられていました。しかし1990年代半ば、Kishineは博士論文 [9]、およびその後の研究 [10,11] の中で、「たとえ面間結合そのものは弱くても、面内で発達した強い反強磁性スピン揺らぎによって実効的に大きく増幅され得る」ことを理論的に示すとともに、二重層系における層間交換結合がスピン励起スペクトルに及ぼす効果を定式化し、核スピンエコー減衰率(1/T2G)の振る舞いへの影響を具体的に論じました。面間結合を単なる微小補正ではなく、「系全体の磁気励起を変化させる能動的な自由度」として捉えたこの着想は、極めて独創的な視点でした。[9-11]
 また、この頃、SternらはNQRスピンエコー二重共鳴法を用いて二重CuO₂面間の結合を直接観測し、面間結合の強さが温度低下とともに増大することを報告していました。[7] さらに、Suterらは、同じ手法を用いて常伝導状態では強い面間反強磁性相関が存在し、超伝導状態では面間スピン偏極移動が著しく抑制されることを示しました。[8]

5. 1998年の定式化:超微細相互作用の「幾何学的効果」と謎の解明

 Kishineによる二重層理論の展開を踏まえ、1998年の研究(Goto & Shimizu)では、多層系のNMR異常を統一的に解明するための定式化を行いました。[12]本論文の核心は、面間スピン帯磁率 χ12(q) を通して核サイトに現れる超微細相互作用の「幾何学的効果(幾何学的ファクター)」を解き明かした点にあります。[12] 多層系において上下の層が互い違いに揺らぐ「逆相モード」が存在するとき、核サイトで感じる局所磁場は、超微細相互作用テンソルの幾何学的配置によって決定的な干渉を受けます。その結果、

• 1/T1T においては、逆相モードの動的局所磁場が核サイトで幾何学的に打ち消し合い(相殺)、抑制される。
• 1/T2G においては、核スピン間間接相互作用を媒介する電子スピン相関が相殺されることなく足し合わされ、増幅される。

という、全く正反対の振る舞いが必然的に導かれることが明らかになりました。これにより、1990年代の実験者を悩ませていた「1/T1T の減少と 1/T2G の増大の乖離」という多層系特有のNMR異常が、微視的な幾何学的機構によって自然に理解されることが示されました。[12]さらに本研究では、この効果を、二層系のみならず三層系(tri-layered)まで包括した一般理論へと拡張しました。この幾何学的効果を考慮した定式化により、面間スピン帯磁率 χ12 が T1 と T2G の比較を通して実験データから具体的に定量評価できる観測量として確立されました。[12]

多層銅酸化物における面内及び面間スピン帯磁率の模式図。面間交換相互作用 J⊥ によって生じる面間スピン帯磁率χ12は、NMR緩和率 1/T1T と 1/T2Gに異なる寄与を与え、多層系特有のNMR異常を説明する。


6. 2002年の実験的検証:三層系超伝導体による直接実証

 理論の妥当性を確かめるためには、実際の物質中においてその効果を検証する必要があります。そこで、三層系超伝導体 HgBa2Ca2Cu3O8+δ(Hg1223)を用いたNMR実験を行いました。[13]三層系では、結晶構造の対称性の違いから、外層(OP:Outer Plane)と 内層(IP:Inner Plane)の信号を、同一結晶内のNMRスペクトル上で明瞭に区別して観測することができます。この三層系ならではの特徴を活かして詳細なスピンエコー測定を行った結果、観測された T2G 異常は、内層と外層の間に実在する面間スピン相関と超微細相互作用の幾何学的効果によって極めて自然に再現され、1998年の理論的枠組みを決定的に支持する実験的証拠が得られました。[13]

7. 2020年代の視点:二層ニッケル超伝導体との接点

 近年、二層ニッケル酸化物 La3Ni2O7 の高圧下における超伝導の発見により、面間交換相互作用 J⊥ の役割が再び物理学界の最前線で注目を集めています。[14] 現在、この系を記述するために bilayer t-J-J⊥ 模型などを用いた精力的な理論計算が世界中で進められています。[15]これらの現代の研究では、面内相互作用と面間結合 J⊥ の強さのバランスによって、超伝導ペア形成(ペアリング)が「面内(intralayer)」から「面間(interlayer)」へとどのように移行していくかが微視的に描き出されています。[14,15]
 もちろん、銅酸化物とニッケル酸化物は同じ強相関電子系であっても、電子配置、軌道自由度、Hund結合の有無、面間結合の起源などにおいて本質的な物理の違いが存在します。したがって、多層銅酸化物の知見をそのままニッケル系にスライドさせることはできません。しかし、「面間結合 J⊥ は、系全体の低エネルギー物理を決定する本質的な自由度になり得る」という現代の指摘は、1990年代に銅酸化物で議論された「面間スピン相関」の問題意識と共通する系譜の上に位置付けることができると考えています。[9-15]

8. まとめ

 1990年代から2000年代にかけての研究は、面間磁気相関を定量的・微視的に議論するための具体的な実験的枠組みを与えました。近年の二層ニッケル超伝導体を巡る活発な研究動向を眺めていると、多層系における面間相関の問題は、新しい物質の登場とともに繰り返し現れる、物性物理における普遍的な課題の一つであるように思われます。[14,15]
 なお、基礎物理学的な視点を補足するならば、純粋な二次元ハイゼンベルク反強磁性体ではマーミン・ワグナーの定理により有限温度での磁気秩序化が禁じられているため、実在結晶の親物質において反強磁性秩序が観測される背景には、微小であっても面間交換結合 J⊥ が介在して実効的な次元性を引き上げているという側面があります。この意味で、面間相関は単なる補正項ではなく、実在の多層系を理解する上で本質的な自由度の一つであると考えることができます。超伝導転移温度(Tc)に関していえば、一般に同じ系列の構造ではより多層の構造の方がTcが高い傾向があります。その理由について、今日ではキャリアドープ量や乱れの影響など多角的な観点から理解が進められていますが、面間スピン相関の役割も考慮すべき重要なファクターであると考えられます。現時点で振り返ると、面間スピン相関の検出と評価は、多層系物質が内包する微細な面間相互作用の物理的実体を微視的プローブによって捉えた重要な試みであったと言えるのではないでしょうか。

参考文献
 
NMRの基礎
[1] T. Moriya, Nuclear Magnetic Relaxation in Antiferromagnets, Prog. Theor. Phys. 16, 23 (1956).
[2] C. P. Slichter, Principles of Magnetic Resonance (Springer).
[3] A. Narath and H. T. Weaver, Effects of Electron-Electron Interactions on Nuclear Spin-Lattice Relaxation in Metals, Phys. Rev. 175, 373 (1968).

高温超伝導体NMR(実験的背景)
[4] C. P. Slichter, Magnetic Resonance Studies of High Temperature Superconductors, in Handbook of High-Temperature Superconductivity: Theory and Experiment, edited by J. R. Schrieffer and J. S. Brooks (Springer, New York, 2007), pp. 215–256.
[5] H. Alloul, NMR in Correlated Electron Systems: Illustration on the Cuprates, in Quantum Materials: Experiments and Theory, Lecture Notes of the Autumn School Correlated Electrons (Forschungszentrum Jülich, 2016).
[6] R. Stern, M. Mali, J. Roos, and D. Brinkmann, Spin pseudogap and interplane coupling in Y2Ba4Cu7O15: A 63Cu nuclear spin-spin relaxation study, Phys. Rev. B 51, 15478 (1995).
[7] R. Stern, M. Mali, J. Roos, and D. Brinkmann, Interplane coupling in the superconductor Y₂Ba₄Cu₇O₁₅ as revealed by NQR spin-echo double resonance, Phys. Rev. B 52, R15734 (1995).
[8] A. Suter, M. Mali, J. Roos, and D. Brinkmann, Interplane Electronic Spin Polarization Transfer in the Superconducting State of Y₂Ba₄Cu₇O₁₅ as revealed by NQR Spin-Echo Double Resonance, Phys. Rev. Lett. 82, 1309 (1999).

面間相関の理論的背景
[9] J. Kishine, Spin Fluctuations in Magnetically Coupled Bilayer Cuprates, Ph.D. Thesis, University of Tokyo (1996).
[10] J. Kishine, Nuclear Gaussian Spin-Echo Decay in Magnetically Coupled Bilayer Cuprates, J. Phys. Soc. Jpn. 66, 1229 (1997).
[11] J. Kishine, Interlayer-coupling-induced enhancement of the spin-gap behavior in bilayer cuprates, Physica C 282-287, 1771 (1997).

本研究
[12] A. Goto and T. Shimizu, Roles of the interlayer spin correlations in the Cu NMR relaxation rates of bi- and tri-layered high-Tc cuprates, Phys. Rev. B 57, 7977 (1998).
[13] A. Goto, W. G. Clark, P. Vonlanthen, K. B. Tanaka, T. Shimizu, K. Hashi, P. V. P. S. S. Sastry, and J. Schwartz, Origin of the Enhanced Copper Spin Echo Decay Rate in the Pseudogap Regime of the Multilayer High-Tc Cuprates, Phys. Rev. Lett. 89, 127002 (2002).

現代的文脈
[14] Xing-Zhou Qu, Dai-Wei Qu, Jialin Chen, Congjun Wu, Fan Yang, Wei Li, and Gang Su, Bilayer t-J-J⊥ Model and Magnetically Mediated Pairing in the Pressurized Nickelate La3Ni2O7, Phys. Rev. Lett. 132, 036502 (2024).
[15] Yuan Yang, Xin Lu, Yuan Wan, Wei-Qiang Chen, and Shou-Shu Gong, Evolution from intralayer to interlayer superconductivity in a bilayer t-J-J⊥ ladder, Phys. Rev. B 114, 225122 (2026).

注記:本稿は、1990年代から2000年代前半にかけて著者らが行った多層銅酸化物のNMR研究を、2020年代に進展した二層ニッケル超伝導体研究の文脈から振り返ったもので、多層銅酸化物研究とニッケル超伝導体研究との間に直接的な系譜関係を主張するものではなく、層間相関の物理という共通の問題意識から両者を位置付けたものです。本ページは教育・研究目的の解説記事のため、学術的引用の際には、本文中に示した原著論文をご参照ください。

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