3次元アトムプローブ法の原理
Principle of Atom Probe Tomography
電界蒸発(Field Evaporation)とアトムプローブ
電界蒸発(Field Evaporation)は、数V/nm程度の高い電界下で導電性物質の原子が表面からイオン化して蒸発する現象である。このような高電界は、先鋭な試料に高電圧を掛けることで実現でき、実際には電界蒸発は電界イオン顕微鏡(FIM)や走査トンネル顕微鏡(STM)の探針でしか観察されない。図1の動画は、タングステンのFIM像であり、通常のFIM像取得時よりも高い電圧を掛けた際に、試料表面からタングステン原子が電界蒸発によってイオン化される様子を観察したものである。このような電界蒸発を高速の高電圧パルスによって引き起こし、電界蒸発したイオンが検出器に到達するまでの飛行時間を測定して質量分析を行うのが、アトムプローブである。
図1. タングステン表面からの電界蒸発を観察したFIM像(GIFアニメーション)
アトムプローブ電界イオン顕微鏡
アトムプローブ電界イオン顕微鏡(APFIM)は、FIMのスクリーン中央にイオンが通過できる穴を設け、イオンの飛行時間測定を行うことで試料表面からイオン化された個々の原子を同定し、サブナノメーター領域の濃度分析を行う装置である。
図2. アトムプローブ電界イオン顕微鏡(APFIM)の模式図
FIM像によって相のコントラストを観察し、分析したい領域をプローブホールで覆った後、FIM像観察に必要な電界よりもさらに高い電界を試料に印加すると、試料表面の原子がイオン化される。このような原子の電界蒸発を高電圧パルスによって起こせば、原子がイオン化される瞬間から加速されて検出器に到達するまでの飛行時間を測定できる。イオンのエネルギーは印加電圧から求められるため、飛行時間測定によってイオンの質量を決定することができる。原子は電界蒸発によって試料表面から1原子層ずつイオン化されていくので、プローブホールで覆った領域の深さ方向の濃度プロファイルが測定可能である。面内方向の分析の空間分解能はプローブホールの試料表面への投影径によって決まり、これは試料半径や試料とスクリーンとの距離(FIM像の倍率)に依存する。通常、実用的な面内方向の分解能は0.5~2 nm程度である。一方、原子が1原子層ごとに蒸発する性質を利用すれば、深さ方向に1原子層(0.2 nm)の分解能を得ることができる。さらにアトムプローブはイオンを飛行時間測定によって同定するので、検出効率は原理的に質量(原子の種類)にかかわらず一定である。したがって、水素、窒素、酸素、炭素、ボロンなど、実用材料で特に重要な軽元素の定量分析も可能であり、これが大きな特長となっている。
3次元アトムプローブ(3DAP)の原理
1988年にオックスフォード大学のA. Cerezoらによって開発された位置敏感型アトムプローブ(position sensitive atom probe; PoSAP)は、アトムプローブ検出器に位置敏感型検出器(position sensitive detector)を導入したものである。この装置では、従来のアトムプローブで分析領域選択のために用いられていたプローブホールを使用せず、位置敏感型検出器に到達した原子の飛行時間と位置を同時に測定できる。この装置を用いることで、試料表面に存在する合金中の構成元素を原子レベルの空間分解能で2次元マップとして表示できるだけでなく、電界蒸発現象を利用して試料表面を1原子層ずつ蒸発させることで、2次元マップを深さ方向へと拡張することも可能となる。これらのデータをコンピュータで蓄積し再構成することにより、合金中の原子の分布を3次元的に再構築することができる。この手法は、従来のアトムプローブで分析領域がプローブホールの微細な領域に限定されるという欠点を克服しただけでなく、個々の原子の位置をサブナノメーター単位の分解能で決定できるユニークな分析方法である。
図3. 3次元アトムプローブの模式図(GIFアニメーション)
位置敏感型アトムプローブでは、位置検出器の特性上、複数のイオンが同時に検出器に到達すると、それらのイオンの位置測定ができないという欠点がある。これを改善するため、フランスのルーアン大学のグループは、位置検出器として100個の陽極を使った多重検出システムを採用し、断層アトムプローブ(Tomographic Atom Probe; TAP)と名付けた。いずれにせよ、イオンの飛行時間測定と位置検出を同時に行うという点ではPoSAPと原理は同じで、これらのデータを再構成することで原子位置の3次元的な情報が得られる。こうしたアトムプローブは総称して「3次元アトムプローブ(Three-Dimensional Atom Probe; 3DAP、またはAtom Probe Tomography; APT)」と呼ばれている。

図4. 400 ℃で長時間熱処理されたCr-20Fe合金の3次元アトムプローブによる3次元元素マップと濃度マップ
3次元アトムプローブで得られた元素マッピングの例を図4に示している。分析領域は約20 × 20 nmで、個々の点は原子が検出された位置を表している。青い点はCr原子、赤い点はFe原子に対応し、このデータからFe原子が集まった微細な析出物が分析領域内に存在することが分かる。濃度マッピングは、元素マッピングから各原子の個数を計算し、0.4 × 0.4 nmをピクセルとして濃度情報を表示したものだ。
こうした2次元の元素マップを連続して収集し、原子が検出された順序に比例したz座標を与えることで、図5のように合金中の元素の3次元分布を得ることができる。3次元アトムプローブを使うことで、従来のどんな解析手法よりも高い分解能で原子の存在位置を決定できる。

図5. Nd-Be-B-Cu合金から得られた3次元原子マップ(GIFアニメーション)(※緑はNd原子、赤は銅原子を示す)