概要

概要

宝野 和博 拠点長)
 自動車のパワステ、ワイパー、ハイブリッド自動車のモーター、エアコンや冷蔵庫のコンプレッサー、医療用MRIやPCのハードディスクまでわたしたちの身の回りには、想像以上に多くの磁石が使用されています。ハードディスクの内部にはデスクを回転させるスピンドルモータ、ヘッドを高速で動かすアクチュエーター、大容量の磁気情報を蓄えるナノ粒子磁石、また磁気情報を読みだす磁気抵抗素子など、さまざまな磁性材料が使われています。NIMSの磁性材料研究は、強磁性材料の構造をミクロ・ナノ・原子レベルで制御して磁石の性能を向上させることにより、磁石を使うデバイスの小型化により電力消費を削減することを目指しています。磁性材料の高性能・高効率化は環境コスト低減に直結するからです。

高性能磁石の必要性

 磁石は外部からのエネルギーなしに磁場を発生できるので、発電機やモータなど電力⇔動力の変換に使われています。磁石を使わない誘導モータや誘導発電機は大きくなってしまい、電気自動車や風力発電など、小型・軽量・高効率が要求される用途には適していません。これらの電力・動力変換機器に高性能なネオジム磁石を使うことにより、機器の小型化・高効率化が可能となり、大きな省エネ効果が期待されます。

ハードディスクに不可欠な磁石

 今や、年間のハードディスクドライブの出荷台数は約6億台で、これはテレビやパーソナルコンピュータを遙かに上回っています。高品位テレビ(HDTV)の録画やコンピュータのデータ保存に大量に使われているハードディスクドライブ(HDD)のディスク表面には直径6nm程度の磁石粒子が高密度で配向分散しています。このナノ磁石のS/N方向を変えることによって、ビットを記録しています。ハードディスクドライブではこのようなディスクを高速で回転させ、磁界を感知するヘッドで磁気情報を読み取るわけですが、このディスクを回転させる超小型のスピンドルモータとヘッドを動かすボイスコイルモーターにもネオジム磁石が使われています。つまり、ネオジム磁石なしでは、ハードディスクドライブの高密度化・小型化は全く不可能だったともいえます。データストレージに使われるナノ磁石ハードディスクドライブのディスクで磁気情報を記録するナノ粒子には、現在Co-Pt-Cr(コバルト・白金・クロム)合金が使われていますが、現状(~700Gbit/in2)の倍以上の磁気記録をおこなうためには、Co基合金よりも一桁以上高い結晶磁気異方性を持つFePt合金を使ってハードディスクドライブの磁気記録媒体を作る必要があります。

ハードディスクのヘッドに応用されるスピントロニクス

 ハードディスクドライブのヘッドとして使われてきた巨大磁気抵抗(GMR)素子は磁性体層と非磁性体層をナノスケールで積層した素子で、磁性体の相対的な磁化方向によって電気抵抗が変化します。この現象の発見により磁性体のスピンの方向で電流を制御するスピントロニクスと呼ばれる分野が形成され、GMRは発見後僅か10年でハードディスクの再生磁気ヘッドとして市場投入されました。現在のハードディスクドライブのヘッドには小さな磁場変化で大きな電気抵抗変化の起こるトンネル磁気抵抗素子(TMR)が使われていますが、HDDの記録密度が2Tbit/in2を超えるあたりで、絶縁体を使うTMR素子では、高電気抵抗のために高速応答性に対応できなくなると予想されています。そのため、電気抵抗の低いGMRで高い磁気抵抗出力を得る研究や、全く新しいタイプの磁気センサーの開発が進められています。

磁石を応用したメモリ、MRAMの可能性

 このようなハードディスクドライブはビット単価が安く、大容量のデータストレージに適しています。一方、より高速記録再生の必要なコンピュータのワークメモリでは、コンデンサに電荷を蓄えて情報を保存するDRAMが広く使われています。DRAMでは電源を切ると電荷が放電によってデータが失われてしまう(揮発性)ため、現在のコンピュータでは起動時にハードディスクドライブからもう一度データを読み込む必要があります。MRAMという新しいメモリでは情報の保存にTMR素子を使用します。それにより電源を切ってもデータは磁石により保持される(不揮発)ことになります。MRAMは素早い起動が可能なインスタントオンコンピュータのワークメモリとして期待されていますが、それだけではありません。将来安価で高容量のMRAMが開発されれば、ハードディスクのようなデータストレージにも置き換わる可能性があるのです。MRAMはディスクを高速回転させる必要がないため、実現すると、IT分野における膨大な省電力効果が期待できます。


 このように磁性・スピントロニクス材料研究拠点ではさまざまな磁性材料からナノ構造を構築することにより、磁石特性・軟磁気特性・磁気記録特性・電子のスピンに依存する伝導特性を最大限に引き出し、省エネルギーに貢献する材料イノベーションを目指しています。
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