透過電子顕微鏡のデータ管理とDigitalMicrograph

  木本浩司上杉文彦
  計測データをいわゆるビックデータと見做し、インフォマティクス技術と組み合わせる計測インフォマティクスの研究開発が進んでいる。電子顕微鏡においても装置の自動化が進み、データ科学を活用したデータ解析が進んでいる。従来は電子顕微鏡のユーザーのみが特定のソフトウエアで個々の計測結果を確認していたが、データベース化することで他分野の研究者も含めた高度な解析が可能になる。本稿では、透過電子顕微鏡における計測ソフトウエアやデータ形式について説明し、特に広く用いられているGatan社のDigitalMicrograph(DM)について説明する。

  もくじ 

   1. 透過電子顕微鏡のデータ処理ソフトウエア群とDigitalMicrograph
    1.1. 電子顕微鏡計測のソフトウエア
    1.2. データ形式とデータの可読性
   2. DigitalMicrograph(DM)のデータ管理
    2.1. DigitalMicrographが扱うデータの種類
    2.2. メタデータ(タグデータ)の一例
    2.3. タグデータによるDMデータ種類の分別
    2.4. メタデータの編集・継承
   3. 謝辞および参考サイト
    3.1. 謝辞
    3.2. 参考となるサイト

1. 透過電子顕微鏡のデータ処理ソフトウエア群とDigitalMicrograph

1.1. 電子顕微鏡計測のソフトウエア
   広義の透過電子顕微鏡法(TEM)では、TEM像や回折図形の取得、走査透過電子顕微鏡法(STEM)による像観察、電子エネルギー損失分光法(EELS)やエネルギー分散型X線分光法(EDS)によるスペクトル計測など、さまざまなデータを取得する。それらのデータ処理をするソフトウエアとしては、Gatan社のDigitalMicrograph [1]や、National Institutes of Healthから開発が始まったImageJ [2]、Thermo Fisher ScientificのVelox [3]、日本電子 [4]のTEM Center (あるいはJED-2300 Analysis Station Plus)、日立ハイテクの[5]のソフトウエアなどが用いられている。DigitalMicrographとImageJは比較的広く普及しており、前者は機能制限版が無料で、後者も無料でダウンロードできる。
   現在多くの計測結果は、装置付属のソフトウエアを使って、デジタルデータとして保存される(ここでは仮に生データと呼ぶ)。生データには実験条件(例えば加速電圧や倍率など)がメタデータとして同時に保存される。DMでは計測結果を.dm3等の拡張子を有する生データとして保存することで、多くのメタデータが保存される。
   共同研究者が共通のソフトウエアを利用することで、データの活用が飛躍的に容易になる。例えばTEM像を8bit JPEG画像データとして提供すると、データ本来の階調情報や倍率等のメタデータは失われ、解析に支障をきたす。DMのデータ形式で生データを提供することで、データ階調を失うことなく、多くのメタデータを提供できる。

1.2. データ形式とデータの可読性
   メタデータを含む電子顕微鏡用のデータ形式はすでに様々なものが用いられている。例えば複数画像を取り扱うフォーマットとして、Medical Research Council Laboratory of Molecular Biologyが作成したMRCフォーマット(バイナリーデータ)が使われており,メタデータはヘッダに保存される [6]。EELSやEDSの場合には,EMSA/MAS形式と呼ばれるテキストデータ(拡張子.msa)が用いられている [7]。また、DMやImageJはいずれもさまざまなデータ形式で保存・入力することができ、例えばオープンソースプロジェクトであるImageJあるいはFijiでは.dm3のメタデータを読むことが可能である。


2. DigitalMicrograph(DM)のデータ管理

2.1. DigitalMicrographが扱うデータの種類
   DigitalMicrograph(DM)は当初TEM装置用CCDカメラ画像のデータ取得のために開発され、その後エネルギー損失スペクトルの取得にも使われた。さらに走査透過電子顕微鏡の画像データの取得や、EDSスペクトルの取得、スペクトラムイメージングなどの3次元データ、4D-STEMなどの4次元データなど、さまざまなデータを取り扱えるようになっている。すべて共通の拡張子(.dm3, .dm4など)であるため、どのような計測であるのかは、メタデータで識別される。
2.2. メタデータ(タグデータ)の一例
   ソフトウエアのDigitalMicrographは制御する装置の条件に加え、電子顕微鏡本体を制御するソフトウエアと通信し電子顕微鏡本体の情報を取得する。メタデータはタグ情報として記録されており、ユーザーが自由に読む(Ctrl+D: Image info...)ことができる。

表1 日本電子の装置を使って計測した計測データに記録されているメタデータ

 note label

 Description

EELS

EDS

STEM

TEM

Diff

Meta Data.Signal

 

EELS

X-ray

 

 

 

Microscope Info.Imaging Mode

Post-specimen lens setting

結像系レンズ設定

 

MAG

MAG1

MAG2

SAMAG

LowMAG

DIFF

Microscope Info.Illumination Mode

Pre-specimen lens setting

照射系レンズ設定

 

STEM

TEM

TEM

Microscope Info.Operation Mode

Microscope operation mode

電子顕微鏡モード

 

SCANNING

IMAGING

DIFFRACTION



表2 Thermo Fisher Scientificの装置を使って計測した計測データに記録されているメタデータ

 note label

 Description

EELS

EDS

STEM

TEM

Diff

Diff in STEM

Meta Data.Signal

 

EELS

X-ray

 

 

 

 

Microscope Info .Imaging Mode

Post-specimen lens setting

結像系レンズ設定

 

DIFFRACTION

IMAGING

DIFFRACTION

DIFFRACTION

Microscope Info.Illumination Mode

Pre-specimen lens setting

照射系レンズ設定

 

STEM

STEM NANOPROBE

TEM

TEM

STEM

Microscope Info.Operation Mode

Microscope operation mode

電子顕微鏡モード

 

SCANNING

IMAGING

DIFFRACTION

SCANNING

  顕微鏡のモードとして、3つ(Imaging Mode、Illumination Mode、Operation Mode)が示されているがそれらは順に、コンデンサーレンズ系、投影レンズ系、および全体の設定を示している。それらの名称は、表に示したように電子顕微鏡メーカーによって若干異なっているが、Operation Modeは共通なので、TEM像(IMAGING)とSTEM像(SCANNING)と電子回折図形(DIFFRACTION)の識別はできる。

2.3. タグデータによるDMデータ種類の分別
 タグデータによるDMデータの振り分けを図1に示す。これは著者がユーザーとして予想したもので、Gatan社が示している公式なものではないことをご了解いただきたい。  まず、取得データがEELSやEDSのスペクトルデータかを判断する。次に取得データがSTEMにより取得された画像かを判断できる。

DMdiagram

2.4. メタデータの編集・継承  
  DigitalMicrographで通常の機能で取得された生データには、多くのメタデータがTagとして記録されている。ユーザーは(ctrl+D)で確認できる。Scriptを使ってメタデータは一つ一つ編集できる。

  • SetNumberNote(img, "notelabel", num)
    GetStringNote(img,"notelabel", str)
 生データをデータ処理して別のファイルとして保存する際に、タグデータが引き継がれない問題がある。例えば所望の部分のみ切り出して保存するなどした場合や、複数枚の画像を演算して新たな画像を得た場合、タグデータが引き継がれていないことが多い。データベースに登録する場合などにはタグデータが重要であるため、生データから継承する必要がある。
 DMの以下のscriptを使うことで、生データからTagを丸ごと処理したデータに容易にコピーできる。
  • if(!GetTwoLabeledImagesWithPrompt("Select 'Source' and 'Target' images","Copy ALL Tags.", "from", imgfrom, "to", imgto)) exit(0)
    TagGroup SourceTags =ImageGetTagGroup(imgfrom)
    TagGroup TargetTags =ImageGetTagGroup(imgto)
    TagGroupCopyTagsFrom(TargetTags, SourceTags)


3. 謝辞および参考サイト

3.1. 謝辞

 本稿を執筆するにあたっては、次の方々の協力を得ています。吉川純、CRETU Ovidiu、長井拓郎、鈴木峰晴、櫻井璃保、長尾浩子、原田善之、桑島功、吉川英樹 (順不同敬称略)。

3.2. 参考となるサイト
[1] Gatan DigitalMicrograph, https://www.gatan.com/products/tem-analysis/gatan-microscopy-suite-software
[2] ImageJ, https://imagej.nih.gov/ij/
[3] Thermo Fisher Scientific TEM製品 https://www.thermofisher.com/jp/ja/home/electron-microscopy/products.html
ソフトウエア, https://www.thermofisher.com/jp/ja/home/electron-microscopy/products/software-em-3d-vis/velox-software.html
[4] JEOL 透過電子顕微鏡, https://www.jeol.co.jp/products/list_tem.html
[5] 日立ハイテク 電子顕微鏡, https://www.hitachi-hightech.com/jp/science/products/microscopes/electron-microscope/
[6] MRC format, http://www.ccpem.ac.uk/mrc_format/mrc_format.php
[7] MSA format, https://www.microscopy.org/resources/scientific_data/