北浦良 グループリーダー(左)と田村亮 チームリーダー

融合研究がつくった出会い


新材料創製には人に気づきを与えるMIが必要になってくる


北浦良 ナノアーキテクトニクス材料研究センター
量子材料分野 2次元系量子材料グループ グループリーダー


田村亮 マテリアル基盤研究センター
材料設計分野 データ駆動型アルゴリズムチーム チームリーダー



名古屋大学からNIMS/MANAに移籍してきた量子材料分野 2次元系量子材料グループの北浦良は、いわゆる材料創製の実験をおこなう研究者。一方、データ解析とAIの手法を駆使するマテリアル基盤研究センターの田村亮は、データドリブン研究の専門家。マテリアルズインフォマティクスと呼ばれるデータ駆動型の材料探索に興味のあった北浦は、MANAの融合研究プログラムをきっかけに田村と共同研究をすることになった。データと実験、この融合は、二人の「リョウ」に何をもたらしたのか。




「この人、なんか面白そうだな」からのはじまり


北浦は長く低次元の薄膜結晶や低次元ナノ物質を研究してきた。低次元ナノ物質とは、有名なところでは、原子一層の薄膜結晶であるグラフェンが挙げられる。現在は二硫化モリブデン(MoS2)やセレン化タングステン(WSe2)等の成長・創製を通して、「物質の新しい機能をひきだす」「新機能の物質を生み出す」研究を続けている。一貫して低次元結晶をテーマにしているが、その探索、創製手法は化学気相成長法、半導体微細加工技術など多岐にわたる。

2022年、北浦は名古屋大学からNIMSへとやってきた。そこで新しい環境で、新しいことをやってみたいと考えていた。NIMS、そしてMANAならではの人と出会いたいと思っていた北浦は、MANAの融合研究プログラムを知る。これはちょうどいい。このプログラムを使って、誰かと共同研究が出来ないか。そう思っていろいろな手を尽くして研究者を探していた。

「機械学習や人工知能を使った材料探索、創製に興味はあったのですが、ほぼその知識を自分は持っていない。ゼロから始めるにはハードルが高かった。そうしたときに融合研究プログラムを知り、これはいい、と。予算もつくので、共同研究に誘いやすかった」と北浦は振り返る。

その北浦が「この人、おもしろそうだ」と思ったのが、データ解析による材料探索、いわゆるマテリアルズインフォマティクス(MI)を手がけていた田村だ。

「ウェブサイトの写真を見ておもしろそうな人だな、と直感しました。早速メールを送って、その時はコロナだったのでリモートでしたけど実際にしゃべってみて、やはり思った通りおもしろい。手がけていた論文やMIという手法が興味深いのはもちろん大事ですが、本人がいっしょにやっておもしろそうなことができるかどうか、それが大事でした」(北浦)

一方、声をかけられた田村はどう思ったのだろうか。

「データサイエンスを多くやっているので、様々な実験の方に多く声をかけられていました。しかし、今回の2次元材料はぼく自身、まったく扱ったことがなかった。MANAにいらっしゃる2次元をやっている研究者からは2次元特有の難しさ、たとえば表面しかないから外からの影響を受けやすいであるとか、つくりにくさ測りにくさも含めて、出来るのかという印象はありました。一方で、難しいことをやってみるおもしろさというのかな、難しいからこそ、声をかけていただけたのはうれしかったですね」(田村)

2022年の6月から準備を始め、2023年3月から本格的な共同研究は始まった。



研究内容


研究員画像
北浦良 グループリーダー

北浦の現在の研究対象は前述のセレン化タングステン(WSe2)だ。この2次元結晶をいかにきれいに創製するかをターゲットに、創製時の温度、原料の圧など、膨大なパラメータを組み合わせていくのだ。田村への期待は、この組み合わせをいかに効率的に行えるか、だった。

「具体的なすすめ方はこうです。まず、実験はもちろん、私たち(北浦)の方で行います。そこで何か特徴的なデータがでると、田村さんから提供頂いたプログラムでデータ解析します。すると、次はこのパラメータをこうしてみるといいよ、とプログラムが実験の提案をしてくれるのです。その提案されたプログラムを実験で実際に行う。こうしたプログラムによる提案と実際の実験を何度か繰り返した後、私たち実験チームだけで実験結果と提案についてディスカッションをする。その後、私たちと田村さんとで互いの結果を持ち寄り、方針などもディスカッションをする。こうした議論を重ねることで新しい材料に近づいていきました」(北浦)

実験にはどうしても時間がかかるため、ディスカッションは瀕回ではなかったが、ポイント・ポイントでの連携は重視していたという。


田村は解析プログラム自体をやり取りの中で検討していった。

「機械学習とAIの違いは難しいのですが、データを入れて何か返すという意味でのAIプログラムとここでは呼びます。最初に渡したAIプログラムが北浦さんの実験に対して良いものかどうか、もしかして全然ダメかもしれないという批判的な眼はもっていました。始めは他の(2次元ではない)材料系でも利用可能な汎用的なプログラムを使ってみましたが、北浦さんの求める2次元結晶で有効かどうかはわからなかった。やっぱりやってみて初めてわかることがある。プログラム自体もそうだし、材料のデータセットもそうです。まずはいっしょにやってみて、連携を深めることでこちらのプログラムも材料探索に敵したいいAIにしていくということをやっていました」(田村)

ここで重要だったのが、期待通りの結果が出なかった、いわゆるネガティブデータだ。論文ではネガティブデータはでてこないが、NIMS内部での共同研究ということで、ネガティブデータも多くやり取りした。その重要性を二人は口を揃える。

「ネガティブデータがないと逆にだめです。いいデータだけ扱ってもだめで、AIが育つにはネガティブが非常に重要です」(田村)

「解析の結果、これはだめだということがわかったわけですからね」(北浦)。

研究員画像
田村亮 チームリーダー


マテリアルズインフォマティクスと現場


こうしたAIやデータセット、データ解析を駆使するマテリアルズインフォマティクスは、近年特に注目を集めている。この手法をふたりはどのように感じているのだろうか。

「人に気づきを与えるという役割は担えるのかなと思っています。ある材料について、その結晶成長をよく知った人がいるならば、その人がやった方が絶対早い。いいものも見つかるでしょう。わたしはそう思っています。一方で、まったくの新しい結晶であれば、それを期待通りに使えるかどうかは何も知らないところからのスタートになる。そうしたとき、たまたま期待通りの材料が見つかるかもしれないけれど、この辺りを探索するといいよ、という気づきにMIはなれると思うんですよね」(田村)

「人間はどうしてもなれたところから離れたがらない。そうした習性があります。いったんうまくいったらそこから外れるのは勇気がいるし、逆に縛りにもなる。でもまったく違う探索をしたら意外とよかった、という発見はあると思います。人間の固定観念、思い込みからあえて外れることでうまくいくのではないか。もちろん、まだ私たちの探索もはじまったばかりで、長く使わないといえないこともありますが、融合研究をおこなった感触として、固定観念を超える気づきをえたということは言えます」(北浦)

北浦は、こうしたMIの手法は探索だけではなく、材料理解にも及ぶという。

「解析がでて、あるパラメータが重要でした、という結果がAIから出てくると、自分の思い込みとは違う結果が出ることもあり、それは材料の理解という意味で、非常に重要ですね。解析の結果にしても勘に頼るのもいいけれど、こうしたツールを使うことでより良い結果に結びつくことは十分ある」(北浦)


田村亮 チームリーダー(左)と北浦良 グループリーダー


MANAだからこそはじまった


北浦と田村の共同研究の結果は現在論文[1]作成に向けてさらにディスカッションが続いている1)

「データは出そろったのでまずはそれをきちっとした形でまとめます。そこから先は、こうして出会うことが出来たのだから、継続して集まり、いろいろと試してみたい」(北浦)

田村は今回の融合研究を通じて、MIが使われる場が、従来よりも難易度が高く、広がりが持てたという。

「MIが始まった当初は、シミュレーションだけで研究をやっていた。シミュレーションだと計算条件を設定して、シミュレーション上で結果が出て、では次のシミュレーション、というサイクルになり、アルゴリズムとしてはうまくいきそうですね、ということがわかるシンプルな形になります。これは、いわば計算機上で研究が閉じてしまうとも言える。一方、実際の実験結果を扱うには、しかも低次元結晶の材料創製探索という、かなり高難易度の実験や探索にも使ってもらうためには、今までシミュレーションで回していたようなプログラムでは使えるのか。それがちゃんと人間の気づきになれるのか。それが心配だったし、そもそも使っていただけるということがうれしくて、また、やり取りを通じて使えるMIになっていくということがすごく良い点でした」(田村)

論文を出してから、周囲の受け止めはどうだったのか。

「私は、もしNIMS、MANAにきていなくて、こうした機会がなかったら、多分田村さんにも声はかけていない。前職の環境でもMIやAIに興味はあったのですが、話で終わっていた。こうしたプログラムをきっかけとして彼に声をかけたことは、明らかにMANAにきたからそもそも始められたという思いが強い。MANAだからこそ出会えたんだと思っています」(北浦)



注)
  1. 2024年、ACS Applied Materials & Interfacesに作成された論文が掲載された

関連論文


TOP