
融合研究で見えたもの
超伝導磁束量子の動きを見る
薄膜作製技術と低温磁気光学イメージングの融合
立木実 ナノアーキテクトニクス材料研究センター
量子材料分野 量子物質特性グループ 主幹研究員
大井修一 ナノアーキテクトニクス材料研究センター
量子材料分野 量子物質特性グループ 主任研究員
多くの超伝導応用において、しばしばその性能の鍵を握るのが、超伝導体に侵入した磁場、すなわち磁束量子のふるまいである。MANA量子材料分野量子物質特性グループの立木実と大井修一は、同じグループに所属していながら異分野の専門性をそれぞれ活かし、MANA融合研究プログラムで磁束量子の「ふるまい観測」に挑んだ。
引きつけ合う磁束量子の動きを見たい!
超伝導体は、磁場に対する応答の違いでタイプIとタイプIIの2種類に区別される。タイプIIでは磁場が量子化された形で超伝導体内部に入り込むことができ、磁束量子や渦糸と呼ばれる。通常、2本の磁束量子は斥力相互作用により反発しあうことが知られている。ところが、タイプIとタイプIIの境界域にある超伝導体では、磁束量子が引力で引きつけ合う場合がある。この特異な現象は1970年前後に見出されていたが、意外にもこれまであまり知られておらず、さらに動的にその動きを捕えた観察はこれまで実現されていなかった。
今回、二人はMANA融合研究プログラムを使い、それぞれの専門分野からのアプローチを融合させ、超伝導磁束量子の1本1本の動きが見られる装置を開発することで、引力で引きつけ合う磁束量子のふるまいを直接観察しようとした。
同じグループに所属しているものの、立木と大井の専門分野は異なる。立木は半導体デバイスやセンサーデバイス、薄膜合成など、応用分野での研究者だ。一方の大井は超伝導、特に磁束量子物性を専門としており、30年以上にわたり磁束の観測を続けている。以前は別のグループに所属していたが、グループ再編を機に同じグループ所属となった。
「超伝導体に磁場をかけると、磁場が量子化されて超伝導体内部に侵入できる物質があります。その侵入した磁場の状態を磁束量子といい、銅酸化物高温超伝導体で一本一本磁束量子を数えることができる構造を作ったり、多数の磁束量子が集まった集団の性質を調べたりと、磁束量子に纏わる研究を大学からかれこれ30年以上やっています。こうした磁束量子の振る舞いを理解し制御することは、超伝導体の応用に欠かせません。学術的にもひも状物質の物理として非常に興味深いものです。そのような中、立木さんが融合研究をいっしょに申請しませんかと声をかけてくださったのです。」(大井)
「私は超伝導量子干渉デバイス(SQUID)やそれを応用した爆発物探知システム、走査型磁気顕微鏡の研究をしていたのですが、超伝導線材や超伝導薄膜デバイスの性能向上のために、これらの物質の微小磁気特性解析を行いたいと思っていました。」(立木)
二人が融合研究にいたるまでの流れは少々複雑だ。まず、KEK(高エネルギー加速器研究機構)で素粒子物理学の研究に使われる超伝導加速空洞において、使用されているニオブ材料の磁束ダイナミクスを評価する必要性からNIMSに声をかけていただいていた。立木はSQUIDセンサーによる独自の走査プローブ磁気顕微鏡を開発していたが、よりリアルタイムでの計測が可能な観測手法である磁気光学顕微鏡でもやってみてはどうか、ということで、大井が学生時代に磁気光学顕微鏡による研究を行っていた研究室の出身であるということもあり、ぜひやってみようということになる。
立木は機能性酸化物薄膜合成の経験があったため、センサーに使われる磁気光学薄膜の作製を担当し、極低温の超伝導磁気計測に精通した大井がシステムとしてのイメージング顕微鏡の立ち上げを担当することで、プロセスと計測という視点から今回のMANA融合研究プログラムを行うことになった。
どうやったら磁束量子を“直接”観測できる?

磁束量子は磁場中の超伝導物性を決めるキーファクターとして、世界中で研究が進められており、様々な手法による観察が行われているが、一本一本を動的に可視化・観測した例はあまりない。
「最初、大井さんに言われたのはこれまで磁束量子を個別に見るというのは直接的ではなく、間接的に、磁場電流特性としてしか見ていないということです。」(立木)
「以前までの私の研究では、サンプルに微細加工を加えて、その電気抵抗の変化を測定していると、磁束量子が入ったところでシグナルが飛ぶ。そういった形で観測していたのですが、絵として、つまりイメージングされたものとして見たことはなかったし、自分の目で見てみたい、と思ってはいて、それがモチベーションでした。」(大井)
そもそも磁束量子は、その磁場の拡がりがサブミクロン程度と小さな測定対象であり、動的に動くこともできるため、実空間・実時間観測の両立は容易ではない。例えば前述の走査プローブ型磁気顕微鏡は、STMと磁気センサーを組み合わせた立木独自のものであり、改良を重ねてきたが、ひとつの画面を撮るのにどうしても数分、長いと数十分かかってしまう。それでは磁束量子の動的な振る舞いを見ることは不可能だ。
では、どのようにして見るのか。ポイントは、磁気光学イメージングシステムには必須の、低温で使用可能な高性能磁気光学イメージングセンサーの作製だ。今回用いたBi置換希土類鉄ガーネットは可視光域で透明で、かつ磁気-光変換効率を表すベルデ定数が大きい物質で、30年ほど前から磁気光学イメージングセンサーとして用いられている。作製には、専ら液相エピタキシャル成長法(LPE)が用いられるが、高性能膜の作製は容易ではなく、単一磁束量子イメージングを可能とするグレードの膜は入手困難であった。他の方法での成膜も試みられているが、単一磁束量子観察を実現した例はなかった。そこで、パルスレーザー蒸着法(PLD)の弱点であった観察の妨げとなる液滴粒子の生成を抑えるべく、過去に立木が開発に携わったシャドウマスクを用いるいわゆるエクリプスPLD法を用いて、高性能イメージングセンサーの開発を行おうということになった。
このイメージングセンサーの作製が今回の融合研究の直接的なきっかけになったと大井はいう。
「最初はうまくいくかどうかもわからなかった。」(立木)
「うまくいけばいいね、くらいのつもりでした。」(大井)
「とりあえず何も考えずに、ぱっと作った磁気光学センサー薄膜を大井さんのクレジットカードの磁気部分に載せて見たら、反応していた。最初に作ったセンサーで反応したので、これはもっと特性を上げればうまくいけるんじゃないかと考えました。」(立木)
「ビギナーズラックですね。」(大井)
こうして一気に研究は進んだ。

高純度ニオブを磁場中(約12 Oe)で冷却した場合の動画。 超伝導転移温度(約9.2 K)以下で多数の磁束量子(黒い粒々)が現れ、8.5 K付近から徐々に引きつけ合い大きな塊(クラスター)を形成するのが分かる。
磁気光学イメージング顕微鏡では、磁気光学センサーを密着させた試料に磁場をかけ、それを極低温まで下げていく。低温容器の外側から偏光顕微鏡でこの磁気光学センサーを観察すると試料表面の磁場の強弱が画像の明るさとしてみえるので、高感度可視光カメラで動的に磁場の変化を観測できる。
「磁気光学薄膜作製のプロセスには、成膜温度など様々な条件がある。そうした諸条件を変えて、どう改良できるかを繰り返していった。試作を積み重ね、大井さんにだめなところ、変更すべき条件などコメントをもらう。その繰り返しです。PLD蒸着法で薄膜を作るには、高価なガスを使うのですが、MANA融合研究プログラムで予算がしっかりついたことが今回の成功につながったといえます。」(立木)
「磁束量子の観測を目標として低温での高性能な磁気光学イメージングシステムの構築を始めたわけですが、やはり要はセンサー薄膜だと思います。エクリプスPLD法という立木さんの手法がうまくはまったんです。」(大井)
今回の融合研究の成果は、論文[1]にまとめられ公開されている。

イノベーションと融合研究
今回のMANA融合研究プログラムを通じて、ふたりはどのようなことを感じたのだろうか。
「やっぱり異分野との交流は重要ですね。現在私たちは、同じグループ内で近いところでやっているんですけれど、やっていることは応用と基礎では違いますからね。雑談から共同研究が生まれたりするので、縦だけではなくて横のつながりや関係性がもっとあったらいいと思いますね。」(立木)
もともとMANAは、異分野、異文化、多国籍の横断的な「メルティングポット環境」を意識して創設された。その伝統がこの融合研究プログラムにも引き継がれていることがわかる。
「データベース化された多彩なNIMSの基礎基盤研究をAIなどを利用して組み合わせて異分野融合を促進することで、新結合によるイノベーションが生み出せるようになるのではと感じます。」(立木)
「今回でいうと、私たちは超伝導というテーマは同じなのですが、私たちがほとんど扱わないような分野のことについてももっと知識のある人がいるともっとよかった。今回のプログラムはペアリングプログラムで、少人数でうまく小回りが利くようになっていましたが、例えばもうひとり、磁性の専門家などが参加していたら磁気光学膜の開発に関して違った成果が上がったかもしれません。」(大井)