わたしたちは日常生活でさまざまな材料からつくられた光電子デバイス──光触媒、太陽電池、LED、レーザーなど──に囲まれて暮らしています。これらのデバイスの機能は、電子・正孔の光励起とそのエネルギー緩和、輸送、再結合といった微視的な過程に基づいています。このような過程は通常フェムト秒からマイクロ秒の時間スケールで起こり、異なる微視的過程の間の競合がしばしばデバイスの効率を左右します。
当研究室ではポンプ・プローブ技術を用いて金属、半導体およびそれらのナノ構造の超高速光学応答を研究しています。特にフェムト秒パルス光によって物質中に誘起されるコヒーレントフォノンに注目し、これらのフォノンを用いた「埋もれた界面」の電子状態や原子構造の評価への応用をめさしています。
  • ハイブリッド鉛ハライドペロブスカイトのフォノンの非調和性
  • 太陽電池材料のうち、有機無機ハイブリッド鉛ペロブスカイトは無機鉛ペロブスカイトよりも高い発電効率を示す傾向があります。当研究室では代表的なハイブリッド・ペロブスカイトであるCH3NH3PbI3について時間分解光カー効果測定を行い、CH3NH3 (MA)分子の秤動(libration)とねじれ(twisting)およびPbI3変角の振動数が励起強度増大とともに高波数シフトすることを見出しました。理論シミュレーションにより、高波数シフトの原因が振動ポテンシャルの非調和性であることを示しました。
  • Anharmonic organic cation vibrations in the hybrid lead halide perovskite CH3NH3PbI3, Phys. Rev. Mater. 5, 105402 (2021). [pdf]
  • ペロヴスカイト太陽電池の界面電荷移動ダイナミクス
  • 高発電効率のペロヴスカイト太陽電池を実現するためには、ペロヴスカイト膜と電荷輸送層の界面での効率的な電荷分離が不可欠です。当研究室では鉛ハライドペロスカイトMAPbI3から代表的な有機および無機正孔輸送層への正孔注入を系統的に研究しています。試料の両側からの差分過渡透過信号を測定することにより、正孔輸送物質によって正孔注入がサブピコ秒から数十ピコ秒の異なる時間スケールで起こることを明らかにしました。
  • Direct Observation of Ultrafast Hole Injection from Lead Halide Perovskite by Differential Transient Transmission Spectroscopy, J. Phys. Chem. Lett. 8, 3902 (2017). [pdf]
  • 間接ギャップ半導体およびそのヘテロ界面における音響パルスの光励起と検出s
  • 金属や半導体表面にフェムト秒レーザーパルスを照射すると、深さ方向に伝搬する歪みパルス(コヒーレント音響フォノン)を誘起できますが、半導体中では通常この効果は金属よりもはるかに弱くなります。当研究室では高感度ポンプ・プローブ法を用いて、金属膜トランスデューサーを用いないシリコン(Si)およびガリウム燐(GaP)中に音響パルスを光励起し観測することに成功しました。同じ手法を用いてGaP/Si(001)ヘテロ界面に超短音響パルスを励起観測することも可能なことから、界面構造の全光学的手法による非破壊評価への応用が期待されます。
  • Intrinsic coherent acoustic phonons in the indirect band gap semiconductors Si and GaP, Phys. Rev. B 95, 035207 (2017). [pdf]
  • Sub-picosecond acoustic pulses at buried GaP/Si interfaces, Appl. Phys. Lett. 111, 062105 (2017). [pdf]
    • 格子整合GaP/Si(001)界面のコヒーレント光学フォノン
    • 異種類の物質が接する「界面」は電子デバイスを構成するのに欠かせない要素ですが、光電子分光や走査プローブ顕微鏡などの技術でアクセスできる表面とは異なり、その電子状態を評価できる実験手法はごく限られています。当研究室では近紫外光を用いた共鳴励起条件下で、シリコン(001)面上に格子整合成長させたガリウム燐(GaP)薄膜の電子構造を評価することに成功しました。
    • 他方で、近赤外光を用いた非共鳴励起条件下では、シリコン基板からGaP薄膜への超高速電荷注入が起こることを明らかにしました。シリコン基板の光学フォノンが見かけ上奇妙な膜厚依存性を示すことを利用して、 界面のキャリアダイナミクスを基板のダイナミクスと分離することに成功しました。
    • Coherent phonon spectroscopy characterization of electronic bands at buried semiconductor heterointerfaces, Appl. Phys. Lett., 108, 051607 (2016). [pdf]
  • Separation of interface and substrate carrier dynamics at a heterointerface based on coherent optical phonons, [arXiv: 2110.03899]
    • 磁性薄膜のスピンダンピングの光学評価
    • 磁気ランダムアクセスメモリーに用いられる磁気トンネル接合に用いられる磁性材料には、スピンのダンピングが遅いことが求められます。当研究室ではホイスラー合金Co2FeAl薄膜のスピンダンピング定数 α の膜厚依存性を、時間分解磁気光学カー効果測定によって評価しました。
    • Increased magnetic damping in ultrathin films of Co2FeAl with perpendicular anisotropy, Appl. Phys. Lett., 110, 252409 (2017). [pdf]
    • グラファイトにおけるBorn-Oppenheimer近似の過渡的破綻
    • 10フェムト秒をきる超短パルス光を用いると、グラファイトのC-C伸縮振動(Gモード)のように高振動数のコヒーレント光学フォノンを励起することができます。当研究室ではフォノンのソフト化(Kohn異常)の光誘起弱体化を、C-C伸縮の振動数のピコ秒時間スケールの過渡的シフトとして観測しました。この現象は光励起キャリアが速い原子運動に過渡的についていけなくなったためと解釈することができます。
    • Ultrafast Electron-phonon Decoupling in Graphite, Phys. Rev. B 77, 121402(R) (2008). [pdf]