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物質・材料研究の『使える!メールマガジン』
vol.129
 
2022.9.14
歪み可視化シートの写真
今月の一枚
歪み可視化シート

タマムシのような光沢が美しい物体は「歪み可視化シート」。力を加えると変形した部分のみ、色が変化する(写真:シートを引張試験機にセットし、下部を固定して上へ引っ張ると、変形部分が赤から緑色に変色する)。このシートを橋や建物に貼ると、老朽化や地震などで表面にひび割れができた際、シートが変色し、目視だけで誰でも簡単にその異常を発見できる。9月1日は防災の日。NIMSでは、この歪み可視化シートをはじめ、災害から人々の命を守る様々な技術を開発している。

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NIMS Awardの写真
NIMS Award2022受賞者が決定!
今年は“医療技術を革新するバイオマテリアル”
プレスリリース 8/1

物質・材料に関わる科学技術において優れた業績を残した研究者に贈る国際賞「NIMS Award」。今年は医療技術の革新につながるバイオマテリアル研究を推進した3名に決定しました。授賞式および受賞講演は11/14のNIMS WEEK2022(東京国際フォーラム)にて開催する予定です。

まてりあるず's eye「防サビ実験」の写真
“防サビ”小実験! 
『まてりある’s eye』最新作配信中

金属をダメにするサビ。困ったものですが、サビって実はメカニズムが面白いんです!お家で簡単にできる『サビさせない実験』もご紹介。焼き芋を買ったら、包んであったアレでぜひトライしてみてください!

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低コスト化の新発想

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ヤシガニの写真
Vol.6
ヤシガニのハサミの構造解析
~ヤシガニを独自の視点から解析 夢の“超”強靭な材料開発に挑む!~

人の顔よりも大きな体に、巨大なハサミ——沖縄周辺に生息する希少生物「ヤシガニ」だ。そのハサミの挟む力はなんと体重の90倍、硬いヤシの実も粉々に砕くほどの怪力を持つ。このハサミの構造を解明し、超強靭な材料の開発に生かそうとしているのが、井上研究員だ。

2008年に「竹のように割れる鋼」を開発するなど、強度と靭性を兼ね備えた革新的な鉄鋼材料を生み出してきた井上。その後も自身の成果を超える強靭な材料を追い求めたものの、手応えを見出せない日々が続いた。

暗中模索すること10年、2018年に井上はインターネットで見つけた「ヤシガニの挟む力はライオンが噛む力に匹敵する」というプレスリリースに釘付けになる。「これだ……!」 最強のハサミを自らの目で確かめるべく、井上はすぐさま沖縄に向かった。

ハサミの断面の写真
ハサミの断面。電子顕微鏡などを用いてハサミの微細組織を入念に調べていくことで、徐々に構造が明らかになっていった。
物質の硬さを測る装置の写真

物質の硬さを測る装置。一定の力でダイヤモンドを食い込ませ、どのような傷がつくかによって硬さを判断する。

ヤシガニを前に、井上が目を付けたのが「挟む力の強さ」ではなく、「ハサミがなぜ壊れないのか?」という点だ。「どんな材料でも強度が上がると壊れやすくなるのが普通です。ヤシガニもこれほど強力に挟めば、ハサミ自体が損傷するはずなのに、なぜか壊れない。ここに新材料のヒントがあると思ったんです」(井上)。

鉄鋼材料を知り尽くした井上だからこその視点で、ハサミの解析を進めたところ、驚くべき構造が見えてきた。

まず、ハサミの硬さ。測ってみると、なんと鉄鋼並み(ビッカース硬さ:250HV)に硬いことが分かった。理由を探るため、ハサミの内部組織を立体的に観察したところ、2.5マイクロメートルの薄い板が100枚ほど積み重なった合板構造で、1枚の薄板は直径数百ナノメートルの繊維の束が水平に並んでおり、その束が、少しずつ角度を変えてねじれながら重なっていることを発見。

ヤシガニのハサミの構造図
ヤシガニのハサミは表面の硬質層、柔軟性のある内側の軟質層、そして両方をつなぐ中間層(図中、黄色部分)から成る。この複合構造が、強力に挟んでも壊れないハサミを実現している秘密だ。

この構造により、高い硬度を実現していたのだ。さらに、この頑丈な層の下に、100ナノメートルの穴が表面と直角に整列した、多孔質の柔らかい層があることも判明。この柔らかい層がクッションとなって、ハサミが割れるのを防いでいることを突き止めた。

井上研究員の顔写真

「ヤシガニを見ていると、強靭なことだけではない色々なことに気づかされます。地球の資源は有限ですが、人間の創造は無限です。“あっ!”と驚く発見があるかもと、ワクワクしながら研究をしています」(井上忠信研究員)。

さらに井上は、硬い層と柔らかい層をつなぐ中間層の存在も明らかにしつつある。「ヤシガニのハサミを調べると、無駄のない理にかなった微細な複合組織構造をしていることに気づかされます。“もっとあるはず”と考え、ヤシガニを超える最強の生物も探索しています。人間の想像を超えた生物の組織と構造の本質を理解することで、強くて壊れない最強材料の開発につなげたい」。

過去の自分を超える、夢の超強靭材料の実現に向かって、井上の挑戦は続く。

BOOK
どっぷり浸かるサイエンスの世界
オトナ科学本
本の表紙写真『チ。—地球の運動について—』
『チ。—地球の運動について—』
魚 豊 作・画
小学館
研究者YouTuber・こもり博士のイチオシ!

友人に薦められて手に取りましたが、数々のマンガ賞に輝いている、今話題のコミックなので、ご存知の方も多いと思いかもしれませんね。15世紀前半のヨーロッパを舞台に、禁じられた地動説に魅了された人々が、それを否定する人々と命がけで闘う姿が描かれています。
現代人からすれば真実を追求する賢人と謬説に囚われた愚人という見方をしがちですが、登場人物たちは双方とも自らを真実と信じて行動しています。二つの学説が対峙するのは、私の研究テーマである超伝導を含め、科学の世界ではよくあることです。新しい説を提唱しても、最初は否定されたり無視されたりする。そこから多くの人々によって何十年、時には何百年もかけて研究データが蓄積され、ようやく真実に辿り着くわけです。今、私たちが享受している科学は、これまで多くの科学者が繰り広げてきた、信念の争いの歴史の上に成り立っている——この物語で改めて、科学の偉大さを考えることができました。
さて、最終巻をまだ読んでいないのですが、天動説を信じてきた人々がどうなるのかが、とても気がかりです。絶対的に信じていたものが「違う」となった時、人間はどうなるのか? 楽しみな一方で、描写がかなりグロテスクなので、あまり元気のない時には読めないな、と思っています(苦笑)。

あらすじ

シリーズ累計100万部を突破、今年の手塚治虫文化賞・マンガ大賞に選出され、アニメ化も決定した人気作。地動説が異端思想とされた時代に、己の信念を貫こうとした人々の生き様を描いたフィクション。

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