(※2021年5月22日 後日談を追加掲載しました。)
こちらはフォトニックラバーという、NIMSで開発されたゴム素材。
普段は赤色をしていますが、伸ばすとそこだけ緑色に変化します。
このように、変形したところが目で見て分かる新材料です。
この材料、あなたならどう使います??
この問いかけに、一人の大学生が応えてくれました。
香蘭女子短期大学2年生(2020年当時)の岡本尚美さんです。
コシノジュンコや山本耀司など数多くのトップデザイナーを輩出し、“新人デザイナーの登竜門”といわれているファッション・コンテスト「装苑賞」。
ファッションデザイナーを志す岡本さんは、大学1年生だった2019年秋、装苑賞への挑戦を決意しました。
岡本さんがデザインのテーマに掲げたのは「四次元の可視化」。
「アインシュタインの相対性理論に、三次元空間に時間軸を掛け合わせると四次元空間が生まれるという説に着想を得て、人が生まれてから老いるまでの身体の一生の変化を軸に、時間の流れとその一瞬一瞬をファッションで表現したい。」
そう考えた岡本さんは、テーマを体現する新たな素材を探していたところ、冒頭の写真「フォトニックラバー」と出会いました。
「角度によって色が変化して見えるフォトニックラバーの特性を生かす事で、時間の移ろいというゆらぎあるものをファッションで表現できるのでは」と感じた岡本さん。フォトニックラバーの開発者である不動寺浩に送られた岡本さんのメールから、岡本さんとNIMSのファッション界への挑戦がスタートしました。
変化する色の正体
「フォトニックラバーの画像をサイトで初めて見た時、何の素材で作られているのか見当がつかず、とても興味をもちました」
フォトニックラバー発見時に岡本さんが抱いた印象です。
固定の色を持たず、見る角度や形の変化によって、赤から緑色までが変幻自在に映し出されるこの材料。皆さんは、フォトニックラバーがどのような材料か、想像がついたでしょうか?
変化する色の秘密は、フォトニックラバーの「作り」にあります。
では、その秘密を探るために、電子顕微鏡でフォトニックラバーの内部を覗いてみましょう。
小さな粒が規則正しく並んで層を作り、更にその層が幾重にも積み重なっている様子が見てとれると思います。この粒の正体は「ポリスチレン」。1粒は200ナノメートルという極小サイズです。このポリスチレン、実は無色透明。つまり、色を持っていない素材です。
では、あの虹色の正体は??
一体どうして生まれるのでしょう?
それは「構造色」といって、ポリスチレンでできた構造体(多層膜)が生み出している色です。
ポリスチレンのような透明で極小な粒子が整然と積み重なってできている多層膜に光が当たると、粒の層に反射された光の波(波長)が“色”となって目に届く、という仕組みです。
見る角度によって色が変わって見えるのが構造色の最大の特徴。身近なものだと、CDの盤面や宝石のオパール、タマムシなどの昆虫にもその鮮やかな色を見つけることができます。
このポリスチレンでできた構造体をゴムシート状に加工し、構造色が現れるように作られた材料がフォトニックラバーです。
見る角度だけでなく、ゴムシートの伸び縮みによって、粒と粒、層と層との間隔が広がったり狭まったりと、内部構造の変化に応じて光の色を返します。
はじまりは、生物のまね
この材料、生物の体型、色、機能、行動などを模倣して新材料を開発する「バイオミメティクス」という分野から生まれました。
「ルリスズメダイなどに見られる熱帯魚のコバルトブルーには動的虹色素胞というものがあり、瞬時に色を変える機能があります。このように構造色を出す周期が変わる材料を人工オパール(コロイド結晶)で作り出そうと考えたのがきっかけでした」と、発案当時を振り返る不動寺。
実際にフォトニックラバーの実物を手にした岡本さんは「想像以上の発色の良さと曲げると変化する色合いにとても感動しました」と、何か新しいものが作れるのではないかという期待に胸が高鳴ったそう。早速、フォトニックラバーの少量を折ったり切ったりしながら試作してみました。しかし、ここで早くも2つの壁が立ちはだかりました。
一つは、重さ。
フォトニックラバーはゴム製であるため、1メートル四方で900gと、一般的な素材の綿(約140g)と比べると6倍以上もの重さがあり、身にまとう服としては限界があります。
二つ目は、コストと時間です。
岡本さんが描いたデザインには600枚のフォトニックラバーが必要ですが、まだ研究段階にあるフォトニックラバーは大量生産技術が確立されておらず、実験室での手作業による製造はコストも時間もかかるため、コンテストに間に合うようにはとても用意できません。
そこで不動寺は、代わりの材料として「構造色シート」を提案しました。
重量も70g/㎡と軽量なフィルム状のシートで、しかも市販の材料を組み合わせることによって、安く、簡単に、構造色を持つシートを作ることができます。
メンテナンスフリーなセンサー材料
実はこの「構造色シート」は、橋やトンネルなど巨大構造物の老朽化を検知するセンサー材料としての応用を考えて生み出されました。例えば、コンクリート製の構造物などに構造色シートを貼っておけば、特殊な検査機器や専門の技術者がいなくても、色の変化の具合で、建物の変形やひび割れなどの構造物の異変を誰でも簡単に見つけることができます。
日本の経済を支えている現在のインフラは、前回1964年の東京オリンピックの時代に多く作られました。建設から50年以上が経過し、老朽化の危機に直面している日本のインフラを守るための新たなセンサー材料として、構造色シートの実用化に向けた研究が今、進められています。
「この素材が建物の歪みを目視する為に開発されたものであると知った際に、このように美しいものが実用的に私たちの生活に役立たられている事に感動を覚えました」と話す岡本さん。
この構造色シートによって「四次元の可視化」を表現した岡本さんデザインのドレスは、見事、第94回装苑賞(グランプリ)に輝きました。
「今回、ファッションとテクノロジーが融合できると実体験をもって知ることができました。この経験から素材の見方が大きく変わり、素材の持つ力をファッションで表現していきたいと思いました」と、自身の挑戦を振り返る岡本さん。次の作品にもNIMSの材料で表現できないかと、アイディアを膨らませています。
対する不動寺も「最新材料をファッション分野へ応用する試みは海外でも進んでいますが、材料研究者としてデザイナーや芸術家との交流は全くありません。今回、岡本さんの作品に素材を提供できる機会に恵まれて大変光栄に感じました。
製造技術が課題で素材提供には限界がありますが、NIMSやベンチャー企業を通して多様な応用例を広げていくことで新材料のニーズを高め、最終的には企業と量産化の製造技術を開発することでフォトニックラバーを一般の方でも手軽に手に入れることができる素材になることを期待しています」と、フォトニックラバーの今後の展開に意欲を示しています。
無限の可能性を秘めているNIMSの材料、「フォトニックラバー」。
さぁ、こんどはあなたの番。
この材料、どう使います?
【関連リンク】
- ◆「【速報】第94回装苑賞は、岡本尚美さんが受賞!作品テーマは「四次元の可視化」」(2020年10月13日 装苑賞ニュース)
フォトニックラバー研究:
不動寺 浩(NIMS 機能性材料研究拠点 コロイド結晶材料グループ)
澤田 勉(NIMS 機能性材料研究拠点 コロイド結晶材料グループ)
写真:
Nacasa and Partners(撮影)、「装苑」編集部(提供)