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研究支援実績

 

利用実施例 -関節拘縮の原因物質の探索-

関節拘縮の原因物質の探索

東北大学医学部整形外科  井樋 栄二 先生、萩原 嘉廣 先生

はじめに

 「関節拘縮」という難しい名前の疾患の遺伝子発現解析を私どもがお手伝いした、東北大学医学部整形外科の萩原先生にお話を伺いに仙台を訪れました。改装中の東北大学病院の正面玄関付近でおちあい、井樋教授の教授室へ案内されました。迎えてくださった井樋先生はたいへん気さくな方で、すぐに関節拘縮、五十肩、肩腱板断裂などについてお話を始めてくださいました。お話を聞いて驚いたのは、関節という骨、軟骨、靭帯、腱、筋肉が複合的に関係している部位の疾患は、患者さんが多い割にはまだまだその実態が十分解明されているわけではない、ということでした。

 ところで関節拘縮とは関節が固くなって動きが(可動域)が制限された状態で、あらゆる関節に起こりうること、また、肩腱板断裂とは肩関節の腱板(腱と筋肉の集合体)の一部または全部が切れてしまっている病態です。

小池博士(左)と山吉博士(右)
萩原先生

研究の背景

 今回は肩の関節拘縮(肩関節拘縮症)について研究をしたわけですが、何故このテーマが重要かということについてお話しします。整形外科の日常診療において関節拘縮にはしばしば遭遇しますが、この関節拘縮は「自動・他動的な運動制限」と定義され、整形外科領域のみならず、寝たきりなどの廃用でも起こります。関節拘縮は関節の不動化、糖尿病、軽微な外傷などで起こります。一般的には「五十肩」が有名です。整形外科領域においては、ギプスなどの固定による関節拘縮が最も多く、廃用症候群の一つとしても捉えられます。そのため、筋萎縮や筋力低下、骨萎縮なども伴うことが多いのです。関節拘縮は日常生活動作を著しく制限し、患者さんのQuality of Lifeを損ないます。治療としてはリハビリテーションや手術療法が行われていますが、一度完成した関節拘縮では満足のゆく効果が得られているとは言いがたいのが実状です。また関節拘縮によって関節軟骨の変性も起こり、変形性関節症のリスクという観点からも関節拘縮の予防は大変重要です。しかしながらなぜ関節拘縮が起こるのか、その根本的な原因は未だに不明であるうえ、その研究例も他の疾患と比較して極端に少なかったと思います。

 五十肩という病名はとても古く(江戸時代)からある病名なのですが、実はその病気としての定義はあいまいで、一般的には痛みがあって関節可動域に制限があれば五十肩ということになります。しかしながら、その病態はさまざまな疾患(肩関節周囲炎、腱板断裂など)を含みます。五十肩と言われる病態は、一般的に時間がたつと良くなるものと信じられており、日常生活に支障があるにも関わらず、通院しないでいる患者さんが多数いるものと推察されます。きちんとした治療を施せば、治癒できる病態なのですが、整形外科医としてもきちんと世の中に啓蒙できていないのが現状です。

 肩の手術例のうち、およそ4割を占めるのは腱板断裂です。手術例が多いこともあって、腱板断裂の研究は進んでいます。しかし、最近になって腱板断裂については無症候性の痛みのない断裂というのが多数あることがわかり、これらを含めると腱板断裂は思っていたよりも相当な数が存在することが最近の疫学調査で明らかになってきました。住民検診では50歳代で10人に1人、80歳代では3人に1人の割合で腱板断裂が存在することが分かりました。

 実は五十肩で受受診した患者さんの半数程度に腱板断裂がみられます。この点にも私どもは大変興味を持っています。これほど多くの割合で五十肩の患者さんに腱板断裂があるということは、実は五十肩の人は全て広い意味では腱板断裂を持っている可能性があると考えています。腱板断裂ではないと思われた患者さんは、実は大きな断裂ではなく、顕微鏡的にしか確認できないような微細な断裂を持っている可能性があるということです。つまり腱板断裂がまずおきて、そのうちの痛みで肩をそれまでどおりには動かせなくなってしまった人が、五十肩の患者さんという可能性があるということです。

 我々の根本的な疑問のひとつは、五十肩の患者さんの中には痛みが軽快して関節拘縮にならないで治癒する人たちと、最終的に肩関節拘縮症になり、日常生活が著しく制限されてしまう人たちがいるのはなぜか、ということです。またこのことに深く関連しているだろう腱板断裂についても、断裂があるのに痛まない人、またその痛みの程度もさまざまである、ということも大きな疑問です。今回の研究は、この疑問への答えを見つけるための第一歩になってくれるものだと思っています。

 関節拘縮は関節包が固くなり、伸縮性が低下することが原因と考えられます。なぜなら関節包を切ってしまえば関節は動くようになるからです。しかしながら、手術を行っても完全に治癒しない人たちもいます。関節包以外の因子として、筋肉の短縮も関節可動域に大きく関与しています。投薬、注射による疼痛管理、その後にリハビリテーションを行うのが一般的で、これらの治療に反応しない患者さんのみ手術になります。手術は全身麻酔による副作用等もあるので、可能限り避けることが望ましいと考えています。

 関節拘縮の患者さんは、長期間のリハビリテーションが必要になり、その負担はかなり大きなものです。関節拘縮の予後予測因子がわかれば、適切な時期に適切な治療が可能となり、患者さんにとっても医療サイドにとっても大変喜ばしいことと考えています。この点も今後の研究の大きな目標のひとつだと考えています。

 さて、以上いろいろなお話をいたしましたが、今回NIMSのナノ融合ステーションで実施したマイクロアレイ解析は、肩関節拘縮症の患者さんと関節可動域制限のない腱板断裂の患者さんから、手術中に採取した関節包からRNAを抽出し、両者の遺伝子の発現パターンを比較しました。


今回の成果

 肩関節拘縮症(12肩)および関節可動息制限のない腱板断裂患者(3肩)の肩関節・関節包を関節鏡視下に採取し、RNAを抽出しました(図1)。RNAを増幅した後、DNAマイクロアレイ解析(マイクロアレイについて:参照)を行い、候補遺伝子を絞り込みました。

図1 精製したRNA(代表例)

図1 精製したRNA(代表例)

 今回は腱板断裂の肩を対照群に用いましたが、関節拘縮の群との遺伝子発現には大きな違いがみられました。クラスタリングという手法で遺伝子発現データを解析してみたところ、概ねこの二つの群で分かれる結果が得られました(図2)。

図2 全サンプル間の階層クラスタリング

図2 全サンプル間の階層クラスタリング

発現変動遺伝子数:18,004個、ピアソンの相関係数による。

 対照の腱板断裂患者からのサンプルと比較して、肩関節拘縮症では38個の遺伝子の発現が増加し, 11個の遺伝子の発現が減少していた。中でもアグリカンを中心とした軟骨の分化マーカーが上昇している点は特記すべき結果です。また炎症が起こっていることを示唆するような遺伝子発現もみられ、関節拘縮の痛みには関節包が関係しているのではないだろうか?という疑問もわいてきました。

 そのほかにもコラーゲンの遺伝子など線維化を示す遺伝子群にも発現の増大が見られました。関節拘縮の原因を探るうえでの第一歩ともいえる大変興味深い結果だと思っています。


その後の経過と今後の目標

 その後、種々の発現変動を示した遺伝子や関節拘縮に関連があると考えられる遺伝子が、実際に組織上のどこ細胞で発現しているかを組織化学的に調べました。また、組織の硬さが計測できる超音波顕微鏡でサンプルの硬さを調べ、学術雑誌に投稿したところです。

 私(萩原)は以前、膝に人工関節を入れた患者さんに関節が固くならないよう毎日関節を動かす、という指導をしたことがあります。動かしていれば関節は固くならない、と言われていたからです。しかし、患者さんの中にはやっぱり関節が固くなってしまう人がいました。そのころから整形外科のこれまでの常識にとらわれない、疾患の原因を探るような研究をしてみたいと考えており、遺伝子発現のプロファイリングはその研究手段としてやってみたいことのひとつでした。今回、同じ東北大学の消化器外科の小野川先生がNIMSのナノ融合ステーションで分子生物学的手法のご研究をされたのを拝見し、NIMSをご紹介いただきました。その結果、この分野で臨床サンプルをもちいたDNAマイクロアレイを使った解析を実施することができました。今後はさらに整形外科分野の疾患の原因追及になるような研究を推し進めていきたいと考えています。その際、医学部の中だけでは行き届かないところがあると感じていますので、NIMSのナノ融合ステーションのように一緒に研究を進めてくれるところがあると大変心強いです。


おわりに~運動器の10年

整形外科は運動器の疾患を扱う診療科です。運動器とは具体的には、関節や脊椎などの骨格とそれを動かす神経、筋、靭帯などのことです。また、診療科名に「外科」という言葉が使われてはいますが、内科的な治療(薬や理学療法)と外科的な治療(手術)の両方を行います。運動器の重要性は21世紀に入り遅ればせながら認識されるようになりました。世界保健機構(WHO)の提唱で「運動器の10年」という運動機能障害から開放され、終生すこやかに身体を動かすことができる社会の実現を目指した運動が行われています。高齢者が要介護、要支援になる原因の20-30%は運動器の疾患に起因します。そのため運動器疾患を予防することが要介護、要支援者を減らし、高齢者の「生活・人生の質(Quality of Life, QOL)」を高めることにつながります。私どもも、運動器疾患の予防、治療を通して患者さんのQOLを高めてゆきたいと考えていますので、今回のような運動器の疾患の原因を探るような研究も積極的に実施していきたいと考えています。


参照

マイクロアレイについて


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