国立研究開発法人 物質・材料研究機構
大規模な真空装置を用いることなく、溶液からの印刷工程で電子素子を作製する手法は、プリンテッド・エレクトロニクスと呼ばれています。近年ではインク化が可能な様々な機能性材料が開発され、微細印刷技術も急速に進歩していることから、プリンテッド・エレクトロニクスによるモノ造りが現実味をおびてきました。この新しい製造技術は、トップダウン式であった既存の半導体製造技術から、必要な材料のみを必要な部分に配置するボトムアップ式へのパラダイムシフトでもあります。
三成グループでは、可溶な有機半導体や金属ナノ粒子を用いて、独自のパターニング・組織化技術を開発することにより、プリンテッド・エレクトロニクスによる次世代のモノ造りを行っています。また、次世代のフレキシブル電子素子として有機トランジスタに着目し、その動作原理の解明と特性向上に取り組んでいます。
印刷による低コストのデバイス製造技術を確立するため、世界中で様々な研究が行われています。そのメリットを十分に活かすためには、素子を構成するすべての層を印刷によってパターニングすることが必要です。当グループでは、完全印刷プロセスによって有機トランジスタを形成し、現在その平均移動度は約8 cm2/V sに達しています(Fig.1)。これはアモルファスシリコン素子の10倍程度であり、IGZO素子にも匹敵する値です。
無機半導体を用いた薄膜トランジスタに対して、有機トランジスタは非常に高いコンタクト抵抗を持つことが知られており、その値は1 kΩcm?100 kΩcm以上にも達します。我々は、有機トランジスタのコンタクト抵抗が電極/有機半導体界面の抵抗(Rint)と半導体内部のアクセス抵抗(Rbulk)によるものであると解明し、電極界面へのドーピングや、アクセス抵抗を低減するトップゲート構造を作製することで、有機トランジスタのコンタクト抵抗を抑制しています(Fig.2)。
トランジスタ素子に一定の電圧を印可し続けると、しきい値が徐々にシフトして行きます。この現象は一般的にバイアスストレス効果と呼ばれ、シフト量が大きい素子は動作が不安定性であると見なされます。当グループでは、多結晶薄膜素子、単結晶素子でバイアスストレスを測定し、原因の解明と改善法を研究しています(Fig.3)。
実用の場面で有機トランジスタはACによって駆動されることが多いため、パルスに対する応答は実用化の重要なポイントとなります。ペンタセンを半導体層に用いた有機トランジスタの過渡応答特性を測定したのがFig.4です。コンタクト抵抗の小さいCu電極(3 kΩ cm程度)の方が、Au電極(7 kΩ cm程度)よりも応答特性に優れていることが見て取れます。