ナノスケール解析による構造物劣化機構の解明
土谷浩一センター長
NIMS研究者
土谷 浩一
参画研究者
NGUYEN Thi Hai Yen、JIANG Baozhen、土井 康太郎、廣本 祥子
研究開発の目的

・土木構造物に最も広範に使われる材料である鉄筋コンクリートは引張り荷重に弱いコンクリートの強度を補うためにコンクリート中に鉄筋を配したものである。通常コンクリートの内部は強アルカリ環境であるために鉄筋の腐食は起こりずらいとされていたが、塩化物イオンの浸透や中性化は鉄筋の腐食を促進し、腐食生成物の体積膨張がコンクリートにひび割れを導入する。しかしその機構の詳細は必ずしも明らかでは無い。本研究では鉄筋の腐食により生成する腐食生成物の形態を明らかにして構造物劣化機構を明らかにする事を目的に研究を行った。特に鉄筋の表面に存在するミル・スケール(黒皮)の影響に着目した。

研究開発の内容
ミル・スケール(黒皮)の構造

 通常の鉄筋の表面には熱間圧延時に生成する“ミル・スケール”または“黒皮”と呼ばれる鉄の酸化物が存在している。しかしこのがコンクリート中の鉄筋の腐食に与える影響は明確にされていない。本研究ではまずミル・スケール(以下MS)の構造、組織を電子顕微鏡観察で明らかにした。

 図1には鉄筋/MS界面付近の走査電子顕微鏡による観察の結果を示す。図1(a)は後方散乱電子回折(EBSD)のIQ像であり、図上側の鉄筋と下側のMS層の間には所々に数μm程度の空隙が存在するのが見られる。この空隙は熱間圧延時にFeOが生成した後、冷却時にFeOと鉄筋の熱膨張率が違うために剥離により生じたと考えられる。図1(b)~(d)にはEBSDによる酸化物相の同定と分布状況を示した。鉄筋に一番近い領域は厚さおよそ30μmのFeO(ウスタイト)層であり、その結晶粒径は数10μm程度である。その外側には10μmのFe3O4(マグネタイト)層が存在している。最外層には非常に薄いFe2O3(ヘマタイト)相が存在している領域があった。このスケールで観察する限り、各酸化物相は比較的緻密である。またFeOとFe3O4の間には方位関係が存在し熱間圧延、または冷却の過程でFeOの表面が酸化されてFe3O4へと変化すると推測される。


図1 ミル・スケールのEBSD解析

図2 ミル・スケールのTEM明視野像

 図2にはFIB法で作製したFeO/Fe3O4界面付近のサンプルの透過型電子顕微鏡像である。界面付近には転位が多く見られるが空隙は見られない。TEMのスケールで観察しても酸化物相は緻密であることが明らかになった。

 

加速試験サンプルの鉄筋/コンクリート界面の観察

 図3に示したのは本SIP研究で開発された高酸素腐食加速試験で2ヶ月間腐食したサンプルの鉄筋/モルタル界面の走査型電子顕微鏡像である。

 図の上側が鉄筋、下側がモルタルであるが、その界面付近にグレーのコントラストを呈しているのが腐食生成物である。またミルスケールは腐食生成物の中に埋まるように残存している。これはミルスケール/鉄筋界面とミルスケール/モルタル界面の両方で腐食が進行することを意味している。

 この理由については以下の様に考える。黒皮は図1で示した様なミクロ〜ナノスケールでは緻密であるが、製造工程やコンクリート打設のハンドリングなどで傷や割れが存在する。コンクリート打設の際にはこのひび割れから水が鉄筋/ミルスケール界面に流入するため、すきま腐食を起こしやすい環境となる。その後塩化物イオンが存在する環境ではまずミルスケールの内側でFeイオンが溶出し酸化されマグネタイトとなり、さらに腐食が進行してミルスケールの外側にα-Fe0OOHやγ-FeOOHが生成すると考えられる。この機構によると腐食初期にはミルスケールの内側で腐食生成物層が厚い傾向を示すことをよく説明できる。


図3 高酸素腐食加速試験で2ヶ月間腐試験したサンプルの鉄筋/モルタル界面付近のSEM像

 黒皮付き鉄筋が磨き鉄筋と比べて腐食の進行が早いのは従来から知られていたが[1]、その原因については明らかではなかったが、本研究ではEBSDなどの先端解析手法と本研究で開発した加速試験法により、黒皮の効果について新たな知見が得られた。今後は、ミルスケールの電気化学的特性や腐食生成物の特性をさらに詳細に解明することでより詳細な機構解明につながると考える。

[1] 岡田清、宮川豊章、コンクリート工学、17(1979)1-10.

研究開発された技術・成果(まとめ)

・熱間圧延で製造される鉄筋の表面に存在するミル・スケール(黒皮)の構造と組織を走査型電子顕微鏡、後方散乱電子回折、透過型電子顕微鏡などの先端解析手法によって明らかにした。ミルスケールはFeO(ウスタイト)、Fe3O4(マグネタイト)、Fe2O3(マグヘマイト)の3種類の酸化物から成っている。また、ミル・スケールと鉄筋の間には空隙が存在する。

・本研究で開発された高酸素腐食加速試験で2週間腐食されたサンプルのSEM観察などにより、黒皮はすきま腐食を引き起こす効果があることが示された。

実用化イメージ

・腐食の機構を詳細に明らかにする事でひび割れ発生モデルの高度化が可能になり、維持管理の効率化に貢献する。

未来への展望

・塩害のみならず、中性化や凍害などの劣化についても今回用いた解析手法を適用することで、様々な構造物劣化機構の解明につながり、インフラ維持管理の効率化に有用な情報を提供できると期待される。