正しく表示されない方はこちら
物質・材料研究の『使える!メールマガジン』
vol.148
2024.8.9
ヤシガニ
今月の一枚
ヤシガニのハサミ
材料科学の研究所になぜ沖縄のヤシガニが!? 夏は南国リゾート気分で研究を、というわけではなく、これはれっきとした材料研究のための試料のひとつ。研究者が注目したのは、「非常に強い力でものを挟むヤシガニのハサミはなぜ自身の力で壊れないのか」という点。分析の結果わかったのは、外側の硬質層と内側の軟質層からなる複雑構造がハサミが壊れることを防いでいるということ。この研究成果は、より強靭な構造材料などの開発に役立てられている。
for more detail
★NIMS NOW(Vol.22 No.3)非常識な『ミカタ』 -材料の科学者はこう考えた-
★構造材料研究センター 異方性材料グループ
INDEX
今月のメニュー
※Yahoo!メールのWEBブラウザ版をお使いの方は、
下記のリンクをクリックせずにスクロールしてお読みください。
HOT TOPICS(NIMSの旬な情報)
 
研究者の目のつけどころ Vol.13
分子を作り分ける「単分子化学」
 
オトナの科学本『アーサー王宮廷のヤンキー』
 
HOT TOPICS
NIMSの最新情報をお届け!
第2回 技術開発・共用部門オープンセミナー
MDPF利活用事例紹介シリーズ「PoLyInfo」
中村泰之 NIMS高分子・バイオ材料研究センター データ駆動高分子設計グループ 主任研究員

中村 泰之
高分子・バイオ材料研究センター
データ駆動高分子設計グループ
主任研究員

8月22日、NIMSは 第2回 技術開発・共用部門オープンセミナーを開催します。今回のテーマは「データベースでの例外的探索を利用した高分子材料開発 : 耐熱性かつ透明な高分子材料の探索実践」です。
本セミナーでは、NIMSデータ中核拠点(MDPF)が提供するデータサービスDICEから、高分子材料データベース「PoLyInfo」の利活用事例を紹介します。
MDPF利活用事例紹介のシリーズでは、DICEサービスのユーザーを講師にお招きし、各サービスをどのように利用し、新しい材料の発見や研究の効率化につなげたかご紹介いたします。

→ 詳細はこちらからご確認ください

日時:2024年08月22日(木) 15:00-16:00
講師:中村 泰之
形式:オンライン(Microsoft Teams)
参加申込(事前登録必須):事前登録はこちら

 
....and more!
 
プレスリリース中の図 高エネルギー密度金属リチウム電池の寿命予測モデルを開発
プレスリリース 2024/07/24
 
 
NIMS公式ウェブサイト
 
TECHNIQUE
技術革新のキモ、ここにあり!
研究者の目のつけどころ
作り分けた2つの分子構造を0と1に見なして、アスキーコードで記録した“NIMS”の文字列
Vol.13
走査型プローブ顕微鏡で物質を合成!
分子を作り分ける「単分子化学」
~観察・評価のツールだった走査型プローブ顕微鏡で原子・分子を操って物質を合成~
 
走査型プローブ顕微鏡(SPM:Scanning Probe Microscopy)は、プローブと呼ばれる探針で物質の表面を走査する(なぞる)ことで物質の表面をナノスケールで観察したり、物性評価を行ったりすることができる顕微鏡の総称。いまやその用途は単なる観察ツールの範疇に収まらない発展を遂げている。
近年のSPMの性能向上は目をみはるものがあり、ピコメートルの精度でプローブのコントロールが可能だ。そして、プローブの先端を一酸化炭素で終端することによって空間分解能が格段に上昇するという研究成果が発表されたことをきっかけに、SPMを利用した「単分子化学」への道が拓かれた。有機分子の合成は通常、溶液中の化学反応で行われるが、単分子化学では固体表面で分子をボトムアップ方式でひとつひとつ組み上げていくため、原子や電子間で働く相互作用を利用した革新的な素子をつくり上げることも夢ではない。
SPMの種類には、プローブと物質の間に働く原子間力を計測する原子間力顕微鏡(AFM)や、トンネル電流を計測する走査型トンネル顕微鏡(STM)などがある。NIMS マテリアル基盤センター ナノプローブグループの川井茂樹グループリーダーは、スイス・バーゼル大学在籍時にJSTさきがけ研究で構築を開始したAFMとSTMの複合装置(AFM/STM)に改良を重ねながら、単分子化学だからこそ実現可能なナノ構造体の合成を進めている。 川井茂樹グループリーダーの写真
AFMとSTMの複合装置である「AFM/STM」で実験をする川井茂樹グループリーダー
川井が注力するのは、優れた電気伝導性と強靭さを併せ持つ「炭素ナノ構造体」。中でも、グラフェンが数ナノメートル幅のリボン状に連なる「グラフェンナノリボン」はバンドギャップを持つ半導体であり、その幅やエッジの形に応じて物性が変化することから、次世代エレクトロニクス材料として注目されている材料だ。
前駆体であるプロペラ型の有機分子から3Dグラフェンナノリボンが作られる模式図。そこにSPMでフラーレン分子をひとつひとつ付加させていく。
前駆体であるプロペラ型の有機分子から3Dグラフェンナノリボンが作られる模式図。そこにSPMでフラーレン分子をひとつひとつ付加させていく。
「新たなナノデバイスの創出に向けては、グラフェンナノリボンに炭素以外の原子や分子を付加することでさまざまな機能を持たせたい。そのためにはプローブを使って既存の原子をいったん取り除いたところに原子・分子を結合させる操作が必要になってきます」と川井は語る。
そこで、NIMSと大阪大学を中心とする共同研究チームはまず、『3Dグラフェンナノリボン』の合成に取り組んだ。大阪大学で合成された、終端にある水素原子を臭素原子に置き換えたプロペラ型の有機分子を前駆体として、有機金属化合物を重合。さらに加熱することで、研究チームは臭素原子で終端されたユニットが飛び出した三次元構造のグラフェンナノリボンの合成に成功した。この構造はプローブで臭素原子を取り除くのに都合が良い。
ユニットから飛び出た臭素原子2個にそれぞれトンネル電流を流して除去した後に、フラーレンをプローブの先端に取り付けたうえで、ラジカル状態にある部位に直接フラーレン分子を近づけて結合させた。こうして川井は2020年、AFM/STMのプローブを使ってグラフェンナノリボンの特定部位に分子を付加することに世界で初めて成功した。
さらに川井は2023年、臭素原子を取り除いた状態にある分子の構造を変化(異性化)させることにも成功している。原子を取り除いた部分は『ラジカル』と呼ばれる反応性の高い状態のため、平面の分子では基板表面の金属原子に結合しやすく、制御が容易ではない。しかし、この構造は三次元であり、その問題がない。
グラフェンナノリボンから臭素原子を取り除いた川井は、分子内における電子状態の詳細な解析を行い、該当部位の炭素原子は5員環と7員環からなる「アズレン」と呼ばれる構造をとることを発見。そして5員環や7員環の上にプローブを置いてトンネル電流を流すと、5員環と7員環が入れ替わることを見出した。
臭素原子を取り除いたグラフェンナノリボンがアズレンと呼ばれる構造となる模式図
臭素を取り除いたグラフェンナノリボンは、5員環と7員環が隣り合った「アズレン」と呼ばれる構造をとる。この5員環と7員環は、プローブからの電圧印加により自由に入れ替えることができるとがわかった。
アズレンの2つの異なる構造を0と1に見立て、バイナリーコードで「NIMS」の文字を表現した写真
アズレンの2つの異なる構造を0と1に見立て、バイナリーコードで「NIMS」の文字を表現。
加えて、アズレンに変化する直前、ごく短時間ではあるが6員環が並んだ「ジラジカル」と呼ばれる状態を経由することもわかった。ジラジカルとは、不対電子が2つある状態のことで、ラジカル状態よりもさらに反応性が高く短寿命だ。「ジラジカル状態では、電子スピンに応じた量子力学的な磁気特性である交換相互作用が発生します。今回、プローブと分子との距離を精密に制御することによって、ジラジカル状態の持続時間を延ばすことにも成功しました。この成果は、プローブ下で動作する量子マテリアルの実現可能性を示すものです」と川井は語る。

本来は短寿命な分子構造の維持・操作に成功した背景には、実験に用いたAFM/STM装置の極低温・超高真空環境を高めたこと、そして川井の卓越した経験と技術がある。プローブのもとで拓く新たな可能性に期待が高まる。
もっと知りたい! SPMによる「単分子化学」
★プレスリリース(2023.12.13)「走査型トンネル顕微鏡の探針で単分子ごとに作り分ける」
★NIMS マテリアル基盤センター ナノプローブグループ
BOOK
どっぷり浸かるサイエンスの世界
オトナ科学本
本の表紙写真『アーサー王宮廷のヤンキー』と立木主幹研究員
『アーサー王宮廷のヤンキー』
マーク・トウェイン 著(大久保 博 翻訳)/角川文庫 発行
 
量子物質特性グループ 立木主幹研究員のおススメ!
科学本というには少し毛色が違うかもしれませんが、『トム・ソーヤーの冒険』などで有名な文豪マーク・トウェインによって書かれた、今でいうタイムトラベルものや異世界ものの元祖ともいうべき小説を紹介します。19世紀アメリカの工場技術者である主人公が、6世紀アーサー王の時代のイングランドにタイムスリップし、科学技術の知識を駆使して冒険を繰り広げる物語です。トウェインらしい封建社会への風刺や文明批評が盛り込まれた本作ですが、科学本やコミックで近年読まれている科学文明をゼロから構築するというテーマを100年以上前に先取りした作品ともなっています。私がこの本を最初に読んだのは小学生の時なのですが、将来科学技術の知識を身につければこのようなことができるのかと感銘を受けた記憶があります。お恥ずかしい限りですが、今現在でもネットや書籍の情報なしに科学文明を最初から自力で再現できるという自信はありません。ちなみに、フランクリン・ルーズベルト大統領が行ったニューディール政策という名称はこの本から取られているということです。どの箇所に出てくるか探してみてはいかがでしょうか。アメリカのボーイスカウトの創設者の一人でもあるダニエル・カーター・ビアドによる挿絵も素晴らしく(222点におよぶ全挿絵は『ハンク・モーガンの冒険』という抄訳版で見ることができます)、純粋に初期SF文学の傑作としてもおすすめです。
 
あらすじ

主人公のハンク・モーガンはふとしたことから中世アーサー王の時代にタイムスリップしてしまう。アーサー王や円卓の騎士、魔術師マーリンも登場する異世界と近代文明が織りなす、ユーモアあり、シリアスありの冒険の物語。

 
- 読書案内人 -

立木 実(たちき・みのる)

ナノアーキテクトニクス材料研究センター(MANA)
量子物質特性グループ 主幹研究員

NIMSではこれまで、超伝導デバイスを利用した走査型磁気顕微鏡や核四極共鳴を用いた爆発物探知システムの研究開発などに従事。現在は磁気光学顕微鏡の研究開発やそれを用いた超伝導材料などの物性研究を主に行っている。
「10代のころに読み漁った科学雑誌、ブルーバックスなどの科学啓蒙本やSF小説が現在の科学的好奇心の源のように思います。現在はYouTube動画などで多くの優れた科学コンテンツに触れられますが、本でじっくり読むのも大切だと感じます」

※本メールマガジンは、配信を希望された方にのみ、お届けしております。
※本メールマガジン掲載のテキスト、画像、または一部の記事の無断転載および再配布を禁じます。

国立研究開発法人 物質・材料研究機構(NIMS) 広報室
〒305-0047 茨城県つくば市千現1-2-1

登録解除
 
©国立研究開発法人 物質・材料研究機構(NIMS)