立方晶窒化ホウ素の光学特性
〜立方晶窒化ホウ素はダイヤモンド類似の固さを誇る
     スーパーダイヤモンドとしての立方晶窒化ホウ素〜

立方晶窒化ホウ素は、ホウ素原子と窒素原子からなるsp3構造からなり、ダイヤモンド類似の結晶構造〜炭素原子を窒素原子とホウ素原子で置き換えて格子間距離をちょっぴり大きくする〜をとり、ダイヤモンドに次ぐ硬さを持ち光学特性もダイヤモンドと非常に似た性質を持ちます。天然では存在しないといわれ、人的に育成するしか世の中で手にする事は出来ないという意味では稀少な物質であると言えます(GALLERYの最初の写真)。現在ではその硬さを生かして鉄の切削に使われたりします。超硬バイトで有名なダイヤモンドですが、もとが炭素原子で出来ているために鉄と反応してしまうので役にたちません。そこで窒化ホウ素の出番というわけです。
私たちは、この立方晶窒化ホウ素を未来の半導体材料として考えてます。安定な立方晶窒化ホウ素はシリコンに変わる過酷環境下での半導体デバイスのための材料として有望であると考えられます。
半導体材料として応用するためには、材料の基本特性を知らなければなりません。そのためには高純度結晶が必要になります。不純物および欠陥は、特に光学特性測定の邪魔になるので極力排除する必要があります。高圧下における温度差法により高温で成長した高純度立方晶窒化ホウ素のエキシトン発光などから、この物質のバンドギャップを推定することに成功しました。
K. Watanabe, T. Taniguchi, and H. Kanda, “Ultraviolet Luminescence Spectra of Boron Nitride Single Crystals Grown under High Pressure and High Temperature,” Phys. Status Solidi A 201 2561-2565 (2004).


紫外光を強く発する特性を発見
〜新しい紫外発光材料としての六方晶窒化ホウ素〜

半導体には光るものとほとんど光らないものがあります。半導体中に外部刺激により作られた励起電子と正孔という二つの電荷担体(電気を運ぶ粒子)が再び結合するときに、光を発するのですが、二つの担体同士の運動量が合っていないと結合できません。電子的な構造上、それぞれの励起状態の最低エネルギー付近に緩和した電荷担体同士の運動量が一致して簡単に光ることができる半導体を直接遷移型、一致しないものを間接遷移型半導体といいます。六方晶窒化ホウ素は、ワイドバンドギャップ半導体であり、200nm近辺にバンドギャップを持つ半導体の一種です(純粋な結晶は、光の波長にして200nmまで透明とということです。可視光は400(紫青)-700nm(赤)です)。これまで理論的には間接遷移型半導体として区分されていました。そのためこの結晶は励起してもあまり光らないと思われていました。しかしながら、高圧下における温度差法による高純度単結晶を調べてみると、非常に強いエキシトン発光が遠紫外領域に観測できることがわかりました。エキシトン発光とは電子と正孔がお互いに電気的に引き合う効果によりできる束縛状態のことです。この発光特性を利用して、私たちは高効率の電子線励起型の紫外発光デバイスを作製しました(双葉電子工業(株)と共同実験、GALLERYの写真参照)。

K. Watanabe, T. Taniguchi, and H. Kanda, “Direct-Bandgap Properties and Evidence for Ultraviolet Lasing of Hexagonal Boron Nitride Single Crystal,” Nature Materials 3 404-409 (2004).

K. Watanabe, T. Taniguchi, T. Niiyama, K. Miya, and M. Taniguchi, “Far-Ultraviolet Plane-Emission Handheld Device Based on Hexagonal Boron Nitride,” Nature Photonics 3 591-594 (2009).

それでは、六方晶窒化ホウ素は直接遷移型半導体だったのでしょうか? 答えはNoでした。私たちも最初は理論に間違いがあると思っていたのですが、詳しく発光特性を調べてみるとそうではないことがわかりました。先に述べたエキシトン効果を第一原理計算すると、励起状態の最低エネルギー準位は光学的に禁制で発光には関与できません。したがって、励起された電子と正孔は緩和しながらエキシトンの最低エネルギー準位にとどまり、比較的長い間その準位にとどまるか、あるいは確率の低い三重項状態へ推移していくかどちらかということになります。では、なぜ強い発光が観測できるのでしょうか。答えは電子系と格子系の強い相互作用とその独特の結晶構造にあります。六方晶窒化ホウ素は、窒素とホウ素の作る非常に強いsp2結合の2次元平面構造が弱い結合で積層した構造になっています。エキシトン準位を形成したときに格子系と強く相互作用する結果、積層面をずらして全体としてエネルギーの小さい状態に移ろうとします。先に述べたエキシトンの最低エネルギー準位は二重に縮退した二つのレベルからなります。この歪みの結果、エキシトンは4つの許容準位となり、それが強く光る原因となっています。

K. Watanabe, and T. Taniguchi, “Jahn-Teller Effect on Exciton States in Hexagonal Boron Nitride Single Crystal,” Phys. Rev. B 79 193104 (2009).


グラフェン上の電子移動速度10倍に改善
~六方晶窒化ホウ素応用の新展開~

最近、全く新しい応用展開として、グラフェン用基板としてのhBNの優れた特性が見いだされました。
グラフェン(発見者のアンドレ・ガイム/コンスタンチン・ノボセロフ両教授は2010年ノーベル物理学賞を授与されている)はモノレイヤーグラファイト構造を持ち、その優れた電気的・熱的性質を持つのみならず、質量がないディラッ クフェルミオンとしての電子伝導や、分数量子ホール 効果など物理的に非常に興味深い特性を示すことで知られ、超高速FETへの応用のみならず単電子トランジスタやスピンデバイスへの応用が期待されています。このように基礎ならびに応用に渡る多種多様な研究がなされていますが、従来用いられているSiO2基板では平坦性やキャリアの不純物散乱などの問題があり、グラフェン本来の性質を活かすことは困難でした。
hBNは、グラフェンと同様に完全な平面構造の積層からなるのでc軸方向にダングリングボンドを持ちません。したがってグラフェンの無干渉性(無不純物散乱、完全平面)基板として期待できます。実際、剥離転写法にて作製したhBNを基板は平坦性に関してSiO2基板の半分以下の表面荒さを保持します。この平坦なhBN層上に重ねたグラフェン層における移動度などの電子特性はその値にして1桁以上従来のSiO2基板上のグラフェンを上回り、サスペンド(宙づり)構造のグラフェンに匹敵する値を得ました。加えてhBNはグラフェンとは異なり高い絶縁性を有するので、基板のみならず絶縁層としても最適で将来的に電子デバイス構造をデザインするうえでは理想的で、今後の電子デバイス応用には欠かすことの出来ない材料であることが明らかにされました。現在、これまでに基板との相互作用の点で懸念 のあった多くの二次元電子系に関する重要問題がhBNを基板に用いて次々と再検証されているところです。

C. R. Dean, A. F. Young, I. Meric, C. Lee, L. Wang, S. Sorgenfrei, K. Watanabe, T. Taniguchi, P. Kim, K. L. Shepard, and J. Hone, “Boron nitride substrates for high-quality graphene electronics,” Nature Nanotechnology. 5 722-726 (2010).



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