Research Fields Enabled by Low Temperatures
温度を下げると、物質のふるまいが変わります。気体は液体になり、電気抵抗はゼロになり、 熱ゆらぎに埋もれていた微小な信号が見えるようになる。 水素エネルギー、超電導センサ、宇宙観測、量子コンピュータ、データセンター―― 一見つながりのないこれらの分野は、いずれも「どうやって効率よく冷やすか」という同じ課題を抱えています。 私たちはその答えを、磁性材料の温度変化を使う磁気冷凍に求めています。
横軸は温度の対数。右へ進むほど1桁ずつ冷たくなる。私たちの研究対象は、この帯のうち 20 K 付近(水素液化)と 100 mK 以下(断熱消磁冷凍・ADR)の二つの領域です。
水素は燃やしても水しか出さない燃料です。ただし「つくる」ことより「運ぶ・貯める」ことのほうがずっと難しい。 その解決策のひとつが、液体にしてしまうことです。
水素分子は最も軽い分子です。常温・常圧の水素ガスの密度はわずか 0.090 kg/m³。 ガソリンの約1万分の1です。単位質量あたりのエネルギー(120 MJ/kg)はガソリンの約2.7倍と優秀なのに、 単位体積あたりでは話にならない。つまり水素の課題は「エネルギー密度」ではなく「体積エネルギー密度」です。
体積を小さくする方法は二つ。圧縮するか、冷やして液体にするか。 燃料電池自動車は前者(70 MPa=約700気圧の高圧タンク)を採っていますが、 船で海を渡るような大量輸送になると、後者が有利になります。
液体水素は常温の気体の約800倍、700気圧の圧縮水素と比べても約1.8倍の密度。しかも液体タンクは常圧に近い運用ができるため、大型化しやすいという利点があります。
水素分子には、2個の原子核(陽子)のスピンの向きが揃ったオルソ水素と、逆向きのパラ水素があります。 室温ではオルソ75 %・パラ25 %ですが、20 K ではほぼ100 %パラが安定です。 つまり冷やして液体にした後も、水素は時間をかけてオルソ→パラへ変換していきます。
熱力学の第二法則から計算できる「理論上の最小仕事」は、水素1 kgあたりおよそ 3.3–3.9 kWh。 ところが実際の液化プラントでは 10–13 kWh/kg かかります。 水素自身の持つエネルギーが 33.3 kWh/kg(低位発熱量)ですから、 運ぶために、中身の3割前後を使ってしまっていることになります。
※ FOM(Figure of Merit)= 理論最小仕事 ÷ 実際の消費仕事。1に近いほど理想的。
現在の水素液化機は、ヘリウムや水素のガスを圧縮・膨張させる気体冷凍サイクル(クロード方式、ブレイトン方式)を使っています。 この方式では、圧縮機やタービンの断熱効率がそのまま損失になります。しかも 20 K という低温では、 同じ 1 W の熱漏れが、室温での 15 W 分の仕事に相当する(カルノー効率が温度比で効くため)。 低温になるほど、わずかな非可逆性が高くつくのです。
ここで磁気冷凍が効いてきます。磁性材料に磁場をかけるとスピンの向きが揃い(エントロピーが下がり)、 断熱状態でこれを行うと温度が上がる。逆に磁場を取り去ると温度が下がる――これが磁気熱量効果です。 磁場の印加・除去は原理的に可逆性が高く、圧縮機のような機械損失を伴いません。 そのため理論的には気体冷凍より高い効率(FOM 50 % 程度)が期待できます。
水素の供給コストは「つくる値段」だけでは決まりません。ユーザーに届くまでの各段階が積み上がります。
日本の水素基本戦略では、供給コストを 2030年に 30円/Nm³、2050年に 20円/Nm³ とする目標が掲げられています(現状はおよそ100円/Nm³)。 液化に使うエネルギーを半分にできれば、青く示した2工程を同時に改善できます ―― 液化電力そのものが減り、断熱・再液化にかかる負担も軽くなるからです。
つまり、20 K の冷凍効率を上げることは「省エネ技術」であると同時に、 水素を経済的に成立させるための鍵でもあります。私たちが 20 K 帯の磁気冷凍に取り組む理由はここにあります。
「測れない」原因の多くは、信号が小さいことではなく、ノイズが大きいことです。 そしてノイズの正体はたいてい熱。だから冷やします。
温度 T の物体の中では、原子や電子が kBT 程度のエネルギーで揺らいでいます。 室温では kBT ≈ 26 meV。可視光の光子1個(約2 eV)ならまだしも、 その 1/1000 のエネルギー変化を検出しようとすると、熱ゆらぎに完全に埋もれてしまいます。
熱を検出するタイプのセンサ(カロリメータ)のエネルギー分解能は、おおよそ ΔE ∝ √(kBT²C) で決まります(C は熱容量)。 T が下がれば分解能は T に比例して良くなり、しかも低温では固体の熱容量 C 自体も激減する。 二重に効くので、100 mK まで冷やすと室温比で分解能が桁違いに向上します。 さらに超電導状態そのもの――抵抗ゼロ、磁束の量子化、超電導ギャップ――という便利な性質も使えるようになります。
転移温度付近では、数 mK の温度変化で抵抗が0から常伝導値まで変わる。この「崖」の途中に動作点を置くのが TES の発想です。
超電導膜を転移温度(典型的に 100 mK 付近)にぴったり保持し、光子やX線が落とした熱による わずかな温度上昇を抵抗の変化として読みます。上図のとおり転移端は極端に急峻なので、 温度変化が大きく増幅されます。読み出しには SQUID を使います。 電流を流したときの自己発熱が負のフィードバック(電熱フィードバック)として働き、 動作点を自動的に安定させ、応答も速くしてくれるのが巧妙なところです。
強み:6 keV の X線を 2 eV 程度の精度で測れる(分解能 ΔE/E ≈ 0.03 %)。 弱み:1素子あたりの受光面積が小さく、大規模アレイ化には多重読み出し技術が必要。
超電導リングに2つのジョセフソン接合を入れた素子。超電導リングを貫く磁束は Φ₀ = 2.07×10⁻¹⁵ Wb の整数倍しか取れない(磁束の量子化)ため、 外部磁束の変化がこの「ものさし」に対する干渉として現れます。 10⁻⁶ Φ₀/√Hz 級の感度、フェムトテスラ(10⁻¹⁵ T)の磁場が測れます。
用途:脳磁計(MEG)・心磁計、地下資源探査、そして他のセンサの読み出しアンプ。 TES も MMC も、最終的には SQUID が信号を拾っています。低温センサ全体の縁の下の力持ちです。
幅100 nm 程度の超電導ナノワイヤを蛇行させ、臨界電流ぎりぎりの電流を流しておきます。 光子が1個入ると局所的に超電導が壊れ(ホットスポット)、そこを避けて流れた電流が周囲も臨界を超えさせ、 ワイヤ全体が一瞬常伝導になって電圧パルスが出ます。
強み:検出効率 98 % 超、時間ジッタ 10 ps 級、暗計数がほぼゼロ。 「いつ来たか」を測る用途では他の追随を許しません。 特徴:動作温度が 1–4 K と比較的高く、パルス管冷凍機だけで動かせます。 弱み:光子のエネルギーは測れない(来たか来ないかの二値)。
超電導体の中では電子が2個1組(クーパー対)になっています。光子が入るとこの対が壊れ、 超電導体の運動インダクタンスが変化します。これを共振器に組み込んでおけば、 共振周波数がわずかにずれる。そのずれをマイクロ波で読み取ります。
最大の強み:素子ごとに共振周波数を少しずつ変えておけば、 1本の同軸ケーブルで1000素子以上を同時に読める(周波数多重)。 極低温での配線本数=熱侵入なので、これは決定的な利点です。 天文用の大型カメラは事実上この方式一択になりつつあります。
吸収体に常磁性金属(金にエルビウムを微量添加した Au:Er など)を組み合わせ、 弱い磁場をかけておきます。入射エネルギーで温度が上がると、キュリー則にしたがって磁化が下がる。 その磁化変化を SQUID で読みます。抵抗変化を使う TES と違って動作点を「崖の上」に保つ必要がなく、 応答が線形でダイナミックレンジが広いのが特徴です。立ち上がりも 1 µs 以下と高速。 動作温度は 10–20 mK と、5方式のなかで最も低温を要求します。
興味深い点:MMC は「磁性体の磁化の温度依存性」を使うセンサです。 私たちが冷凍に使う磁気熱量効果と、物理的には同じ現象を逆向きに利用していることになります。
| 方式 | 読み取る量 | 動作温度 | 時定数(目安) | エネルギー分解能 | 多重読み出し | 主な用途 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| TES | 抵抗変化 | 約 100 mK | 0.1 – 1 ms | ◎ 約 2 eV @ 6 keV | △ TDM/CDM/µMUX が必要 | X線分光、CMB観測、質量分析 |
| SQUID | 磁束変化 | 4 K / 100 mK 以下 | < 1 µs(帯域 GHz級も) | ―(磁束計) | ― | 生体磁気計測、他センサの読み出し |
| SNSPD | 常伝導転移による電圧パルス | 1 – 4 K | 立ち上がり ~ns / 回復 10–100 ns | ×(原則は計数のみ) | △ 素子数の増加が課題 | 量子暗号通信、深宇宙光通信、LiDAR |
| MKID | 共振周波数の変化 | 約 100 – 300 mK | 10 µs – 1 ms | ○ 数十 eV @ 6 keV | ◎ 1000素子/同軸1本 | ミリ波・赤外天文カメラ、CMB観測 |
| MMC | 磁化変化 | 10 – 20 mK | 立ち上がり < 1 µs | ◎ 1–2 eV @ 6 keV、線形性が良い | △ 開発中 | 核物理(ニュートリノ質量)、X線分光 |
数値は代表的な報告例であり、素子設計によって大きく変わります。◎○△× は相対的な傾向を示すものです。
私たちが目で見ている宇宙は、電磁波のごく一部にすぎません。 赤外線とX線を見にいくと、そこには「冷たすぎて見えないもの」と「熱すぎて見えないもの」が広がっています。
ものは温度に応じた電磁波を出します(黒体放射)。ピーク波長は温度に反比例し、 λpeak ≈ 2900 / T [µm·K] という簡単な式で見積もれます。 つまり何を見たいかで、使うべき波長が決まるのです。
赤外線とX線の大部分は地球大気に吸収されるため、宇宙に望遠鏡を打ち上げる必要があります。そして観測装置自身も冷やさなければなりません。
可視光は星間塵に散乱されて届きませんが、赤外線は塵を透過します。星が生まれつつある雲の内部や、銀河中心の様子が見えるようになります。
遠方の銀河ほど宇宙膨張で光が引き伸ばされます(赤方偏移)。ビッグバン後数億年の最初期の銀河は、可視光ではなく赤外線として届きます。
惑星が恒星の前を横切るとき、大気を透過した光のスペクトルに分子の吸収線が刻まれます。水や二酸化炭素の指紋は赤外域にあります。
ここで問題になるのが望遠鏡自身の熱放射です。300 K の鏡は 10 µm 付近で強烈に光っており、 観測したい天体の信号を覆い隠してしまう。だから望遠鏡ごと冷やす。 NASA・ESA・CSA のジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)は、 テニスコート大の遮熱シールドで太陽光を遮って主鏡を約 40 K に保ち、 さらに中間赤外線装置 MIRI は機械式冷凍機で 6 K 台まで冷やしています。
X線を出すのは、100万度から1億度という高温のプラズマです。ブラックホールに落ち込むガスの円盤、 超新星爆発の残骸、銀河団を満たす高温ガス。これらは可視光ではほとんど何も見えません。 しかも X線は大気を通らないので、必ず衛星が必要です。
XRISM に搭載された軟X線分光装置 Resolve は、X線マイクロカロリメータのアレイです。 X線光子1個が吸収体に落とすエネルギーを、ごくわずかな温度上昇として測る。 その分解能はおよそ 5 eV――6000 eV のX線に対して 0.1 % 以下の精度です。 これを実現するために、検出器は 50 mK に保たれています。
最終段は磁気冷凍です。ADR は可動部が少なく、無重力でも姿勢に依存せず動作し、液体の消費もありません。 XRISM の ADR は多段構成で、液体ヘリウムを使い切った後も冷凍機のみで 50 mK を維持できるよう設計されています。
X線のエネルギーを 5 eV の精度で測れると、それは速度計になります。 ドップラー効果により、視線方向に動くガスから来るX線は波長がずれる。 そのずれの大きさは Δv/c = ΔE/E ですから、 5 eV / 6000 eV の分解能は 秒速 250 km 程度の速度差を見分ける能力に相当します。
XRISM の先代にあたる「ひとみ」は、短い観測期間でペルセウス座銀河団の高温ガスの乱流速度を測定し、想定より穏やか(秒速160 km 程度)であることを示しました。銀河団の質量推定の精度に直結する結果です。
鉄、ケイ素、硫黄などの輝線を分離して測ることで、宇宙の元素がどの種類の超新星でつくられたのかを定量できます。私たちの体を構成する元素の来歴を辿る作業です。
降着円盤から吹き出す高速アウトフローの速度と質量を測ると、ブラックホールが母銀河の星形成をどう抑制しているかがわかります。
輝線の強度比からプラズマ診断ができます。イオンの電離状態が「今の温度」と「過去の履歴」の両方を語ります。
今後は、欧州の Athena/X-IFU(TES アレイ、50 mK)や、宇宙背景放射の偏光を測る LiteBIRD(100 mK)など、100 mK 以下を必要とするミッションが続きます。 そのすべてで、宇宙空間で確実に動く極低温冷凍機が前提条件になります。
量子ビットは重ね合わせ状態を保っている間だけ計算できます。 その状態を壊す最大の原因が、まわりの熱です。
超電導量子ビットは、二つのエネルギー準位の差がおよそ 5 GHz のマイクロ波に相当するよう設計されます。 このエネルギーを温度に換算すると hf / kB ≈ 240 mK。 量子ビットが熱励起されて勝手に |1⟩ になってしまう確率は、ボルツマン因子 exp(−hf/kBT) で決まります。
| 環境温度 | hf / kBT | 熱励起される確率 | 判定 |
|---|---|---|---|
| 300 K | 0.0008 | ほぼ 50 % | まったく使えない |
| 4 K | 0.06 | 約 94 % | 使えない |
| 100 mK | 2.4 | 約 8 % | まだ足りない |
| 20 mK | 12 | 約 0.0006 % | 実用域 |
「10 mK まで冷やす」のは慣習ではなく、量子ビットの周波数から逆算された必然です。
「量子コンピュータ=希釈冷凍機の中の金色のシャンデリア」というイメージが定着していますが、 それは主に超電導方式の姿です。方式によって、何を冷やすのか、そもそも冷凍機が要るのかが変わります。
ジョセフソン接合(×印)とコンデンサからなる LC 回路が、原子のように離散的なエネルギー準位を持ちます。回路そのものが量子ビットなので、回路全体を熱から守る必要があります。
ゲート電極で半導体中に「量子ドット」という小さな箱をつくり、そこに閉じ込めた電子1個のスピンの向き(↑↓)を量子ビットにします。既存の半導体製造技術がそのまま使えます。
光子の偏光や位相を量子ビットとして使い、ビームスプリッタなどの光学素子で操作します。光子自体は熱に強いので冷凍機は不要。ただし出口で光子を数える SNSPD が極低温を要求します。
レーザーの焦点(光ピンセット)で中性原子を1個ずつ捕まえ、格子状に並べます。冷やす対象は原子そのものでレーザー冷却を使うため、冷凍機は要りません。数千個規模の配列が実証されています。
電極でつくった電磁場の谷に、電荷を帯びた原子(イオン)を一列に並べて捕捉します。レーザーで冷却・操作するので冷凍機は必須ではありませんが、真空槽を 4 K に冷やすと残留ガスが凍りつき、性能が上がります。
| 方式 | 量子ビットの正体 | 必要な温度 | 冷却の役割 | 特徴と課題 |
|---|---|---|---|---|
| 超電導 | ジョセフソン接合を含む LC 回路 | 10 – 20 mK | 熱励起の抑制と、マイクロ波配線からの熱雑音遮断 | ゲート速度が ns 級と高速。半導体プロセスで集積できる。冷凍機の冷凍能力と配線本数が規模の上限を決める。 |
| 半導体スピン | 量子ドット中の電子スピン | 100 mK – 1 K | スピン状態の熱励起抑制、電荷ノイズの低減 | 既存の CMOS 製造技術と親和性が高く、素子が極めて小さい。1 K 以上で動作させる「ホットキュービット」研究も進む。 |
| 光 | 光子の量子状態(偏光・スクイーズド光) | 量子ビット自体は室温 | ただし検出器(SNSPD)に 1–4 K が必要 | 光ファイバとの相性がよく、通信・分散処理に向く。損失のない光学系の実現が課題。 |
| 中性原子 | 光ピンセットに捕捉された原子 | 原子は µK(レーザー冷却) | 装置本体は室温。冷やす対象が「原子そのもの」で、冷凍機は不要 | 同一の原子を大量に並べられ、数千量子ビット規模の配列が実証されている。ゲート速度は超電導方式より遅い。 |
| イオントラップ | 電磁場に捕捉されたイオン | イオンは mK 以下(レーザー冷却) | 4 K の真空槽を使うと残留ガスが凍りつき、真空度と加熱率が改善する | ゲート忠実度が最も高い。イオン同士の相互作用を介すため動作が遅く、大規模化に工夫が要る。 |
「レーザー冷却」は特定の原子・イオンだけを冷やす手法で、装置全体を冷やす冷凍機とは役割が異なります。 冷凍機が本質的に必要なのは超電導方式と半導体スピン方式、そして光方式の検出器部分です。
10 mK を連続で維持できる装置は、現在ほぼ希釈冷凍機一択です。 ³He と ⁴He の混合液が二相に分離する性質を使い、³He を薄い相へ「蒸発」させて冷却します。 非常に優れた技術ですが、量子コンピュータの大規模化にあたって次の壁が見えています。
³He は自然界にほとんど存在せず、主にトリチウムの崩壊生成物として得られます。供給量が限られ、価格も高い。量子コンピュータが数千台規模で普及したときに供給が続くのか、という懸念があります。
10 mK 台での冷凍能力は数十〜数百 µW にすぎません。一方、量子ビットを1個増やすたびに制御配線が増え、室温側から熱が流れ込みます。冷凍能力が、そのまま量子ビット数の上限になっています。
前段のパルス管冷凍機は機械的な振動を発生します。この振動が磁束ノイズや電荷ノイズに変換され、量子ビットのコヒーレンス時間を縮めることがあります。
室温から 10 mK まで冷やすのに数日を要し、混合ガスのハンドリングにも熟練が必要です。装置を「家電のように」扱えるようにするには、まだ距離があります。
断熱消磁冷凍(ADR)は、磁性体に磁場をかけてスピンを揃え(断熱励磁)、 熱を捨ててから磁場を取り去る(断熱消磁)ことで冷やします。 液体も ³He も使わず、原理的には磁石とスイッチだけで動きます。
私たちのグループは、この課題群――磁性材料の選択、熱スイッチ、連続 ADR のサイクル設計――に正面から取り組んでいます。 量子コンピュータを「研究室の装置」から「使えるインフラ」にするために、冷凍機の側から貢献したいと考えています。
ここだけは極低温の話ではありません。しかし「熱をどう捨てるか」という問いは同じで、 規模の大きさでは群を抜いています。
クラウドサービス、動画配信、SNS がじわじわと需要を押し上げてきたところに、生成AI が加わりました。 大規模言語モデルの学習は数千台のGPUを数週間連続で回す作業ですし、 学習が終わった後も、世界中からの推論リクエストが常時走り続けます。
ハードウェアの側も変わりました。かつてのサーバ用CPUは 100–200 W 級でしたが、 AI 向けGPUは1枚で 700–1200 W を消費します。 その結果、ラック1本あたりの発熱は従来の 5–10 kW から 100 kW 超へ跳ね上がりつつあります。 面積あたりの発熱密度が、10倍以上になったということです。
IEA『Energy and AI』(2025年)による。2024年の 415 TWh は世界の総電力消費の約 1.5 % に相当し、 2030年には 2.3 倍に達すると見込まれています。945 TWh は、日本の年間総電力消費量(約 1000 TWh)に匹敵する規模です。
データセンターの効率は PUE(Power Usage Effectiveness)という指標で表されます。
PUE = 施設全体の消費電力 ÷ IT機器の消費電力
青がIT機器、橙が冷却・電源損失など。PUE 1.5 のままなら 2030年の 945 TWh のうち 300 TWh 以上が計算以外に使われる計算になります。冷却効率の 0.1 の改善が、原発数基分に相当します。
かつて冷却は「壊れないために必要な裏方」でした。いまは違います。 最新のプロセッサは温度が上がると自動的に動作周波数を落とす(サーマルスロットリング)ため、 冷やせないチップは、遅いチップです。冷却性能がそのまま計算性能になる。
こうした事情から、冷却技術は空冷から液冷(コールドプレート)、さらに液浸冷却へと移りつつあります。
水素を運ぶために 20 K。宇宙のX線を精密に測るために 50 mK。量子ビットを熱から守るために 10 mK。 分野はばらばらでも、要求はひとつに収束します―― より高い効率で、より安定に、より小さな装置で冷やすこと。 磁気冷凍は、そのすべてに同じ原理で応えられる可能性を持った技術です。
磁気熱量効果を用いた AMR サイクルにより、既存の気体冷凍を超える効率での水素液化を目指しています。材料探索からシステム設計まで一貫して取り組んでいます。
断熱消磁冷凍(ADR)とその連続化(cADR)により、³He に依存せず、宇宙でも地上でも動く mK 冷凍を目指しています。超電導センサと量子コンピュータの基盤です。