まるで手品!?なプラスチック

まずはこちらの動画をご覧ください。

青いプラスチック片が、お湯につけたらやわらかくなり、簡単に形を変えることができるようになりました。
そして、もう一度同じ温度のお湯につけたとたん、なんと一瞬で元の形に戻りました

あんなに形が崩れてしまったのに、お湯につけただけであっという間に元に戻るなんて、いったいどういうプラスチックなんでしょう?

プラスチックで形状記憶って?

そう、これは「形状記憶」のプラスチックなんです。
メガネのフレームやブラジャーのワイヤーに使われている「形状記憶合金」なら聞いたことはあるけれど、プラスチックで形状記憶? 
あまりピンときませんよね。

プラスチックは、ペットボトルなどの容器、電気製品のボディ、車の内装、住宅建材、ラップフィルム……などなど、さまざまな用途に幅広く使われていて、私たちの生活とは切り離せない材料です。
軽くて丈夫、やわらかくて成形もしやすいので、これだけいろいろなものに使われているのですが、「形をいったん変えたあと、また元の形に戻るプラスチック」というのは目にしたことがありません。

でもじつは、私たちの身近にある「あるモノ」で、プラスチックで形状記憶とはどういうことかを説明することができるんです。
それは、プラスチックと同じく「ポリマー(高分子)」でできている輪ゴムです。

形状記憶ポリマー

輪ゴムは輪になったこの形が基本の形です。指で引っ張ると伸びますが、離すとすぐに元の形に戻りますよね。これは輪ゴムが元の形を覚えている、つまり形を記憶しているからです。

なぜ元の形に戻るの?

先ほども言いましたが、プラスチックというのは、ポリマー(高分子)からできています。

形状記憶ポリマー
ポリマーは、モノマーと呼ばれるこのような小さな分子がつながってできています。
形状記憶ポリマー
モノマーは基本的に、ふたつ手が出ていて、その手が他のモノマーとつながっていくことでポリマーとなります。プラスチックは、このようなポリマーの鎖が集まってできています。
形状記憶ポリマー
輪ゴムも同じようにポリマーの鎖が集まってできていますが、鎖をまとめるため、要所要所に橋を架けて固定してあります。これを「架橋」といいます。
じつは「形状記憶」の性質を持つには、この架橋に秘密があるんです。

架橋で固定されたポリマーの鎖は、最初に架橋された状態がエネルギー的にもっとも安定した状態となります。輪ゴムでいえば、なんの力も加わっていない、ふつうの状態です。

形状記憶ポリマー
輪ゴムに、引っ張るなどして力を加えると、架橋を基点にポリマーの鎖がこのように変形します。
形状記憶ポリマー
変形によってエネルギー的に不安定になったポリマーは、必ず安定なところに戻ろうとします。そして、基点となる架橋の力でふたたびポリマーの鎖が元の位置に戻るため、輪ゴムも元の形に戻るのです。

つまり、架橋されていれば、どのプラスチックも形状記憶性がある、ということになるんです。私たちが使っている椅子などのプラスチックも、形状記憶性を持たせようと思えば、ポリマーに架橋してそのように作ることができる、ということなんですね。

温度がポイント

形状記憶ポリマー

ただ、冒頭のプラスチック片が輪ゴムと違うのは、引っ張ったあと、手を離しても伸びきったまま固まっていたという点です。輪ゴムのようにすぐに元の形には戻らず、元の形に戻ったのはお湯につけたときでした。
このプラスチック片と輪ゴムの違いは、固まる温度の違いにあります。

たとえば、輪ゴムを引っ張って伸ばしたまま、とても冷たい場所に置いたらどうなるでしょう? そう、凍って、引っ張っていた手を離しても輪ゴムが伸びたままの形で固まりますね。それをもう一度あたたかい場所に戻したら? やわらかくなって、スポンと元の形に戻るでしょう。冒頭のプラスチック片と同じ動きですよね。

「やわらかい」と「かたい」を行き来する

つまり、こういうことです。
このプラスチック片はAの形で架橋されていて、さらに室温で固まるように設定されているんです。

形状記憶ポリマー

それをお湯につけるとやわらかくなり、変形できます。
お湯から出してすぐに手で引っ張るとBの形になりますが、この状態はエネルギー的に不安定なので、本来ならAの形に戻ろうとするはずです。

形状記憶ポリマー

ですが、室温に戻ってBの状態のまま固まってしまったので、Bの形が維持されているんです。

それをお湯で再度あたためることでやわらかくなり、エネルギー的に安定したAの形に戻る、というわけ。

あたためる → やわらかくなる → 変形できる → 冷える → かたくなる → 変形したまま固まる → あたためる → やわらかくなる → 元の形に戻る

「やわらかい」と「かたい」のふたつの状態を温度の設定によって自由に行き来させることで、このプラスチック片は形を変えたり、元に戻ったりできるのです。
この温度の設定をするのが難しいので、私たちはふだん形状記憶性のあるプラスチックをあまり目にしないんですね。

空気が読める?! 賢いポリマー

このようなプラスチックは、一般には形状記憶ポリマーと呼ばれていますが、上記のプラスチック片のように引っ張るなどの力を加えなくても、温度磁力などの刺激だけで変形するポリマーもあります。
周りの変化に敏感に反応する、つまり「空気が読める」賢い(スマートな)ポリマーということで、私たちはこれを「スマートポリマー」と呼んでいます。

このスマートポリマー、未来の医療を変えるすごい材料として今、注目されています。
たとえば温度だけで変形するポリマー。これに薬剤を包んで体内に入れれば、癌などの患部に直接貼って「あたためたら薬剤が放出し、元の体温に戻せば放出が止まる」という治療も可能になるんです。
NIMSでは、体に安全な生分解性材料のスマートポリマーで、反応温度を体温や室温など細かく設定する技術を開発し、医療の可能性を大きく広げました。
医療の未来を変える、驚きのポリマー。NIMSは今後もこのスマートポリマーを使って、高度な機材や設備の整った医療施設がなくても、色んな治療が可能になる材料の開発を目指していきます。

形状記憶ポリマー

新しいがん治療材料として実用化が待たれている、がん細胞に直接貼って治療する「ナノファイバーメッシュ」

【関連リンク】

【解説】荏原 充宏(NIMS) 【編】田坂苑子(NIMS)