“インフラ構造材料研究拠点の構築による構造物劣化機構の解明と効率的維持管理技術の開発”
研究概要

 我が国の高速道路・橋梁・トンネルといった公共構造物の多くは、高度経済成長期に建設され、高経年化による劣化が深刻な問題となってきている。例えば5年後には2m以上の道路橋の43%が築後50年を超える。現在社会インフラの維持管理・更新のコストは年間約5兆円とされているが、今後急激に増大し、2030年までには倍増すると予想されている。一方で、人口減少時代を迎えた我が国では、豊富な経験と知識、優れた技能を有する技術者が減少していくことは避けられない。限られた財源と人材のもと、膨大なインフラの維持管理に対処するためには、維持管理フローの高効率化が必須である。このためには、インフラ維持管理フローの各段階に新しい技術を導入し、容易かつ高精度な劣化診断手法と補修・補強技術を確立しなければならない。この様な喫緊の課題に対して、企業、大学、研究機関が総力を挙げて、土木工学と材料科学・工学の異分野連携、府省連携に取り組み、必要十分な技術開発とその社会実装を強力に推し進める必要がある。

 この課題を推進すべく、材料研究の専門化集団からなる物質・材料研究機構と、京都大学の土木工学の専門家、東京工業大学のセメント化学専門家からなる研究体制を構築した。また2017年度からは日本大学のAEトモグラフィの解析プログラムの専門家も参画した。

 図1には本研究プロジェクトの全体概要を示した。鉄筋コンクリート(RC)構造物の劣化には塩害、中性化、アルカリシリカ反応、凍害とその複合劣化などがあるが、本研究では我が国でも最も深刻な劣化機構である塩害に重点をおいた。 図は塩害によるRC構造物劣化の過程と本研究の研究課題を示した。塩害はまず融雪剤や飛来海塩などから塩化物イオンがコンクリート内に浸透する事から始まると言える。この潜伏期は少なくとも外観上には変化は現れない。塩分が鉄筋に到達すると鉄筋表面の不動態膜を破壊し腐食が開始すると言われている。本研究ではまずコンクリート中の鉄筋の腐食過程の詳細解明を行った。その為に高酸素濃度腐食加速試験法を開発するとともに腐食した鉄筋や腐食生成物のナノーミクロスケールでの組織解析を行った。これにより鉄筋の表面に存在するミル・スケール(黒皮)が大きく影響することを明らかにした。

 構造物の劣化診断や維持管理にはその構造物がさらされている環境を把握する事が重要である。そこで腐食や腐食環境を定量的かつ連続的に計測する技術を開発するとともに効率的な維持管理のために適切な材料選定や補修計画に役立つ腐食マップを構築した。またコンクリート中の鉄筋の腐食はコンクリートにひび割れ(腐食ひび割れ)を生じさせるとともにそれ自身の面積減少により構造物の強度を低下させるため、構造物内の鉄筋の腐食状態を知る事は効率的な補修計画の策定に貢献する。そのため電磁波を利用してコンクリート構造物内部の鉄筋の腐食程度を非破壊的に検出する技術を開発した。またコンクリート内部の塩化物イオン濃度やpHなどの環境因子を微小なセンサーで電気化学的にセンシングする技術を開発した。

 2014年に義務づけられた5年に一度のインフラ構造物の目視点検を最大限に活用するために腐食ひび割れに着目した簡易なスクリーニング手法を開発した。この結果はコンクリート標準示方書[維持管理編]にも取り入れられる予定である。また詳細な構造物変状検出技術として、として床版を対象にAEトモグラフィにより非破壊的に内部損傷を検出する技術を開発するとともに、その解析手法の改良、効率化を行った。

 インフラ維持管理の専門技術者数も今後急速に減少すると予測されており、特に地方において住民によるインフラ維持管理の仕組みが構築されている場合もある。そこで非専門家による遠方からのひび割れの発見を容易にする歪み可視化シートについて耐候性の改善とその土木構造物への施工方法、検出支援ソフトを開発した。またモアレ縞法によりひび割れ幅を検出する技術を開発した。

 補修材料として、ムラサキイガイなどの付着生物が持つ接着性タンパク質に着目して水中でも硬化可能な補修・接着材料や、塩化物固定能とひび割れ抵抗性を有するセメント系材料を開発した。さらに長寿命化材料としてエポキシ鉄筋並の低価格で製造可能で機械特性、溶接性にも優れた耐食鋼を開発した。

 また様々な補修材料の評価手法の確立と土木学会としての標準化を目指し大学・企業・国研の協働により特に自己治癒型充填材、腐食抑制型含浸材を対象にした研究会活動を行った。

 また各研究項目について現場のニーズの抽出などの情報交換や開発技術の現場試験などを効率良く行うための異業種・異分野連携を可能にするために図2に示すNIMS構造材料研究拠点内に“インフラ構造材料クラスター”を構築し、40を超える企業、大学、公的研究機関などが参画した。ここではさらに図3のようなサマースクールや若手フォーラムなどの人材育成活動も活発に行った。

図1 本研究プロジェクトの全体概要
図2 インフラ構造材料クラスター 体制図
図3 インフラ構造材料クラスター:継続的な人材育成活動