研究内容


1.1 局所的なイオン移動と電気化学反応の制御

銀イオンと電子が移動できる混合伝導体である硫化銀(Ag2S)を走査型トンネル顕微鏡(STM)の探針として用いる。このAg2S探針と白金基板との間に印加する電圧の極性と大きさやトンネル電流の大きさを変化させると、Ag2S探針の先端にAg原子からなるナノスケールの突起が成長したり収縮したりする(図1)。Ag突起の成長と収縮は、固体内の電気化学現象によって生じる。Ag2S探針と試料との真空ギャップの距離は1 nm程度なので、基板に負の電圧を印加すると、基板からAg2S探針に向かってトンネル電子が流れ、Ag2S探針の先端近傍のAgイオンはそのトンネル電子との還元反応(Ag+(Ag2S) + e- ⇢ Ag)によって中性のAg原子になるがAg2Sの内部では不安定となり、Ag2S探針の表面に析出してAg突起を形成する(図1(a))。試料に印加する電圧の極性を正に反転させると、Ag2S探針の先端のAg突起から基板に向かってトンネル電子が流れるようになる。ここでは、Ag突起の中のAg原子は部分的に酸化反応(Ag+(Ag2S) + e- ⇠ Ag)によってAgイオンになってAg2S探針の中へ再固溶するので、Ag突起は収縮し消滅する(図1(b))。このAg突起の成長と収縮を利用すれることにより、原子スケールでの新しいON/OFFスイッチが創れることを見出した。

1.2 ギャップ型原子スイッチの創製

STMによるトンネル電子を利用した局所的なイオン移動と電気化学反応の制御に関する基礎実験を基にして、数個から数十個の原子(イオン)が局所的に移動することによって動作する原子スケールのスイッチデバイス、すなわち原子スイッチを創り出した。構築プロセスは半導体デバイスの構築で用いられている微細加工技術を利用した。作製した原子スイッチの走査型電子顕微鏡写真と概略図を示す(図2(a)(b))。原子スイッチは、Ag細線(電極)/Ag2S細線/Ag薄膜/Pt細線(電極)の積層によるクロスバー構造で構成され、Ag薄膜は1nm程度の厚さである。ここで、Pt電極に正の極性の電圧を印加すると、Ag薄膜が酸化反応によりAgイオンとなりAg2S内に固溶することにより、Ag薄膜が消滅してPt電極とAg2S細線の間にギャップが形成される。この状態では、電極間での電圧印加により1nm程度のこのギャップ中をトンネル電子が流れるが、その電気抵抗は数から数十MΩ程度と比較的に大きな値を示す。次に、Pt電極に負の極性の電圧を印加すると、Pt電極からAg2S細線へトンネル電子が流れて、或る閾値以上の電圧とトンネル電流の条件においてAg2S内のAgイオンが還元されてAg突起が表面上に析出・成長する。更には、Pt電極とAg2S細線のギャップ内でAg架橋が形成され、電気抵抗は数キロ~数十オーム程度と著しく減少する(図2(b))。その後、Pt電極に印加する電圧の極性を正に反転させると、Ag架橋は酸化反応によりAgイオンとなりAg2S内に再固溶することによって切断・消滅する。これによって、構築したギャップ型原子スイッチのON/OFF動作が得られる。

1.3 様々な機能の発現

ギャップ型原子スイッチは、単なるスイッチ機能だけでなく、興味深い展開として量子化伝導の発現と多値メモリへの応用、演算用の論理ゲートの構築、ナノ万年筆の構築、人工シナプスや意思決定デバイス等への応用などが挙げられる。例えば、量子化伝導は、正負の極性の電圧を精密に印加しながらトンネル電流によって電気化学反応を制御することより見出された。Ag電極/Ag2S/ギャップ/Pt電極構造の原子スイッチにおいて、Pt電極とAg電極との間にAg突起が非常に遅く成長するように小さな電圧を印加すると、Ag突起がゆっくり成長してPt電極との間で点接触が生じる。この点接触は、原子スケールでの制御が可能であるために量子化伝導を発現する。この現象を利用すると多値メモリを構築することができる。ここでは、Ag電極/Ag2S/ギャップ/Pt電極のクロスバー構造から成る1x2配列を用い、2カ所のクロスポイントでは原子スイッチが形成されている。それぞれの原子スイッチは精密な電圧印加の制御により量子化伝導を示す。量子化伝導が発現している状態において、適切な極性と大きさの電圧をパルス状に印加することにより点接触の状態が変化して、それに伴って量子数の状態を任意に切り替えることができる。図3では、量子数0から3までの4種類の状態を作り出すことが可能な原子スイッチが2個連結されていることにより、4x4=16通りの状態が得られることを示している。この機能を利用することによって多値メモリ開発が可能である。また、ナノ万年筆は、図4(a)に示すようにAg2SをSTMの探針材料に用いて、探針と基板との間に適切な電圧を加えることによって、探針先端からAg原子を連続的に基板上へ付与して金属細線を構築することができる。このSTM探針は言わばナノ万年筆であり、インクはAg2S中を移動するAgイオンである。この究極的に微細なナノペンを使えば、試料表面上に任意パターンの金属原子細線を描画することができる。(図4(b))

 


2.1 酸化物を用いた原子スイッチ

私たちは、Ta2O5をモデル材料として金属/絶縁体/金属(MIM)構造のCu(Ag)/Ta2O5/Pt原子スイッチで観測される抵抗スイッチの動作機構の解明とその機能化を進めてきました。図1(a)にCu/Ta2O5/Pt素子の典型的なI-V特性と動作モデルを示します。素子はCu電極に対して正バイアスでOFF状態からON状態にSETされ、負バイアスでON状態からOFF状態にRESETされる、バイポーラ型の抵抗スイッチを見せます。SET動作は、バイアス印加によるCuの陽極酸化、酸化したCuイオンのTa2O5膜中の伝導、Pt電極上のCuの核形成と核成長による金属架橋の構築に対応します。RESET動作は、架橋に流れる電流のジュール熱によるCuの熱酸化、イオン濃度勾配による架橋の溶解と負バイアスによるCu電極への移動・還元として説明されます(図1(b))。Cu(Ag)電極界面の可逆的な酸化還元反応はサイクリックボルタンメトリ法により観測し、生成されるイオンの濃度や拡散係数の評価に成功しました。また、酸化物薄膜の膜質と吸湿現象が抵抗動作スイッチ動作に与える影響についても明らかになってきました(図2)。

2.2 高分子電解質を用いた原子スイッチ

私たちは原子スイッチ動作が有機の絶縁体材料を用いても実現できることを実証しました。リチウムイオン電池の基材として知られるポリエチレンオキシド(PEO)に過塩素酸銀(AgCIO4)を数%混ぜた高分子電解質(SPE)膜を用いたMIM構造において、金属酸化物と同様に、金属架橋の形成・溶解に伴う抵抗スイッチ動作を観測しました。また、高分子の機械的柔軟性を利用してプラスチック基板にインクジェット印刷により塗布したSPE膜を用いた原子スイッチ素子を作製し、基板の曲げにも安定な動作を示すことを見いだしました(図3)。これは原子スイッチがフレキシブルエレクトロニクスに応用可能であることを示すものです。

2.3 量子化コンダクタンスとシナプス動作

他のReRAMには見られない、原子スイッチ特有の動作は量子化コンダクタンスとシナプス的な振る舞いです。私たちはAg/Ta2O5/PtおよびAg/PEO/Pt接合型原子スイッチを用いて、この特徴的な振る舞いの観測に成功しました。図4は、Ag/Ta2O5/Pt素子に正のパルス電圧(0.3〜0.7V, 20ms幅)を連続的に印加したときの素子のコンダクタンス応答です。パルスの時間幅や電圧値を調整することによって、素子コンダクタンスをステップ状に増大させることができます。反対に、負のパルス電圧を印加すると、素子コンダクタンスはステップ状に減少し、最終的に元のOFF状態に戻ります。この振る舞いは繰り返し観測することができます。Ag/PEO/Pt素子でも同様な振る舞いを観測し、掃印電圧の大きさによってコンダクタンス分布を制御できることを見いだしました。

素子のコンダクタンス状態は入力電圧パルスの時間間隔が振幅によって大きく変化します。図4はAg/Ta2O5/Pt素子に時間間隔の異なる電圧パルス列を印加したときの素子コンダクタンスです。長い時間間隔では、コンダクタンスはパルス電圧印加後すぐにゼロに戻ってしまいます。短い時間間隔でパルス入力すると、コンダクタンスは一時的な増大を繰り返しながら次第にG0の整数値に安定していき、入力後も一定時間その状態を維持することが可能となります。これは入力頻度に応じて伝達効率を増大させるシナプスの長期増強現象と同様の振る舞いになります。このシナプス動作を半導体回路で実現しようとすると、10個以上のトランジスタとソフトウェアプログラミングが必要となります。原子スイッチは1個の素子でプログラム不要で模倣できるため、次世代ニューロネットワーク回路の構成要素として使用できる可能性を秘めています。

2.4 3端子素子

2端子構造においてPt電極を薄い絶縁膜で分割し、分割した電極間を接続するように金属の核形成・溶解を起こしてやれば、トランジスタ動作が可能となります。私たちはこの3端子素子を、ゲートから金属イオンを移動させてトランジスタ動作に成功しました。試作した素子のSEM写真と断面模式図を図6に示します。ソース・ドレイン電極を構成する多層構造をFIBで削り、その側壁にTa2O5膜をスパッタ成膜し、さらにCuやAgをゲート電極として形成しました。

図7はCuをゲート電極として用いた3端子素子の動作結果を示します。ゲート電極に正バイアスを印加していくと1.3V付近でソース・ドレイン電極間電流(以降,ドレイン電流と呼ぶ)が6桁以上上昇します。このとき、ゲート電圧を1.5Vで折り返して0Vに戻すと、ドレイン電流は0.65V付近でpAレベルまで落ちる、揮発性動作となります。一方,ゲート電圧の掃印を3Vまで続けると、 2.7V付近でドレイン電流のもう1段の上昇が観測されます。この2段階目の抵抗変化が起こると、ゲート電圧を0Vに戻してもソース・ドレイン間抵抗は低いままとなり、不揮発性動作になります。すなわち、ゲート電圧を制御することにより揮発/不揮発の2つの動作を実現できます。観測されたON状態はソース-ドレイン電極間のCu核の形成と溶解に起因し、Cu核の構造安定性により揮発・不揮発動作が決まっているものと考えられます。



3.1 意思決定機能の数理モデル

光刺激を嫌う粘菌アメーバは、どちらの分枝を伸ばせば光刺激を最小化できるかを、分枝間の綱引きによって効率的に行っていると思われることから、我々は「綱引き原理」という効率的意思決定の計算原理を抽出することに成功しました。この「綱引き原理」を、原子スイッチにおいて析出される原子塊間の綱引きに適用することで、原子スイッチを使った意思決定が可能になります。原子スイッチだけではなくイオニックデバイスを用いた実装も行っており、例えば、ひまわりのように光吸収を最大化させるように自ら角度を調整する自律的な知的ナノデバイスの構築が可能になります。

3.2 綱引き原理

多本腕バンディット問題を効率的に解く物理的計算原理です。 図1に示すように、物体の位置に依存してプレイするマシンを選択します。 物体が真中から左側にずれた状態はマシンAを、右側はマシンBを選んでいる状態であると考えます。 ここで、物体(中心位置)は常に揺らいでいると仮定します。 もしスロットマシンをプレイしてコインが出た場合、物体を順方向(Aなら左、Bなら右)に一単位移動し、出なかった場合は逆方向(Aなら右、Bなら左)にω(パラメタ)単位移動させます。 このプロセスを繰り返すことでコインを効率的に獲得することができることが数学的に示されています [1]。

[1] S.-J.Kim, M. Aono, & E. Nameda, New J. Phys. 17, 083023, 2015.

3.3 多本腕バンディット問題

図2に示すように、簡単のため、4つのスロットマシンを考えます。 各スロットマシンはあらかじめ決められた報酬確率(PA, PB, PC, PD)でコイン1枚を出すと仮定します。報酬確率のわからないプレーヤーはどのようなポリシーでプレイすると獲得報酬量を最大にできるであろうか? これが多本腕バンディット問題と呼ばれています。 より一般的な場合は、コイン枚数も可変で報酬確率(分布)も時間的に変化するので、 計算論的にも非常に難しい問題とされています。

 


4.1 意思決定デバイス

研究詳細:固体電解質内の水素イオンの移動が引き起こす電気化学現象を利用して動作する意思決定イオニクスデバイスの模式図を図1に示します。正しい判断を繰り返すことで、一方向に反応が進み、イオンや分子の濃度が偏り、よりその判断をしやすくなります。ここで取り扱っているのは 3.1で述べた多本腕バンディット問題であり、綱引き原理が働いています。この仕組みを用いて、無線通信において、混雑した通信ネットワークの状況変化に適応して通信量を最大化するための最適な通信チャネル(周波数帯域)を選択することに成功しました(図2)。さらに、複数の利用者が互いにチャネルを譲り合って全体の通信量を最大化するという、より高度な問題においても最適なチャネルの選択が可能でした(図3と4)。

図1: 水素イオンの移動による電気化学現象を利用して学習と判断を行う意思決定イオニクスデバイスの模式図。

図2: 外部からの通信チャネルAとBの使用状況を学習して、自己の通信量を最大化するにはどのチャネルの利用が最適かを迅速に判断できることを示す。図中のチャネルAおよびチャネルBはその時間帯での最適なチャネルを示す。

図3: 2人の利用者が通信ネットワークを利用する競争的多腕バンディット問題の模式図。自分勝手な利用者が最も良いチャネルを重複して利用しようとする場合(a)、利用者2人が重複を避けて譲り合うことで全体の通信量を最大化しようとする場合(b)。

図4: 意思決定イオニクスデバイスで実現した利用者1と2のチャネル選択(a)。譲り合いによる全体(利用者1と1)の通信量の最大化(b)。


5.1 全固体電気二重層・酸化還元デバイス

図1に全固体電気二重層トランジスタの模式図を示します。ゲート電圧が印加されると固体電解質層の中でイオン輸送が起こり、固体電解質/電子材料界面にイオンが蓄積します。この時、電子材料内では界面のごく近傍にイオンとは逆符合の電荷を持つ電子キャリアが注入されます。このように高密度のイオンと電子が対向して形成される層を電気二重層と呼びます。電気二重層によって注入される電荷量は外部電場(ゲート電圧)によって制御することが出来るため、これを利用して電子材料の電子キャリア濃度を可逆的に制御することが出来ます。電気二重層の特徴は数十µF/cm2という非常に大きな容量にあり、静電的なキャリア制御法であるにも関わらず高濃度の電子キャリアを注入することが出来ます。化学ドープ、化学組成変化で見られる構造欠陥の導入が原理上起こらないため、例えば超伝導のような欠陥による電子構造の撹乱の影響を強く受ける電子物性に特に有効なキャリア制御方法と言えます。

図2に全固体酸化還元トランジスタの模式図を示します。ゲート電圧印加によって電気二重層トランジスタと同じく固体電解質内でイオン輸送が起こりますが、イオンは電子材料内に挿入されます。挿入されたイオンによって持ち込まれた電荷を補償する形で電子キャリアが電子材料中に注入されます。このような電子キャリアの制御法を酸化還元反応と呼びます。この場合もゲート電圧によって電子キャリア濃度を可逆的に制御することが出来ますが、反応機構に比較的進行が遅い素過程が含まれる場合、不揮発的な動作が得られるという特徴があります。これは情報通信デバイスへの応用上、大変有利な性質と言えます。

5.2 全固体電気二重層トランジスタを用いた高温超伝導の探索

超伝導は現代社会が直面する深刻な環境・エネルギー問題を解決する可能性を持つだけでなく、情報通信分野においても超高速・低消費電力の特徴を備える超伝導コンピュータへの応用が期待される重要な技術であり、超伝導転移温度の高温化、特に室温化は人類の究極の夢と言っても良いテーマです。私達は全固体電気二重層トランジスタを用いて絶縁体や半導体等の様々な物質に電子キャリアを注入することで、飛躍的に高い超伝導転移温度の実現を目指しています。 図3にリチウムイオン伝導性固体電解質と金属超伝導体として有名なニオブを用いた全固体電気二重層トランジスタの模式図、及びこのトランジスタで観察された超伝導転移挙動を示します。ゲート電圧印可状態の電解質/ニオブ界面で高濃度の電子キャリアが注入されることで超伝導転移温度が上昇していることがわかります。

5.3 酸化グラフェンを用いたバンドギャップ制御

グラフェンは炭素原子同士がsp2結合し蜂の巣(ハニカム)型の構造を持つ二次元物質です。一般的な電子材料と比較して非常に高い移動度を示すため、電子デバイスへの応用が期待されています。一方、この炭素原子の結合の一部がsp3結合に変化した物質を酸化グラフェンと呼びます。近年、この酸化グラフェンがグラフェンにはない興味深い物性(導電特性,光吸収,蛍光、室温強磁性等)を示すことが報告されていますが、面白いことにこうした様々な物性がsp2結合/sp3結合の含有比に強く依存することがわかってきています。私達は全固体酸化還元トランジスタの中で起こる酸化還元反応によって、sp2結合/sp3結合の含有比を制御することで導電特性、光吸収、蛍光等を制御する多機能型デバイスとすることに成功しました。図4、図5に全固体酸化還元トランジスタで制御した酸化グラフェンのバンドギャップ及び蛍光の電圧依存性を示します。バンドギャップが小さくなるほど蛍光のピーク波長が短くなるという、一般的な蛍光材料には見られない特徴を示しています。情報通信デバイスや光学デバイスへの応用は勿論,生体物質による蛍光の変調作用を活かしたバイオセンサーへの展開も考えられます。

5.4 酸化還元反応による磁気特性制御

近年、様々な磁気効果(磁気抵抗効果、巨大磁気抵抗効果、トンネル磁気抵抗効果、磁気光学効果等)が情報通信デバイス、特に高容量メモリ素子に応用されています。磁気特性の新しい制御法が開発されれば、従来技術で得られない特性・性能を有する新規なメモリ素子の創出に繋がる可能性があります。そこで私達は室温で強磁性を示しスピントロニクスの有望な材料であるマグネタイト(Fe3O4)薄膜の酸化還元反応で磁気特性を制御可能な全固体酸化還元トランジスタの作製を行いました。 図6、図7に電圧印加により制御したマグネタイトの磁化率及び磁気抵抗効果の電圧依存性を示します。リチウムイオンの挿入・脱挿入に伴いマグネタイト中のスピン数が変調され、磁化率と磁気抵抗効果が可逆的に制御されています。



6.1 連鎖重合反応のナノスケール制御

分子サイズのデバイスを動作させるには、分子サイズの幅で電気を通すナノワイヤーで配線する技術が必要です。金属線を分子サイズまで細くすることは極めて困難なので、金属線の代わりに電気を流す分子(導電性高分子)を用いる配線法が求められていました。我々は、有機分子の連鎖重合反応を1 nm程度の空間分解能で局所的に制御する技術を開発し、導電性高分子ナノワイヤーを任意の位置に一本ずつ作成することに成功しました[1]。図1にその手順を示します。用いた有機分子はジアセチレン化合物と呼ばれる、炭素-炭素三重結合を二つ含む分子です。この分子をグラファイト表面に適当な方法でのせると、分子が自発的に規則正しく直線状に並んだ単分子膜(自己集合分子膜)ができます。走査トンネル顕微鏡(STM)の探針を用いて、任意の一分子にパルス電圧をかけると、分子が励起され、その分子を起点として一次元的な連鎖重合反応が引き起こされ、導電性高分子の一種であるポリジアセチレン化合物が生成します。結果的に、任意の一点で一度だけ刺激を与えるだけで、わずか一分子幅の導電性高分子鎖を瞬時に作成することができるのです。図2には、連鎖重合反応前後の試料をSTMで観察した像を示します。図2(b)で明るい直線として観察されているものが形成された一本の導電性高分子鎖(ポリジアセチレン)です。
本技術は、欠陥が無く直線性の良い単一導電性高分子鎖を形成できることや、室温で作成できること、また、真空を必要とせず、大気中や液中で反応が起こることなど、多くの利点を持っています。

1) “Nanoscale control of chain polymerization”, Y. Okawa, M. Aono, Nature 409 (2001) 683.

6.2 化学的ハンダづけ

次世代ナノデバイスの有力候補として、個々の有機単分子に整流やスイッチ等の電子デバイス機能を持たせる、単分子エレクトロニクスデバイスの提案がなされてきました。しかし、これまで多大な努力がなされてきたにもかかわらず、いまだ実現には至っていません。その大きな理由の一つは、デバイス機能を持った有機単分子に配線を行う適切な方法がなかったことにあります。個々の有機分子に対して、導電性高分子鎖を一本ずつ接続して配線する技術が求められていました。

我々は、化学的ハンダづけと名付けた新しい単分子化学反応制御法を見出し、個々の有機分子に導電性高分子鎖を一本ずつ配線する事に成功しました[2]。まず、ジアセチレン化合物分子が秩序正しく並んだ平坦な膜を作成し、その上に機能を持った有機分子を配置します(図3(a))。次に、走査トンネル顕微鏡(STM)の探針を分子膜上に配置し、電圧パルスを与えると、上述のようにその位置を起点としてジアセチレン化合物の連鎖重合反応が始まり、一本のポリジアセチレン鎖が自発的に成長します(図3(b))。連鎖重合反応が進行している時の末端は、カルベン等の化学的に極めて活性な状態にあるため、配置した有機分子に到達すると、自発的な化学反応が起こって有機分子と導電性高分子とが結合した構造が自動的にでき、単分子配線が完成します(図3(c))。

機能を持った有機分子としてフタロシアニンを用いたときの化学的ハンダづけの実例を図4に示します。ジアセチレン化合物(10,12-ノナコサジイン酸)の分子膜に、フタロシアニンを少量蒸着すると、フタロシアニン分子が5つ並んだ構造が安定にできます。そこに化学的ハンダづけを二度行うことで、単一のフタロシアニン分子に二本の導電性高分子鎖を配線することに成功しました。また、接続後の電子準位を検討すると、フタロシアニンに二本のポリジアセチレン鎖が接続した構造(図4)は共鳴トンネルダイオードとして機能することも予想されま。

2) “Chemical wiring and soldering toward all-molecule electronic circuitry”, Y. Okawa, S. K. Mandal, C. Hu, Y. Tateyama, S. Goedecker, S. Tsukamoto, T. Hasegawa, J. K. Gimzewski, M. Aono, J. Am. Chem. Soc. 133 (2011) 8227.

6.3 機能計測法の開発

上述のようにして作成した単一導電性高分子鎖やそれを配線した単分子デバイスの電気特性を計測するためには、グラファイトのような導電性の基板ではなく、絶縁体の基板上にデバイスを作成しなければなりません。そこで、ジアセチレン化合物の自己集合分子膜が配列して連鎖重合反応を起こすことができる絶縁体基板の探索を行いました。その結果、六方晶窒化ホウ素基板上でジアセチレン化合物の自己集合分子膜の形成と連鎖重合反応誘起ができることを見いだしました。図5には、六方晶窒化ホウ素基板上に微小金属電極を作成し、電極間に単一のポリジアセチレン鎖を作成した様子を示します[3]。このような方法の他、局所的に絶縁体となるように修飾したグラフェンを基板として用いて電気伝導特性を計測する方法の開発等を行っており、単分子デバイスの機能を直接計測して実証することを目指して研究を進めています。

3) “Self-assembled diacetylene molecular wire polymerization on an insulating hexagonal boron nitride (0001) surface”, M. V. Makarova, Y. Okawa, E. Verveniotis, K. Watanabe, T. Taniguchi, C. Joachim, M. Aono, Nanotechnology 27 (2016) 395303.



7.1 酸化物ナノワイヤデバイスの作製法

酸化物ワイヤをガスセンサーなどに応用する場合、ワイヤ表面をレジストや化学薬品などで汚さずにデバイスを作製することが必要となります。きれいな表面を保持したナノワイヤデバイスを作る方法として、原子間力顕微鏡のプローブ先端や尖った金属ワイヤを用いて、あらかじめ作製した電極上に酸化亜鉛ナノワイヤを移動する方法を提案&実証しました[1] (雑誌NanotechnologyのHighlights 2009に選出)。

[1] M Sakurai, Y G Wang, T Uemura and M Aono “Electrical properties of individual ZnO nanowires”, Nanotechnology 20, (2009) 155203-1.

7.2 インジウムドープ酸化亜鉛ナノワイヤ

酸化物結晶に不純物を添加すると結晶性が低減し、特性が大きく変化することが知られています。単結晶酸化亜鉛ナノワイヤにドープするインジウムの量を変えて作成し、特性の変化を評価しました。低温域でドナーとアクセプターの対形成によるモード(DAP)が現れることや、室温強磁性が発現することを見出しました[2]

[2] K. W. Liu, M. Sakurai and M. Aono : “Indium-doped ZnO nanowires: Optical properties and room-temperature ferromagnetism” J. Appl. Phys. 108, (2010) 043516-1

7.3 金微粒子装飾酸化亜鉛ナノワイヤ

単結晶酸化亜鉛ナノワイヤ表面を金微粒子(直径30nm)で修飾することによって、UV光を照射した際の応答速度や感度が増大することを見出しました[3]。この機能は、高感度なUV光センサー[4]などに応用できます

[3] K. Liu, M. Sakurai, M. Liao and M. Aono : “Giant Improvement of the Performance of ZnO Nanowire Photodetectors by Au Nanoparticles” J. Phys. Chem. C 114, (2010) 19835.
[4] K. Liu, M. Sakurai and M. Aono : “ZnO-Based Ultraviolet Photodetectors” Sensors 210, (2010) 8604.

7.4 酸化物コア・シェルマイクロワイヤ

材料の持つ融点の違いを利用すると、異なる酸化物で作られたコア・シェル構造が生まれます。酸化ガリウムと酸化すずのコア・シェルワイヤとは、酸化ガリウムワイヤの表面を薄いアモルファス酸化すず層で覆ったものであり、大きな表面積を持ちます。酸化すず表面でのユニークな水分子の吸脱着を、コア・シェル構造にて増幅することによって、湿度や温度の超高感度な検出を実現しました[5]。さらに、ワイヤを曲げて吸脱着を制御することによって、大きな歪定数を実現しました[6]

[5] K. Liu, M. Sakurai and M. Aono : “One-step fabrication of β-Ga2O3–amorphous-SnO2 core–shell microribbons and their thermally switchable humidity sensing properties” J. Mater. Chem., 22 (2012) 12882.
[6] K. Liu, M. Sakurai and M. Aono : “ Enhancing the Humidity Sensitivity of Ga2O3/SnO2 Core/Shell Microribbon by Applying Mechanical Strain and Its Application as a Flexible Strain Sensor ” Small 8, (2012) 3599.

7.5 酸化すずマイクロワイヤ

ルチル構造は、結晶の対称性から電界ピエゾ特性を示さない特性を持ちます。この特性を利用して、単結晶酸化すずワイヤにて可逆的な半導体-絶縁体転移を実現しました[7,8]。これは、機械的な応力印加による結晶中の格子欠陥の生成と、電圧印加による修復とを組み合わせたものです。可逆性は、すべり面の形成によるものです[8]。材料自体の特性とサイズ効果などの組み合わせによって、超高感度UV光センサーとして動作します [9]。さらに、格子欠陥操作を光励起キャリアのリセット機能として用いると、半導体UV光センサー分野で懸案のPPC問題を解決できます[9]

[7] K. Liu, M. Sakurai, M. Aono : “Controlling Semiconducting and Insulating States of SnO2 Reversibly By Stress and Voltage” ACS Nano 6, (2012) 7209.
[8] M. Sakurai, K. Liu, M. Aono : “Reversible and nonvolatile modulation of electrical resistance in SnO2 by external strain” Appl. Phys. Express 7, (2014) 031101-1.
[9] KW Liu, M. Sakurai, M. Aono, D. Shen : “Ultrahigh-Gain Single SnO2 Microrod Photoconductor on Flexible Substrate with Fast Recovery Speed” Adv. Funct. Mater. 25, (2015) 3157.



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