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読者の皆様

超微細粒研究の中で得られた重要な知見の一つは、ひずみと組織の関係でしょう。
9月号ではポストドクのMurtyさんが圧縮ひずみとフェライト再結晶組織の関係について論じましたが、今回は井上さんがせん断ひずみの有効性を論じます。ひずみとは何でしょうか、そのようなこともお考え頂きながらご一読頂けると幸いです。

■ せん断付与加工による形質制御技術--------------------------------------------

冶金グループ 井上忠信

 微細な結晶組織を創製することを目的として,各種の強加工技術が提案されています.これらの強加工技術を用いることで,従来にない大ひずみを導入し,超微細組織を創製することに成功しています.
さて,微細組織創製において,主要なプロセスパラメータであるひずみは,大きく2つの成分,せん断ひずみと圧縮(引張り)ひずみに分けられます.前述した強加工手段は,これら2つの成分を上手く利用していると言えます.特に,せん断ひずみはフェライト(α)核の優先サイトであるオーステナイト(γ)の単位体積当たりの粒界表面積を効率良く増加させることが指摘されています.著者はこれまで,加工γからの相変態において,同じ相当ひずみの下でも,せん断ひずみが導入された領域におけるα粒径はせん断ひずみがない領域の粒径に比べて微細になることを報告しています1,2).しかし,このときの初期オーステナイト粒径は約17ミクロンであり,比較的微細な粒を対象にしていました.もし,初期γ粒径が大きければ,γ粒界だけでなく,粒内に導入された変形帯なども核生成サイトとして働き,より効率良く組織微細化が進むことが予想できます.そのためには,γ粒内の変形組織に及ぼすせん断ひずみの影響を調べておくことが必要です.
そこで,一対のアンビルによって熱間圧縮加工されたオーステナイトモデル合金Ni-30Fe鋼の内部組織に与えるせん断変形の影響を検討しました.

 75%圧縮後の試験片断面と数値解析で予測された相当ひずみの関係を比較すると,試験片中央からアンビルエッジにかけて見られるメタルフローは,大ひずみが導入された領域によく一致します. また,相当ひずみが1.50と一定値の下で,せん断ひずみの各値0,1.08,1.92,2.29に対するEBSDマップを見ると,せん断ひずみの増加に伴ってHAGBsが増えるのがわかりました.従来,変形組織は相当ひずみで整理されておりました.しかし,結晶レベルでの変形組織がせん断ひずみの有無によって異なることにより,従来のような相当ひずみだけでの整理では必ずしも十分でないことがわかりました.
 せん断ひずみがHAGBs形成に効果的である理由の一つに,局所的な回転が挙げられます.この局所回転が存在している,すなわちせん断ひずみが導入された領域では,アンビル加工によって局所的に圧縮の方向(すなわち,最小主ひずみの方向)が連続的に変化していることを意味しています.すなわち,マクロ的にはアンビル圧縮の方向が変化しなくても,せん断ひずみが導入されている領域では局所的に多方向からの加工が行われていることになります.マクロ的に圧縮の方向を途中で変える多方向非同時加工は,組織微細化や大ひずみ領域の拡大に効果的であることを既に指摘しています3).せん断ひずみを導入したことで,局所的な回転を引き起こし,多方向加工を実現させる.これにより,単一方向からの加工に比べて複数のすべり系を活動させることができ,HAGBsが効率よく形成されたと考えています.
本報告の結果として,たとえ相当ひずみが同じであっても,せん断ひずみを導入することによって,初期オーステナイト粒内に効率よく大角粒界を形成させることができることがわかりました4-6).

 微細組織創製において,塑性加工は“外形を作る”と同等に“内質を創る”上で重要な役割を果たすことがわかります.したがって,“外形を作る”だけの塑性加工では外形変化を意味する【圧縮率,減面率そして鍛造比】で上手く整理できたかも知れません.しかし,“内質を創る”ことをプラスした場合には,【相当ひずみ】で表現しなければ,様々な加工プロセスで創製された組織結果を比較,検討できません.さらに,今回紹介のようにせん断ひずみ,すなわち加工モード(多パスであれば変形履歴とも言えるか?)を工夫すれば,効率よく微細組織を創製できる可能性もあります.本結果をベースとして開発されたせん断付与圧延の結果も公表されてきました7-9).
“外形と内質を創る”ための塑性加工は,今後の材料製品開発(単なる材料開発では無い)にとっての最重要課題と思われます.

著者の最新情報はホームページで更新しておりますので,ご興味ありましたらアクセス戴ければ幸いです.ご意見もお待ちしております.

http://www.nims.go.jp/inoino/

参考文献

  1. T.Inoue, S. Torizuka, K. Nagai, K. Tsuzaki and T. Ohashi: "Effect of plastic strain on grain size of ferrite transformed from deformed austenite in Si-Mnsteel", Mater. Sci. Tech., 17-12 (2001) pp.1580-1588.

  2. T.Inoue, S. Torizuka and K. Nagai: "Effect of shear deformation on refinement of crystal grains", Mater. Sci. Tech., 18-9 (2002) pp.1007-1015.

  3. T.Inoue, S. Torizuka and K. Nagai: "Formation of uniformly fine grained ferrite structure through multidirectional deformation", Mater. Sci. Tech., 17-11(2001) pp.1329-1338.

  4. J.-Y. Cho, T. Inoue, F. Yin and K. Nagai: "Effect of initial grain orientation on evolution of deformed microstructure in hot compressed Ni-30Fe alloy", Mater. Trans., 45-10 (2004) pp.2960-2965.

  5. J.-Y. Cho, T. Inoue, F. Yin and K. Nagai: "Effect of shear deformation on microstructural evolution of Ni-30Fe alloy during hot deformation", Mater. Trans., 45-10 (2004) pp.2966-2973.

  6. 井上,曹,殷,長井: 熱間加工されたNi-30Fe合金の内部組織におよぼすせん断変形の影響,日本金属学会誌, 69-4 (2005) pp.341-347.

  7. 井上,岩崎,長井:クロスロール圧延による鋼板の変形特性-せん断付与圧延鋼板における創形創質に関する研究 第1報-, 塑性と加工,46-537 (2005) pp989-993.

  8. 井上,長井:クロスロール圧延におけるひずみ分布の数値解析(第2報 せん断付与圧延鋼板における創形創質に関する研究), 塑性と加工,46-538(2005) 掲載予定

  9. 井上,殷,長井:多パスクロスロール圧延による鋼板断面の形状制御- 第3報 せん断付与圧延鋼板における創形創質に関する研究, 塑性と加工,46-539(2005) 掲載予定