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はじめに

 原子力エネルギーの開発において最も大切なことは安全性の確保と維持であり、その重要性は今後ますます高まっていくと考えられます。原子力用材料は他の材料と異なり、使用中に中性子などの高エネルギー粒子による照射にさらされ、結晶格子から次々と原子が弾き飛ばされるという極めて厳しい環境に耐える必要があります。この様な照射の最中には、発生した点欠陥(格子点の外に弾き出された格子間原子とその抜け跡である原子空孔)が動き回り、照射を受けていない状況とは機構が大きく、あるいは全く異なる物性が誘発される可能性があります。安全性確保の観点から特に重要な材料の変形や破壊といった現象も大きく変わってしまう可能性があります。

 我々の研究室では、将来の核融合炉実用化や現在の軽水炉をより長く使用するために、照射下で誘起される材料の変形や破壊挙動の研究を進めています。特に最近は、多くの事故の原因となる金属疲労の問題にも取り組んでいます。照射後には点欠陥がほとんど消滅してしまい、生き残ったものも安定な集合体を形成して、もはや動き回ることはありません。本研究では図1の物質・材料研究機構サイクロトロン加速器からの17MeV陽子をもちい、図2に示す新しく開発した装置を使用して照射下での疲労挙動を調べています。

 

316ステンレス鋼の照射下疲労

 図3は、最も代表的な原子炉用構造材料であり、国際熱核融合実験炉ITERでも使用される予定の316ステンレス鋼の20%冷間加工材において、照射下疲労寿命が非照射時や照射後よりも長くなることを示しています。照射を受けると次第に点欠陥の集合体が蓄積していき、強度が上昇する照射硬化現象が生じます。図4はその様子を示したもので、図3に示した照射下での疲労寿命分の照射損傷量 0.015 dpa(1 dpaは結晶の全原子が1回弾き出される量)では降伏応力が約25%上昇しています。これより、照射後疲労では大きな照射硬化が疲労寿命を長くしていると考えられます。

 さらに、破断面のストライエーション(サイクルごとのき裂進展に対応して形成される縞模様)間隔を調べ、き裂発生までに要したサイクル数とその後の伝播に要したサイクル数を評価してみると、照射下では伝播過程だけでなく照射硬化がまだ小さな発生過程においても抑制されていることが明らかになりました。これらの結果から、照射下での疲労寿命の伸長は、照射硬化ではなく照射の動的効果、すなわち次々と発生する点欠陥が外力の影響の下に動き回り、き裂の発生や伝播の原因となる転位の運動に直接強い影響を与えるために生じていると考えられます。

 

低放射化フェライト鋼の照射下疲労

 核融合炉では材料自体の放射化を抑えて環境親和性を高めることも重要であり、低放射化フェライト鋼などの新しい材料の開発が進められています。フェライト鋼は316ステンレス鋼と異なる結晶構造を持つため、照射下での挙動が必ずしも同じではない可能性もあります。核融合原型炉での使用を目指す低放射化フェライト鋼 F82H の照射下疲労を調べた結果、図5に示すように316鋼と同じく照射下では寿命が延びることが分かりました。破断面の解析から、照射硬化のまだ小さなき裂発生段階においても同様に強い動的照射効果が働いていることが分かりました。

 

おわりに

 他にも、加わる変形の強さと原子弾き出し速度の大きさの比率で寿命伸長が変化すること、上荷重での保持が加わる(クリープ疲労)と寿命伸長が抑制されることなどを明らかにしています。今後は、応力下での点欠陥挙動の計算機シミュレーションを活用した機構解明や、より先進的な原子力材料についても研究を進めていきます。

図1 物・材機構 サイクロトロン加速器

図2 照射下疲労試験装置

図3 316ステンレス鋼の60℃での疲労挙動

図4 316ステンレス鋼の60℃での照射硬化

図5 F82Hフェライト鋼の60℃での疲労挙動