[更新日'01/12/1]

平成13年12月号(通巻第52号)

目  次

  1. 超鉄鋼材料研究第2期への期待

    三菱重工業株式会社 取締役技術本部長 柘椊 綾夫

  2. TOPICS 加圧式ESR法により窒素を富化したオーステナイト系ステンレス鋼の耐食性

    耐食材料研究グループ 相良 雅之

  3. TOPICS 超微細結晶粒からなる高強度鋼板の試作に成功

    材料創製研究グループ 大森 章夫

  4. 秋期学会報告

  5. センター便り

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 1超鉄鋼材料研究第2期への期待

 三菱重工業株式会社 取締役技術本部長 柘椊 綾夫

 世界規模の重要課題である地球環境対策、省資源・省エネルギーにはさまざまな技術分野からの取組みがなされていますが、その基盤を支える各種機械、構造物の性能と信頼性は使用される構造材料の特性に大きく左右されます。鉄鋼材料は古くから、構造材料としてあたりまえのように使用されているために、社会一般には水や空気と同じような存在であり、その製造技術や特性の向上に地道な努力が払われてきていることはよく知られていないと思います。しかし、鉄鋼材料の革新のたびに、機械の性能が大幅に向上したり、構造物が目をみはるように長大化した例は過去にいくつもあり、鉄鋼材料の進歩が社会に大きな影響を与えていることは明らかです。
 平成9年4月に発足した超鉄鋼材料プロジェクトSTX*21が、鉄鋼材料を古い材料でありながら、未だに新しい機能の発現と無限の可能性をもった材料としてとらえ、“超鉄鋼”の概念を社会に向けて発信したことは大きな意義があったと考えます。そして産業界の有為な研究者を参画させる制度と材料創製・構造体化・評価のスパイラルダナミズムをうまく機能させ、産学官の連携によって国内外の鉄鋼材料の研究に大きな活力を与え続けていることは大きく評価できます。また、技術的に重要な800MPa鋼、1500MPa鋼、耐食鋼および耐熱鋼の4分野における、具体的な数値目標を設定して取組んだ研究では、新たな指導原理を抽出するとともに、学術的にも貴重な知見を見出すなどの成果を上げ、着実に次段階研究への足掛りを得ていると言えます。
第2期への展開にあたっては、これまでの鉄鋼材料の“超鉄鋼”化という材料創製から、一歩踏み込んだ視点での研究が必要で、そのためには産業界との連携が一層重要になってくると考えられます。すなわち、高度な安全・安心社会基盤構築に貢献する鉄鋼材料としては“超鉄鋼”の概念に加えて、超鉄鋼を使った“新構造”の概念を実現させる必要があり、素材製造者だけでなく、材料使用者の設計・創作機能を研究の早い段階から注入しなければならないと考えます。材料革新は技術開発に大きなブレークスルーをもたらしますが、「材料は使われてこそ材料である《との言葉にあるように、研究の行く先には過去にはなかったような、輝かしい機械、構造物をイメージできるような材料の研究を是非展開していただきたいものです。そして、物質・材料研究機構が鉄鋼材料の研究において世界のCenter of Excellenceとなるために、第2期において所期の目標を達成することにとどまらず、それ以後の革新的な研究課題を発掘しつづけていくことを期待しています。

 

 2TOPICS

加圧式ESR法により窒素を富化したオーステナイト系ステンレス鋼の耐食性
 ―省資源型耐海水性ステンレス鋼創製を目指して―

 耐食材料研究グループ 相良 雅之

まえがき

 ステンレス鋼を海水中で使用する際には孔食やすき間腐食などの局部腐食が問題となる。ステンレス鋼の耐孔食・すき間腐食性を向上させる方法として、①合金元素の添加、②局部腐食の起点となる介在物の低減、すなわち組織の清浄化の2点に着目している。①合金元素としてはCr、Mo、Nなどが挙げられるが、省資源という観点から特にNに着目し、②を両立しうる材料創製の方法として加圧式ESR法を導入した。今回、鋼中N量を約1mass%としたオーステナイト系ステンレス鋼の耐すき間腐食性を評価し、また高窒素ステンレス鋼が上働態化している状態での表面解析を試みた結果を述べる。

高窒素ステンレス鋼の耐すき間腐食性

 ステンレス鋼の耐すき間腐食性を、人工海水中ですき間腐食が発生する電位として評価した。図1中の模式図にあるように、Ecorr(自然電位)から1mV/min.の速度で電位をアノード方向に走査し、設定電位に到達後48時間保持した。試験中にすき間腐食が発生しない最も貴な(高い)設定電位をすき間腐食電位とした。電位基準には飽和甘コウ電極(以下SCE)を用いた。測定されるすき間腐食電位は高いほど耐すき間腐食性が優れることになる。35℃、人工海水中での23%Cr-4%Ni-0/2%Mo鋼のすき間腐食電位とN量の関係を図1に示す。1%Mo鋼はN量の増加に伴って、またほぼ同一のN量を含む鋼はMo量が高い程優れた耐すき間腐食性を示した。35℃という比較的高温の人工海水中において、今回試験を行った高窒素ステンレス鋼は全てが約+0.4V vs.SCE以上という高いすき間腐食電位を示した。1%Mo-1.1%N鋼および2%Mo-0.9/1.1%N鋼は+0.9V vs.SCEでもすき間腐食の発生が認められなかった。またMo freeの高窒素ステンレス鋼についても35℃、+0.4V vs.SCEですき間腐食が発生しないという目標をクリアし、実海水で優れた耐すき間腐食性を有する可能性が示唆された。今後は加圧式ESR法によって創製した高窒素添加ステンレス鋼の実海水曝露試験を実施する予定である。

高窒素ステンレス鋼の表面解析

 ステンレス鋼の耐すき間腐食性向上に及ぼす窒素の効果を知るための一つの手段として、ESCA (Electron Spectroscopy for Chemical Analysis)による表面分析を実施し、化学結合状態の同定を試みた。図2は23%Cr-4%Ni-1%N鋼を35℃、人工海水中において+300mV vs.SCEで定電位分極した後のESCAによるN1sのスペクトルである。なお、深さ方向の情報を得るために取り出し角度を変化させて測定した。最外層の情報が得られる取り出し角度30°、45°の測定結果に比べ、比較的内層までの情報が得られる90°の測定では固溶窒素ないしは窒化物の高いピークが現れた。また、このときのN原子の濃度比率は約25atom.%と見積もられ、上働態化状態で窒素は内層側に濃化する傾向にあることがわかった。今後は濃化した窒素の役割を追求するなど、窒素による耐局部腐食性向上の機構を深化させたいと考えている。


 3TOPICS

超微細結晶粒からなる高強度鋼鈑の試作に成功
 ―18mm厚の鋼板で1μm以下の超微細粒組織と従来鋼の2倊以上の降伏強さを達成―

 材料創製研究グループ 大森 章夫

温間圧延による超微細粒鋼板の試作

 これまでに我々のグループでは、小型試料を用いた基礎実験により、結晶粒微細化の基本原理を解明するとともに、多方向から加工して材料中に大きな歪を広範囲に導入することにより結晶粒超微細化が可能であることを明らかにしてきた。それらの知見をもとに、実用寸法の材料において結晶粒の超微細化を実現するためのコンセプトとして「温間多方向加工《という新しい製造プロセスを提案し、昨年には民間の実生産設備を用いて18mm角の棒材の製造に成功し、本ニュース(No.32)でも紹介した。
 我々は更に広い用途・分野への応用を視野に入れ、これまで難しいとされてきた板厚10mm以上の鋼板での結晶粒超微細化を本プロジェクト第1期の目標として掲げてきた。そして今回、既存の研究圧延機を用いて2方向から温間多パス圧延することによって、ほぼ均一の超微細結晶粒組織からなる板厚18mmの鋼板を試作することに初めて成功した。

試作鋼板の特性

 試作鋼板の外観を図1に示す。寸法は厚18×幅75×長1800(mm)である。図2に板厚中央部のSEM組織(C断面)を示す。直径約0.6μmの超微細フェライト粒と分散した第2相セメンタイト粒子からなる微細複相組織であり、鋼板表面近くから中心部までほぼ一定の組織が得られた。
 図3の引張試験結果に示すとおり、結晶粒微細化によって降伏強さは従来鋼の2倊以上の780MPa、引張強さは790MPaを達成し、5%以上の均一伸びを確保することもできた。これまでの研究により、均一伸び向上にはセメンタイトの微細分散が重要な役割を果たしていることがわかっている。

今後の課題

 今回の結果は、超微細結晶粒からなる鉄鋼材料を工業的に実現するための大きな一歩となる成果であると同時に、今後取り組むべき課題をあらためて明確にした。低降伏比をどう実現するか、温間加工により発達する集合組織をどう制御するか、より効果的に材料内部に歪を導入して超微細粒化を達成するにはどうしたらよいか、などである。そのために、新しい加工プロセスの開発も含めた取り組みを継続し、実用化につながる総合技術の提案を目指す。


  

 4秋期学会開催報告

入江 宏定

 STX21プロジェクト1期は最終年度を迎え、材料創製*構造体化*評価のスパイラル型基礎研究も、一段と内容の充実した成果を結実しつつある。ここでは平成13年度国内諸学会の秋季講演大会での印象と成果に対する反響について集約して報告する。

【80キロ鋼】

 鉄鋼協会では、超細粒鋼国際会議(ISUGS)と連続した結果、世界各国の代表的研究者が参集し、超細粒鋼の活発な議論が行われた。変態および再結晶による微細組織形成過程の基礎研究が一段と進み、同時に超細粒鋼板の作製とその機械的性質についてNIMSの他、韓国からも発表があった。また、STX21研究の特徴である多方向加工研究および凝固からの組織制御研究に関心が高まりつつある。今後、ISGUSとICASS(’01 11月号参照)が交互に隔年毎に開催が予定され、超鉄鋼研究の国際的リンクが確実に期待される。溶接学会では、レーザ関連発表が多くホットな状況の中でのパルス変調型レーザ溶接法の提案は効果的であった。継手評価関連では残留応力関連セッションに活気が戻りつつある。アーク溶接関連でも材料や構造物を念頭において高効率小入熱・安定溶接への気運が企業でも高まっており、1期成果を展開した次期プロジェクトへの期待が大きいことを実感した。

【150キロ鋼】

 鉄鋼協会;遅れ破壊関連発表では、継続して報告してきたワイブル応力による遅れ破壊特性評価法が一般に認められる方向になってきた。新たに報告した、熱処理のみによる遅れ破壊特性に優れたマルテンサイト組織には多くの質問があり、これまで以上に遅れ破壊研究グループへの期待の高さが伺われた。疲労関連では、20kHzの超音波と1kHzの高速油圧サーボ試験機によるギガサイクル疲労特性を初めて報告し、加速試験の可能性が注目を集めた。金属学会;TEM、AFM、超微小硬さ試験機によるナノ解析の成果を報告した。150キロを特徴付けるナノ解析は益々注目されるようになってきた。鉄鋼用に開発してきたTEMによるナノスケール分析の要求が強かった。超微小硬さの会場では、終了後に若い研究者が自分の成果を基に活発な情報交換をしていた。腐食防食協会;水素の可視化と高強度鋼の水素吸蔵特性の報告を行った。

【耐熱鋼】

 鉄鋼協会において、フェライト鋼に関して大学関係者による発表が多かったことが印象的である。しかも、大学からの発表のほとんど全てが650℃級の発電プラント用フェライト鋼を対象としており、超鉄鋼テーマを基にした大学*機構連携が今後大いに期待できる。超鉄鋼からは、クリープ変形挙動解析を中心に今回も多くの発表を行った。中でも、従来のフェライト鋼は0.1%程度の炭素を含有しており、粒界やラス境界に析出するM23C6炭化物は粗大化速度が大きく組織の上均一化を招き易いという観点から、炭素無添加とした材料のクリープ強度特性を数件発表した。微細窒化物や金属間化合物の析出物のみの方が組織を長時間まで安定に維持できることやクリープ強度が飛躍的に向上することを示した点が高く評価された。

【耐食鋼】

 腐食防食協会、鉄鋼協会、金属学会、電気化学会、溶射協会で発表を行った。対海浜環境耐候性鋼では、鉄鋼各社からNi添加の提案が続いたが、NIMSではAl、Si添加などリサイクル性を重視した発表を行った。耐候性鋼のさびのキャラクタリゼーションが注目され、安定化した耐候性さびでは一定の見解が得られてきたが、Ni添加による対海塩防食機構とさびの安定化過程の解明が上十分である。N添加ステンレス鋼では、新たに13%Cr、18 Cr-15Mn 鋼を基本とし、常圧の窒素ガス雰囲気処理のマルテンサイトあるいはオーステナイトNiフリーステンレス鋼の創製の報告を行い、耐食性改善の成果を発表した。企業からも類似鋼の製造の報告があり、省資源元素としてのNへの関心が高まっている。さらに、固溶窒素の防食機構の報告も行った。


5.センター便り

受 賞 報 告

 材料創製研究グループ鈴木 健太は、「改良9Cr-1Mo鋼のクリープ強度に及ぼすZ相析出の影響《により、平成13年9月23日、日本鉄鋼協会から学生ポスターセッション優秀賞を戴きました。
 材料創製研究グループ遠山 英明は、「析出強化型15Crフェライト鋼の強度特性に及ぼすC及びNの影響」により、平成13年9月23日、日本鉄鋼協会から学生ポスターセッション優秀賞を戴きました。
 耐食材料研究グループ長澤 慎は、「腐食環境シミュレーションシステムの開発*海浜大気環境における鋼の腐食におよぼす環境因子の影響*《により、平成13年9月23日、日本鉄鋼協会から学生ポスターセッション優秀賞を戴きました。

11月の出来事

H13.11. 2

物質・材料研究機構創立記念講演会

今後の予定

H14. 5.21,(22)

    

第6回超鉄鋼ワークショップ

H14. 5.22,23,24

    

第1回超鉄鋼国際会議


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