[更新日'01/10/1]
平成13年10月号(通巻第50号)
目 次
(財)金属系材料研究開発センター 研究開発部長 藤田 米章
材料創製研究グループ 土田 武広、原 徹
耐食材料研究グループ 松本 剛司
構造体化研究グループ 中村 照美
(財)金属系材料研究開発センター 研究開発部長 藤田 米章
現在、日本に於ける鉄鋼材料、特に超微細粒鋼等の革新的高機能化を目指した研究は、まさに世界を先導する位置にあります。これには、STX21を中心としたチャレンジングな研究開発が国家的な規模で精力的に推進され、鉄鋼材料に対する新しい指導原理を見いだしつつある事が大きな力になっていると言えるでしょう。また、この成功の背景には、高い目標の設定と当分野における研究者のポテンシャルの高さ、また産官学が参加した研究開発の運営の巧みさがあると思います。
しかしながら、このように大きな成果を上げつつある中で、プロセス屋の目から敢えて言わせて戴けば、いま研究は始まったばかりというのも本音です。例えば、超微細粒鋼を製造する冶金原理は、究極のTMCP技術とも言える低温大歪み加工であり、従来とは次元の異なる大荷重や加工工具に高い耐面圧性能等が要求される事が想像され、それらを工業的に実現するためのプロセス技術の基盤も併せて確立することが、今後の重要課題として残されていると思うからです。そして逆に、その新しいプロセス基盤技術が確立されれば、それらを最大活用して、さらに革新的な材料開発を推進するスパイラルを期待するからです。
ここで、プロセス技術の開発に関して言えば、上記のような次元の異なる加工条件を効率的に実現するには、従来の単なる延長上の発想でなく、加工形式、工具材料、熱処理技術など、それぞれの要素技術の根本に戻りプロセス技術の指導原理を再構築する意気込みが必要でしょう。その中で、例えば従来の圧延ライン設計の概念と異なり、材質を効率よく作り込む新規な圧延プロセスの概念も生まれてくるのではと期待したいと思います。
また、プロセス技術者と材料技術者が平等な立場でコンカレントに参加し、課題を整理し、解決のためのシーズ技術を挙げるなど、お互い刺激を与えながら競争し、協力して実用化への道を探る場が益々重要と思います。是非とも、この様な場をつくり、従来の枠を越えSTX21とJRCMなどが互いに協力するような取り組みが出来ればと感じています。
日本鉄鋼業の設備的・技術的優位性が少なくなりつつある現状で、此処から生まれる材料、プロセスが融合した統合的な革新技術は、日本鉄鋼業が常に世界の最先端を走り続けるための産業競争力の重要な基盤技術になるのではないでしょうか。
2.TOPICS
V添加マルテンサイト鋼の水素吸蔵・放出挙動と微細組織
―ナノ解析による水素トラップサイトの解明―
材料創製研究グループ 土田 武広、原 徹
はじめに
高強度鋼を構造部材に適用する場合、使用環境から鋼中に侵入する水素によって突然に起きる脆性破壊(遅れ破壊)が問題となる。耐遅れ破壊性を改善する方法のひとつとして、水素トラップ物質の利用が検討され始めているが、そのメカニズムや効果についての定説はない。これに対して我々は、(1)組織・水素トラップ挙動・遅れ破壊特性の関係解明および特性改善のための指導原理の提案、(2)種々の水素トラップ物質を有する材料の安全性評価方法の確立、の2つを目標に取り組んでいる。
ここでは、代表的な水素トラップ物質であるV炭化物を含有するV添加鋼について、鋼中への水素吸蔵・放出挙動と微細組織との関係を調査した結果について紹介する。
V添加鋼の水素吸蔵・放出挙動
実使用において水素は、降雨や潮風などへの暴露による鋼材表面の腐食に起因して侵入すると考えられているが、実験室的には陰極チャージによって簡易的に水素を試験片に導入することができる。図1は、陰極チャージによって一定条件で水素を侵入させた場合の鋼中の水素吸蔵量を測定した結果である。試験片はV を0.35mass%添加した焼戻しマルテンサイト鋼(Fe-0.40C-0.31Si-0.33Mn-1. 0Cr-0.70Mo-0.35V)であり、析出物形態の影響を調べるためにあらかじめ異なる条件の焼入れ焼戻しを実施してある。600℃で焼戻したV添加鋼では、水素吸蔵量の特異な増加が見られ、室温で1週間放置した場合にも水素はほとんど放出されないことが判明した。このような現象について、これまで系統的に調べられたことはなく、析出物形態との関係や遅れ破壊特性と関係は明らかではなかった。
V添加鋼中の微細炭化物
最新のTEM観察技術を駆使して析出物を詳細に観察した結果、図2に示すような微細な析出物が水素吸蔵・放出挙動に関与していることがわかった。400℃~700℃のいずれの温度で焼戻したV添加鋼においても、平均20nm程度の球状の炭化物が観察されるが、これは焼入れ時に未固溶であった粗大炭化物であり、600℃焼戻し材の水素吸蔵量の増加とは無関係である。一方、600℃で焼戻したV添加鋼を<001>α方向から高倊率で観察した場合、長さ10nm以下、幅1nm以下の微細な板状析出物がマトリクス内に均一に分布していることが確認された(図2)。この析出物は微小なため結晶構造は明らかにできていないが、フェライトの{100}α面を晶癖にもつプレート状であることから、これまで報告されているのと同様の、フェライトとBaker-Nuttingの方位関係をもつNaCl-typeのV炭化物である可能性が高い。
以上の結果から我々は、600℃焼戻し材における水素吸蔵量の増加は、nmオーダーの微細なV炭化物の析出によるものと判断している。
今後は、水素吸蔵・放出挙動と遅れ破壊特性との関係を明確にしていく一方で、Ti、Nbなど他の炭化物形成元素を添加した材料についてもその水素吸蔵・放出挙動を調べる。さらに、AP*FIMを用いた水素可視化にもチャレンジして、遅れ破壊に対する理想の水素トラップサイト像を明確にしていく。
3.TOPICS
耐候性鋼の塗装耐食性評価
―耐候性鋼への塗装によるLCCの低減を目指して―
評価研究グループ 松本 剛司
はじめに
耐候性鋼は大気中において腐食を防ぐ保護性を持つさびを長期間形成することから、メンテナンスコストミニマム化の観点において注目されている。しかしながら、海浜環境で使用すると保護性を持つさび層は形成されないため腐食量は増加する。当グループでは海浜地域でも使用可能な次世代型耐候性鋼の開発を目指しているが、色彩が要求される場合には塗装を施すことも考慮に入れるべきである。
今回、各種下塗り塗装を施した試験片に促進腐食サイクル試験を行い、耐候性鋼に塗装した時の耐食性を普通鋼に塗装した場合と比較して評価した。
促進腐食試験後の腐食部におけるさび層の構成
普通鋼(JIS-SM)と耐候性鋼(JIS-SMA)に表1に示す塗料を塗装し十分乾燥させた後、試験片の下半分の部位に基材に達する×印スクラッチを作製した。腐食試験は複合サイクル腐食試験機を用いてさび止め用塗料試験法としてJISで規定されているサイクル(塩水噴霧/30℃:30分→湿潤95%RH/30℃:1時間30分→乾燥/50℃:2時間→乾燥/30℃:2時間)で900サイクル行った。腐食試験後のレーザー顕微鏡観察(図1)からは、耐候性鋼に塗装した×印スクラッチ周辺部に現れるふくれは普通鋼のものと比較すると高さおよび幅の面からみると約1/2であった。これより塗膜下において、普通鋼に比較して耐候性鋼は腐食速度が遅く、また腐食体積的に見ても良好な状態であるとみることができる。図2に示したEPMAによるスクラッチ周辺部のふくれ断面(耐候性鋼+塗料A)の元素分析結果から、塗膜下のさび層には腐食因子であるCl成分が分布していない部分が存在していることがわかる。この現象は、特に基材とさび層の界面付近に顕著に確認できる。基材とさび層の界面付近においては、Cu、Cr、Niの成分が濃縮しており、腐食因子に対して保護性を有するさび層が形成され、耐候性鋼は普通鋼よりも耐食性が良好であると考えられる。また、塗膜ふくれ先端部にもCl成分が分布していない部位があるが、これは腐食進行におけるカソード部であることに起因していると考えられる。
され、耐候性鋼は普通鋼よりも耐食性が良好であると考えられる。また、塗膜ふくれ先端部にもCl成分が分布していない部位があるが、これは腐食進行におけるカソード部であることに起因していると考えられる。
4.TOPICS
位相制御による省入熱溶接へのアプローチ
―上要な熱を省き高効率なGMA溶接プロセスを提案する―
構造体化研究グループ 中村 照美
バーチャルGMA溶接プロセスシミュレータ
超鉄鋼材料の優れた特性を生かして構造物を製作するためには、高能率溶接を前提としながら小入熱で溶接を行い、継手の高強度化や高靱化を達成する必要がある。この時、溶接プロセスには総合的な視点からの対応が求められる。
従来の狭開先溶接に対して一層の高効率化と小入熱化を図るために、狭隘な開先内でワイヤ先端(アーク発生位置)をパルス電流制御により上下揺動させる「超狭開先溶接《を提案してきた。この提案に先駆けてア*クの基本特性をデ*タベ*ス化しながら数値シミュレ*ションにより溶接施工パラメ*タの最適値探索や新溶接プロセス開発を可能とする「バーチャルア*ク溶接プロセス数値シミュレ*タ《を開発した。
省入熱化のための位相制御型GMA溶接プロセス
従来GMA溶接では電流とワイヤ端位置は相互に関連しあい、開先内でこれらを独立に制御することは困難であった。
今回、狭開先内でワイヤ端位置を効果的に制御するために、従来は一定速度で送給される溶接ワイヤを周期的に変動させる溶接プロセスを開発した。この場合においても数値シミュレ*タを活用した。
数値シミュレーション結果の一例を示す。パルス電流波形に対して、ワイヤ送給速度を、ある時間θ(位相差)だけずらして正弦波状に変化させる位相制御の効果を示す(図1)。この時のワイヤ端位置変化は、図1左図のパルス電流制御のみの場合に対して、右図の位相制御では、開先上部と下部でワイヤ端がより長く停留することが予測できる。
9月の出来事 H13. 9.18 第1回超鉄鋼国際会議実行委員会 今後の予定 H13.10.- 第15回フロンティア企画調整委員会 H14. 5.21,22 第6回超鉄鋼ワークショップ H14. 5.22,23,24 第1回超鉄鋼国際会議
位相差によりワイヤ先端の上下揺動パタ*ンが変り、それによって開先内でのア*ク熱分布が変化する。パルス電流制御の溶込み形状は
図2(a)となる。これに対して板厚中央部でのア*ク入熱を省いて、表面側と裏面にア*ク熱を振り分けるように図1右図の位相差条件を適用した結果が図2(b)である。シミュレ*タ予測のようにア*ク熱が板の表面と裏面に分配され鼓型状の理想的な溶込み形状が得られた。
位相制御型GMA溶接プロセスにより、熱が必要な場所に熱を与え、熱が上要な場所の熱を省く、「省入熱溶接プロセス《が可能となり、溶込み形状の制御性の向上が図られる。
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