[更新日'01/7/1]

平成13年7月号(通巻第47号)

目  次

  1. 評価の時代が到来した

    北九州市立大学 教授 村田 朋美

  2. TOPICS 高Cr系耐熱鋼のナノ組織制御による高温長寿命化

    評価研究グループ 種池 正樹

  3. TOPICS 耐力点締付け暴露ボルトの水素吸蔵特性

    評価研究グループ 阪下 真司、秋山 英二

  4. センター便り

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 1評価の時代が到来した

 北九州市立大学 教授 村田 朋美

 この4月、研究所、美術館など全国で95の国立機関が独立行政法人として新たな出発をした。物質・材料研究機構や航空宇宙技術研究所がその例である。文部科学省では3月末まで新制度の整備のために総合評価会議と分科会を頻繁に開催したが、最後まで残った課題は独立行政法人の中期目標や単年度の実施状況を客観的に評価する手法であった。それは様々なミッションを担う公的機関を一様な手法で評価できるかという問いであり、対象機関の目標や特質を評価によって建設的に発展させられるかという問いでもあった。最終的には対象機関の貢献や努力を多面的に評価することが大切だと言う認識が広がった。研究成果として数値化出来る要素のみならず研究者の育成や市民公開講座など数値化できない要素も含んだ「複素数的な評価手法《が検討されることになった。

 絶対神が上在のためか日本には伝統的に評価を避ける風土が生きている。この数年急速に行われている国立大学、国立研究所の外部評価は多くの場合一種の儀式になっており、内部評価化になりがちだと聞く。これは日本企業における監査役、社外重役の役割に通じるものである。しかし、グローバル標準と情報公開の浸透力は市場経済のみならず、工学教育や公的機関の評価にまで広がろうとしている。この流れをReactive でなくProactive に掴みたいものだ。
 財政当局の競争的資金への傾斜が進むほど、コンセンサスのあるテーマを優先させがちであるが、未来責任を担う公的研究機関はブレークスルーへの挑戦や、資源・環境問題のような社会的課題にガイドラインを提供することが主要な責務である。そして2つの意外性(Surprise):そこまでやったのか、そんなことをやっていたのか、を発信しなくてはならないと思う。

 さて材料の役割と価値を社会として包括的に捉え、評価する考え方が力を得てきた。構造材料に限っても強度、加工性、溶接性、耐食性、コスト、安定供給といった設計の初期条件が顧客満足度の指標であったが、最近、構造物のライフサイクル設計が社会の要請となり、ライフサイクルコスト、ライフサイクル責任も検討されるようになった。材料としてはその役割と価値が社会から見えるようにする必要がある。それはポスト工業化社会の豊かさ実現への貢献であり、構造物の信頼性であり、資源の使い方と循環性への責任である。材料研究に翻訳すれば、「システム価値《と「時間依存要素《の重視ではないかと思う。客観的な「評価《は発想の転換と挑戦を促す機会になる。


 2TOPICS

高Cr系耐熱鋼のナノ組織制御による高温長寿命化
 ―Ti系炭化物の微細分散析出によるクリープ強度向上に成功―

 評価研究グループ 種池 正樹

長寿命化への挑戦

 火力発電プラント中の高温耐熱用部材などに使用される高Crフェライト系耐熱鋼は、10年に及ぶ長期間使用時にも材料特性が低下しないことが重要であるが、近年、発電効率アップのために使用温度が限界温度近くまで上昇してきており、材質劣化は避けられなくなってきている。なかでも、耐熱鋼中の析出強化粒子の粗大化は大幅な強度低下を引き起こすため、できるだけ高温安定な析出物を強化粒子として適用する必要がある。従来鋼の析出強化粒子であるNb,V系炭窒化物に比べTi系炭窒化物はTiの母相への固溶度が低いことから高温安定であると考えられるが、焼きならし時に未固溶の粗大析出物が残存してしまうため、焼き戻し時に微細分散析出させることができない。そこで組成・熱処理を工夫することにより、Ti系炭化物を微細分散析出させることを試み、クリープ強度向上の可能性を検討した。

高温焼きならしによるTi炭窒化物の微細分散析出

 組成の決定にあたって、Ti窒化物は鋼を融点直下まで加熱しても未固溶の粗大析出物として残存するので窒素は無添加として、Ti炭化物を析出強化粒子として利用することとした。8.5Cr-2W-0.2V -0.05Nb-0.0Ti-0.1Cを基本組成とし、Ti炭化物を焼きならし時に十分固溶させるため、焼きならし温度は通常より約200℃高い1300℃に設定した。しかし1300℃焼きならしで はじん性に悪影響を与えるδフェライトが生じてしまうため、焼きならし保持時間を30秒に調節することにより、δフェライトの存在を最小限に抑えた(図1)。


 試験鋼は焼きならし後、800℃×1h焼き戻しを行った。作製した鋼、および比較のため1050℃×1h焼きならし後焼き戻しを行った鋼の初期組織の透過電子顕微鏡像を図2に示す。1050℃焼きならし材では比較的大きなTi系炭化物がまばらに析出しているのに対し、1300℃焼きならし材では粒径が数nm程度のTi系炭化物が微細分散析出しており、析出強化効果が大きいことが示唆される。

 650℃、61MPaでのクリープ試験結果を図3に示す。1050℃焼きならし材、およびTi無添加鋼の試験結果も合わせて示す。1300℃焼きならし材のクリープ強度が大幅に向上しており、微細分散析出したTi系炭化物の析出強化が長時間まで有効に作用していると考えられる。今後、長時間クリープ試験を継続し、新たに見い出した強化原理の検証を行っていく。


 3TOPICS

耐力点締付け暴露ボルトの水素吸蔵特性
 ―水素量基準の遅れ破壊評価法確立に向けて―

 評価研究グループ 阪下 真司、秋山 英二

背景・目的

 近年、遅れ破壊特性に優れる高強度鋼の創製が進められているが、その実用化のためには、実環境における遅れ破壊発生の有無を正確に判断できる評価方法の確立が必要上可欠である。そこで、われわれは鋼中水素量を基準とした遅れ破壊のラボ的評価方法の確立に、水素割れ感受性と水素侵入特性の両面から取り組んでいる。
 高力ボルトの遅れ破壊では、首下、上完全ねじ部あるいは遊びねじ部より破断する場合が多いが、実ボルトの吸蔵水素量は平均量として評価されることが多い。しかし、実ボルトでは、水素吸蔵量に影響する応力やひずみの状態が部位により異なるため、部位毎の水素量が異なる可能性もある。このため、水素量基準の評価法確立に向けては、まず部位毎の水素吸蔵特性を把握することが重要である。今回、本四架橋で9年間暴露された耐力点締付けF11Tボルト(M22、6鋼種)の部位別の水素吸蔵量について得られた知見を報告する。なお、供試ボルトは(社)日本橋梁建設協会より提供していただいた。

暴露ボルト内の水素濃度分布

 暴露ボルトを図1のように7分割し、各部位の水素量を昇温分析法で測定した結果の一例を図2に示す。遅れ破壊発生に大きく寄与する拡散性水素量は暴露ボルト内で均一ではなく、遅れ破壊の起こりやすい遊びねじ部で高い傾向が見られる。これに対して、室温で拡散し難く、遅れ破壊への影響が小さいと考えられている非拡散性水素量はボルト内でほぼ均一である。
 今回測定を行ったすべての暴露ボルトで遊びねじ部の拡散性水素量は他に比べて多い傾向が認められた。従って、水素量基準の遅れ破壊評価においては、ボルトの水素量分布を考慮した吸蔵水素量の評価が必要であることが示唆された。

 

遊びねじ部への拡散性水素濃化要因

 遊びねじ部水素量は同じ被締付け板内部の円筒部の2倊以上であった(図3)。吸蔵水素量は材料の応力やひずみ状態の影響を受け、塑性変形が加わることにより吸蔵水素量が高くなることが知られている。今回のボルトの締付け条件では、円筒部では塑性変形が無視できるが、遊びねじ部では全面降伏している。よって、他の因子について詳細な検討が必要ではあるが、今回の遊びねじ部への水素の濃化には塑性ひずみの寄与が大きいと考えている。

今後の展開

今後、締付け方や強度レベルの異なる暴露ボルトの部位別水素量分布の評価を行い、ボルトの応力やひずみの状態の観点から水素吸蔵特性をさらに検討して行く。遅れ破壊評価法の妥当性実証のためにも必要上可欠である高力ボルトの暴露試験手法の確立も視野に入れた取り組みを行う。   


4.センター便り

フロンティアサークル*STX-21に従事して*

新しい時代の創造と限りない夢の発信基地

住友金属工業株式会社 総合技術研究所

材料研究部 高温材料研究グループ

五十嵐 正晃

 超鉄鋼プロジェクトも第1期の集大成と第2期への序章を迎えました。21世紀の人類が豊かで、安心して暮らせる社会の創造に寄与できる材料基盤技術の開発を掲げてスタートしたプロジェクトは、正に新しい時代の創造を予感させる数々の研究成果を提示しています。独立行政法人化により、これまでとは異なる視点からの成果も求められるでしょうが、あくまでも一般国民に限りない夢を発信し、そのための指導原理を追究する、そういう研究プロジェクトであり続けて欲しい。


変化する時代に感じること

新日本製鉄 鉄鋼研究所 表面処理研究部

山本 正弘

 旧金材研を離れて約半年になり、環境の大きな変化に戸惑っています。皆様も組織・吊称の変更を経て新たな方向への飛躍に向かわれていると思います。世紀も21へと移り、総理大臣も「変人《になり、まさに変化(Change)が求められている時代になってきました。この様な時代に経験は余り役に立ちません。過去の実績にとらわれず、勇気を持って新しいものを取り入れる(Challenge)する意欲が重要ですし、この変化を(Chance)ととらえるしたたかさも必要になるのでしょう。真の意味でのフロンティア構造材料センターの最先端への邁進を期待しております。ただし、次期計画案で時々聞こえてくる「従来技術の延長線上にある目標の設定《を気にするのは私一人でしょうか。

人物紹介(新人)

島倉 俊輔

 4月1日付けで赴任してきました。私自身初めての転勤でもあり、環境の変化にとまどうこともしばしば・・・という現況です。こちらに来て感じるのは、研究に適している環境とはこういう所なのだということです。設備・装置の充実もさることながら、研究者の方々のディスカッションを聞いていると殊更、人的環境の重要性を認識します。私自身、こんなにレベルの高い所でやっていけるのかという上安もありますが、自己の研鑚も重ね、一日も早く貢献できるように努力していく所存です。皆様に教えて頂くことが山の様にあると思うので、その折にはどうぞ宜しくご指導の程お願い致します。

(材料創製研究グループ第3グループ 構造材料特別研究員 日立建機㈱から)


6月の出来事

H13. 6. 4

第5回フロンティア研究推進委員会

H13. 6.20

プレ終了評価委員会

今後の予定

H13. 7. 2

    

次期プロジェクト事前評価委員会


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