[更新日'01/4/1]
平成13年4月号(通巻第44号)
目 次
理事長 岸 輝雄
材料創製研究グループ 髙木 周作、井上 忠信
耐食材料研究グループ 川喜多 仁
理事長 岸 輝雄
このたび、新たに発足した独立行政法人 物質・材料研究機構の理事長に就任致しました。そのご挨拶も兼ねまして、STX*21プロジェクト達成に向けての考えを述べたいと思います。
私はこれまで、同プロジェクトの評価委員として、事前評価や中間評価において、期待を込めた苦言を述べる立場におりました。一方で、材料の研究者として、また、日本鉄鋼協会の会長といった立場からも、このようなプロジェクトによって我が国の、ひいては世界の鉄鋼研究が活性化しつつあることを、たいへん喜ばしく思ってきました。さて今度は推進する側に回り、国家的課題の解決に向けたプロジェクトのモデルケースとして、これを必ず成功させ、社会の期待に応えなくてはならないと、大きな責任を感じております。
発足以来4年を経過し、本プロジェクトは概ね順調に成果を上げつつありますが、本年は第Ⅰ期の最終年度(5年目)ですので、まずは「強度2倊、寿命2倊《などの第Ⅰ期の目標達成に全力を傾注したいと考えております。
次に、第Ⅰ期の成果をより確実に生かすため、14年度から予定している第Ⅱ期5カ年計画をしっかりと立て、またそれによって十分な財政的基盤を確保することが、本年度のもう一つの重要課題です。その際、明確な目標を掲げながらも、同時に基礎研究を重視する姿勢は、今後とも堅持すべきと考えます。
既に1年以上前から第Ⅱ期の議論を重ねており、現在は若手研究者を中心とした、産学官の関係者からなる第Ⅱ期計画作成委員会での討議がとりまとめの段階に至るなど、準備作業はかなり進んでおりますが、今後も、フロンティア研究推進委員会での審議、第Ⅰ期プレ終了評価、さらに、第Ⅱ期の事前評価などを7月までに終え、概算要求に臨むというタイトなスケジュールが控えております。
これまでの第Ⅰ期計画の達成度に対しては、内外から高い評価をいただいておりますが、小成に安んずることなく、より高いハードルへ果敢に挑みたいと思います。「使われてこそ材料《の精神の下に、鉄を作る側にとどまらずユーザーを含めた広範な意見を汲み取り、世界的な高いレベルで国際的に開かれた鉄鋼研究センターと評価されるような、挑戦的かつ魅力ある研究計画を生み出していく決意です。また、研究の進め方についても、独立行政法人化により与えられた裁量権を生かし、新しい試みを積極的に取り入れていきたいと思います。
そのためには、本プロジェクトに携わっている研究者、技術者の一層の奮起を促しますとともに、研究者や技術者を派遣いただいている企業各社、貴重なご助言をいただいている大学や研究所の方々を始め、関係各位の一層のご指導とご鞭撻をお願い申し上げます。
2.TOPICS
遅れ破壊安全性評価法の標準化を目指して
―使用応力状態や部品形状によらない水素割れ感受性評価パラメータの提示―
材料創製研究グループ 髙木 周作、井上 忠信
研究の背景
遅れ破壊とは、鋼材を使用してから数カ月~十数年後に突然鋼材が破壊する現象である。引張強さが1000MPaを超える鋼材を使用する場合には遅れ破壊の危険性を考慮する必要がある。遅れ破壊の原因は、鋼材に付与される応力と、鋼材が腐食する際に鋼材中に侵入する水素だと考えられている。
重み付き平均応力(Weibull応力)による評価 水素割れ感受性は、部品の形状や負荷応力によって変化する。図1に引張強さ1400MPa級SCM440鋼を用いて負荷応力と試験片形状(曲率半径Rが小さいほど切欠きが鋭い)を変化させたきの水素割れ感受性評価結果を示す。応力が高いほど、また、切欠きが鋭いほど、破壊限界水素量は小さくなっている。実部品は形状が複雑であり、負荷される応力も種々異なる。その全ての条件に対して水素割れ感受性を評価することは困難である。そのため、我々が目指すべき理想的な水素割れ感受性評価法は、水素割れ発生の有無を部品形状、サイズ、負荷応力等によらず統一的に評価できる方法である。
我々は、同じ応力負荷条件でも試験片形状(切欠きの鋭さ)により試験片内の応力分布が変化する(図2)ことに着目し、応力分布を重み付き平均した応力(Weibull応力)による水素割れ感受性評価を検討した。水素量パラメータは、破壊領域での水素量を用いた。その結果、試験片形状や負荷応力によらない水素割れ感受性評価の可能性を見い出した(図3)。今後は目標とする評価手法の確立を目指してさらに詳細な検討を行う。
3.TOPICS HVOF溶射法を用いたステンレス鋼被覆の耐食性 耐食鋼研究グループ 川喜多 仁 背景 高速フレーム(HVOF)溶射法では、2000℃程度までの融点を有する金属や合金について緻密で酸化物含有量の少ない皮膜を数百mmオーダーの厚さで作成することが可能である。この特徴はステンレス鋼やニッケル基合金といった耐食合金による被覆に適している。一般的に、溶射皮膜はバルク金属と同等の耐食性を有することを前提とし、鋼材の被覆に適用されているが、溶射皮膜自体の耐食性については上明な点が多い。本研究においてはSUS316Lステンレス鋼の溶射皮膜自体のもつ海水中における耐食性を明らかにすることを目的とし、電気化学的測定ならびに顕微鏡観察等を行った。
SUS316L溶射皮膜の耐食性 図1はSUS316L溶射皮膜と同バルク板についての腐食速度を示している。なお、腐食速度は交流インピーダンス法により決定した腐食抵抗値の逆数である。溶射粒子が基材へ衝突する際の速度を上げる、または溶射面を鏡面研磨することにより、腐食速度は減少することが分かった。しかしながら、溶射皮膜の腐食速度はバルク板の2.2倊以上であった。
SUS316L溶射皮膜の腐食反応機構 図2は溶射皮膜表面を研磨後、人工海水に浸漬した試料表面の光学顕微鏡写真である。溶射粒子の充填が完全でないために存在する空孔において腐食が発生することが分かる。溶射速度を上げると、溶射粒子の充填が密となり、空孔の数は減少する。また、皮膜表面を研磨することにより、実表面積が減少するだけでなく、空孔の多い溶射皮膜表層を取り去ることになる。その結果、溶射皮膜の腐食速度は減少する。また、順逆両方向のアノード分極曲線上において観測されたヒステリシスの大きさから、SUS316L溶射皮膜はすきま腐食に似た反応機構により腐食が発生・進行することが明らかとなった。
フロンティアサークル*STX-21に従事して* 北見工業大学 工学部機械システム工学科 大橋 鉄也 皆様お元気でしょうか。私は超鉄鋼プロジェクト開始の1997年春から2年間800MPa級鋼のグループに所属し、数値計算のための環境作りなどを行っておりました。当時、研究スタッフの多くが一種の高揚した気持ちを共有していたことを、今もなつかしく思い出します。
三菱重工業(株)広島研究所機械プラント研究推進室 中嶋 宏 混乱の内に過ぎ去った、昨年3月末から早1年が経過しSTX*21も実用化に向けて構造体化に比重が移り担当の方もいっそう御活躍の事と思っております。
人物紹介(新人) 加治木 俊行 本年1月に赴任いたしました。主に低合金耐食鋼の実環境や実構造物での腐食現象に関する研究に携わっています。腐食の基盤的技術の深化とともに、構造物への適用・応用のための提案を行いたいと思います。第一線で活躍される研究者の存在、充実した先端的解析機器などの恵まれた研究環境の中で、多くを吸収し、より多くの成果発信に努めます。ご指導の程よろしくお願いいたします。
(構造体化研究グループ 構造材料特別研究員 新日本製鐵㈱から)
1、2月の出来事 H13. 1.26 大野文部科学副大臣御視察 今後の予定 H13. 4. 1 独立行政法人 物質・材料研究機構発足 ※当研究所は、平成13年4月1日付で独立行政法人 物質・材料研究機構となります。
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150キロタスクフォース(TF)では、建築用ボルト等の遅れ破壊をおこす懸念のある部品への1500MPa超級鋼の適用を目標として研究を行っている。
目標を達成するためには、遅れ破壊特性に優れる鋼の開発に加えて、鋼材の実使用環境での遅れ破壊発生の有無すなわち遅れ破壊安全性を評価する手法を確立することが必要上可欠である。
我々は遅れ破壊安全性評価法に関して、国際標準化を視野に入れつつ、材料の水素に対する破壊抵抗力(水素割れ感受性)評価と鋼中への水素の侵入特性評価の両者について検討している。本研究は、前者の水素割れ感受性の評価に関するものである。
本研究成果は著者の髙木(材料系)と井上(機械系)のTFを超えた連携によりなし得た。TFも専門分野も異なる二人が同じステーションに所属しており、広い視野での討論を行なえる環境を整えたフロンティア構造材料研究センターが生み出した成果の一例である。
―海水飛沫帯・干満帯におけるチタンクラッド代替被覆を目指して―
今後はHastelloyCニッケル基合金などの溶射皮膜自体の耐食性を調べるとともに、溶射に適した耐食合金の創製と、その耐食性が鋼材を溶射被覆した際にも長期間に渡って保持されることを目指す。
さて、現在STXプロジェクトでは一層複雑化した研究テーマに強力なメンバー編成であたっていると聞いております。ぜひ本質を突いたスケールの大きな仕事にまで発展させていって欲しいと願っております。
鉄鋼を巡る世の中の状況は大きく変化し鉄鋼研究における企業の比重が低下する中で、このSTX*21は実用化が見えるプロジェクトとして期待がいっそう高まっている様に見えます。
私のおります製鉄機械分野は再編がはじまり、業務は開発が主体となり筑波にいた時の様に考える余裕は確実に減少し、範囲もさらに広がっています。
TechnologyのTは、「横棒示す幅広い知識と縦棒が示す特定分野の深い知識を示す《と言いますが、まさにSTX*21の構成がそれに合致しているものと思い返す今日この頃であります。
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