このテーマは私の大学院時代の研究テーマを一般向けに書いたものです。
今から見ると、やや言葉たらずの感がありますが、当時の雰囲気を残しているので、手入れせずに以下に掲げます。
当時の研究は京大人間・環境学研究科光物性研究室(主宰:林哲介教授)で行われたものです。
(記:2006年4月17日)



2003年2月10日最終更新

強結合系とは何か?

----- なぜ調べるのか? ----

 強結合系とは、物質中の電子と格子の相互作用が強い系のことです。そのため、強結合系では、電子は「自由」電子として振る舞うことができなくなります。

 このような現象は凝縮系に特有なものであり、素粒子や原子、分子の世界とはまったく異なる現象を引き起こすことになります。


(1) 実際の強結合系を調べる

----- Lead Halides の場合 ----


 Lead halides, ハロゲン化鉛結晶は室温で紫外光を照射すると光分解して黒化現象をおこします。この光分解現象は写真の感光剤として使われている銀ハライドと共通のものです。こうした現象はミクロな観点からみれば, 光で励起された物質内部の電子やホールの運動(緩和過程)に特有の性質があることを示唆しています。
 この特有な性質を生みだすもととなっているのが、電子・格子系の強結合なのです。

 そこで、光励起した電子やホールの緩和形態に着目して Lead Bromide (PbBr2), Lead Chloride (PbCl2) の研究をおこなった結果, 電子・ホールのクーロン引力による束縛対(励起子)が自発的に分解するという特異な現象を見いだしました。 (参考図

 この現象は電子・ホール間に(音響)フォノン(注)を介した斥力的な相関が生じうることを実証した初めての実験例です。また、電子系とフォノン系が強く結合する結果が対分解という形で明瞭に観測されるため、束縛状態にある 2 体のポーラロン(フォノンと強く結合する電子とホール)のダイナミクスを探索するうえでたいへん興味深く、しかも格好の対象でもあります。
 (注)フォノン:格子振動の素励起。

 このように電子・格子が強く相互作用系を研究することは、ただ単に絶縁体の伝導電子の緩和ダイナミクスを明らかにするのみにとどまらず、超伝導体なども含む、多種多様な巨視的多体系をフォノンとの相互作用の観点から統合的に理解し、物質への知見を深めていくうえで重要であると考えられます。



(2) 個別テーマの紹介

Lead Chloride (PbCl2)

Lead Bromide (PbBr2)

Lead Iodine (PbI2)


Lead Chloride (PbCl2)

1. 過去の研究報告

 この結晶では過去に, 青色, 赤色, 青緑色 (Blue-Green), UVの4種類の発光が報告されており, それぞれの起源についていくつかの推論が提示されていました。

2. 我々の研究結果

 下記の PbBr2 と同様に, 発光の性質を詳細に調べた結果, 励起子や電子・正孔対が自発的に分解する電荷分離型の緩和を引き起こしていることが明らかにしました。


 左の写真は電子・正孔対が分離したのち, トンネル効果によって再び対をつくり, 再結合するときに生じる Blue-Green 発光です。長寿命の発光(時間に反比例して減衰)なので、励起光を切ると、ゆっくり消光します。

 写真左中央部の白い点はレーザー光のスポットで散乱光と強い発光のため, やや白っぽく見えています。
(Photoed on 26 October 2000)





3. 最近の実験結果から

 電子と正孔が対分解したあとに実際にどんなタイプの局在(あるい自己束縛)状態を形成しているのか、電子スピン共鳴法を使って調べました。  その結果、低温(T< 70 K)では自己束縛正孔 Pb3+ (鉛 Pb2+ イオン一個に正孔が一個局在化した状態)が安定に存在し、中低温(60 K ≦ T ≦ 200 K)では自己束縛電子 Pb23+(鉛 Pb2+ イオン二個に電子が一個局在化した状態)が観測されました。
 これらの結果は電子と正孔が独立に局在することを示しています。また、いくつかの局在状態が競合しているために、自己束縛中心が複雑な温度変化を示していると考えられます。
 
 このような自己束縛状態の温度変化と発光の温度変化の対応関係から、発光中心についての考察をおこない、上の写真の Blue-Green 発光の起源を同定しました。

 以上のように、電子、正孔ともに自己束縛状態が観測されたことで、PbCl2 結晶もPbBr2 結晶と同様に励起子の自発的な対分解を実現しうるような、強い励起子・フォノン相互作用系であることが、構造的な観点から明らかになりました。

 これらの結果は、論文 "Self-trapped states and realted luminescence in PbCl2 crystals" (PDF, PS) にまとめました。なお、電子スピン共鳴法を用いた実験は、京大院理学研究科物理・光物性研究室の協力を得て、行われました。




Lead Bromide (PbBr2)

1. 過去の研究報告

 この結晶では過去に, 青色, 朱色, 黄色, 緑色, 青緑色, UVの6種類の発光が報告されており, それぞれの起源についていくつかの推論が提示されていました。

2. 我々の研究結果

 これらのうち, 不純物や格子欠陥に起因する外因性の発光と系の固有の性質を反映する固有発光を区別することから, この結晶の性質を調べ始めました。結晶が光を吸収するエネルギー域(E ≧ 3.8 eV )より低エネルギー側のみで誘起されることから, 朱色, 黄色, 緑色, UVの4種類の発光が外因性の発光であることが明らかになりました。

 そこで, 青色, 青緑色発光の性質に絞ってさらに実験を行いました。定性的に言って, 青色発光は励起子帯への励起で誘起され, 青緑色発光はバンド間励起で誘起されます。しかし, 我々の発光の時間分解測定や二光子励起下の発光の測定によると, 青緑色発光は励起子帯でも誘起されていることが分かりました。さらに, 二光子励起下では青色発光は入射光強度を増していくと飽和していき, 青緑色発光が発光の大半を占めるようになることも明らかになりました。この結果から, 青色発光も外因性の発光である可能性が大きく, 青緑色発光が励起子吸収以上の固有吸収域で誘起される固有発光であると考えられます。

 青緑色発光の decay curve の測定から, 励起エネルギーに依らず, 1/t に比例して減衰することが分かり, この decay curve はトンネル過程を含む電子・正孔の再結合モデルによって再現されました。このモデルは電子と正孔が空間的に分離して, それぞれ束縛状態にあることを前提にしていることから, 光励起した電子・正孔対(励起子も含む)はそれぞれ個別に自己束縛状態に緩和すると考えられます。

 したがって, この結晶に固有の性質として励起子は空間的に分離して自己束縛状態に緩和すると結論できます。この現象を模式的に表した図が、こちらの図です(雑誌「固体物理」からの引用:下記の追記参照。STEL =自己束縛電子、STH =自己束縛正孔、STE =自己束縛励起子)。
 この結果を発表した論文が "Charge separation of excitons and the radiative recombination process in PbBr2 crystals"(PDF, PS) です。

 このような励起子の緩和は理論的には 1977 年に提示されていました:励起子・音響フォノン相互作用が強く, 電子・正孔間に斥力的な相関が生じる場合に我々が PbBr2 で観測したタイプの電荷分離型の緩和が示唆されています。

 さらに、電子スピン共鳴 (Electron Spin Resonance, ESR) 実験を行い, 低温で自己束縛電子と自己束縛正孔の存在を実証しました。これらの存在により、励起子の対分解現象は局在状態の構造からも支持されました。なお、この研究は、京大院理学研究科物理・光物性研究室との共同研究で、その結果は論文 "Self-trapped electrons and holes in PbBr2 crystals" (PDF, PS)に報告しました。

 追記:もうすこし、学術的な解説を希望されるかたは、雑誌「固体物理」(アグネ技術センター刊)2002 年、37 巻、11 月号、817-822 ページの「励起子の自発的な対分解現象−ハロゲン化鉛結晶におけるポーラロン間の斥力相関−」をご覧ください。

3. 課題

 いくつかありますが、一番の関心は、励起子が対分解を起こす過程を実際に直接観測することだと思います。そのためには、現象に対応した測定技術の開発などが必要であると考えています。それは、(近い)将来の大きな目標となるかも知れません。

 以上をもって、当研究室における PbCl2, PbBr2 の研究は、終結しました。




Lead Iodine (PbI2)

 10 年ほど前まで当研究室で研究されていましたが、公開予定なし。


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